観客とは椅子である。オリヴェイラ監督の情熱

WOWOWがクエスト〜探求者たち〜という番組をシリーズ放送している。ものづくりに人生をかけて探求し続ける人々を記録したドキュメンタリー番組である。分かりやすくまとめられているので、気軽に楽しめる。3月29日、日曜日朝9時、タイトル「100歳の映画監督、オリヴェイラの情熱」が放送された。100歳の高齢にも関わらず映画を撮り続けるマノエル・ド・オリヴェイラ監督の情熱はどこにあるのかというのが、このドキュメンタリー作品の最初のモチーフであるらしい。
c0013092_2091195.jpgこれまで、監督作品を見る機会がなかったが、番組放送後、作品を見たいという衝動にかられた。杖に頼ることもなく歩く監督の後ろ姿もチャーミングだった。監督がベルリン映画祭で特別功労賞を受賞したこともあって記者会見場には世界中の記者が集まっていた。(日本からはこのドキュメント取材チームのみ)ある女性記者の質問にオリヴェイラ監督がみせた厳しい表情が印象に残った。女性記者は次のように質問した。
「この作品で監督が観客に見せたいことは何ですか」、
監督の答えは要約、次のようなものだったと思う。
「私は観客という言葉は嫌いです。わたしには観客とは椅子という意味です。私は人々と共に映画を作っています。人々は個性がありそれぞれ違い、また、同じです。それぞれの嗜好や感性が違うように、私にも好みがあります。それに答えるのは難しいこことです」
壁に背を凭れかけながら、腕組みした記者が弁解した。
「私は観客を人々という意味で使ったのです」
それを聞いて、監督は耐えきれなくなったのか
「今日はこのへんにしときましょう」と記者会見を打ち切って立ち上がった。この気まずいやり取りを聞きながら、私は昔の日本映画業界で使われていたある言葉を思い出した。それは観客動員という単語である。日本映画産業は毎年産業統計を発表してきた。全盛期の頃、観客数を観客動員数と記述していたことがあった。統計用の業務用語だから、観客の個性を軽視しているわけではないと言われればそれまでだが、嫌いなことばであった。軍隊用語では学徒動員などと使用されて、印象が悪い。現在ではさすがに観客動員数は入場者数に改まっているが、作品の価値観を興行収入で計っていることは今も昔も代わりない。つまり日本映画産業は観客を椅子と考えているのだ。作品をつくる立場の監督として、観客という言葉
c0013092_2012388.jpgを忌み嫌うのが何となく分かる気がした。
もう一つ印象に残ったことばがある。
それは録画できなかったので不正確だが「河の流れは昔の水ではない」である。監督の最初の作品はポルト市を流れるドウロ河岸で過酷な荷揚げ労働を強いられていた人々の姿を撮影した短編ドキュメント映画である。当時はドン・ルイス鉄橋の上を汽車が渡っていたが今は自動車が走っている。奴隷のように働いていた人々の姿はすでになく、高架橋の下を滔々とドウロ河は流れている。風景としてのドウロ河は昔と同じだが、流れ行く水は同じではない。私はこれが監督の反体制、反権力的歴史観ではないか、作品の底辺を流れる骨ではないかと思った。この言葉から受けた直感です。これが監督作品を見たい私の理由である。さて、次週の土曜日、これも早朝に再放送があるというので、親しい人々に鑑賞をすすめたのだが、WOWOWに登録している人が意外に少ない。20人目にやっとサッカー好きの友人を発見。地獄で仏にあったようだ。早速録画を頼んだ。その後、幸いなことに同じチャンネルでオリヴェイラ監督特集が放送される。ポルトガル映画史に残る監督が作った作品、どんな映画だろう。見るのが楽しみだ。
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by daisukepro | 2009-04-08 20:11 | 映画


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