オールドブラックジョー(サヨナラ!カメラマン堀美臣)

オールドブラックジョー(サヨナラ!カメラマン堀美臣)


8月9日、堀美臣カメラマンのお別れ会に出席した。c0013092_0111570.jpg渋谷は雨だった。会場は東急本店の裏にある小さな映画館であった。表階段を上がるとレストランがあり、そこで待たされた。20人はいたろうか、知った顔もちらほら見えた。しばらくして奥の部屋に案内された。映画館というより映写設備のある部屋である。にわか造りの椅子席を含めて約50席、満席になった。スクリーンには堀カメラマンのスナッップ写真が映し出されていた。その前で生前ゆかりの人々が次々と立った。
新体連、労働組合、仕事、そして交遊、自由人として生きた在りし日の姿が断片的に語られた。おぼろげに堀カメラマンの全体像が浮かび上がってきた。誰かが、「堀さんといえばこれとこれですね」と手振りを見せた。左手の指先でおちょこの形を、右手でタバコを挟む仕草をこしらえて2本指を口まで上げた。
お別れのスピーチが終わった。場内が暗転してCRTプロジェクターから映像が映し出された。タイトルは「記憶と記録の間で」、それは奇妙な短編映画だった。撮影スタッフらしき一行が会津若松を訪れるところから始まる。男がフレームインしてくる。無造作にフレームの手前から、しかも後ろ姿だ。振り向くとまぎれもなく掘カメラマンその人だ。小さなスーパーの店先のベンチに腰を下ろした。すっかりやせ細って痛々しい。メガネをかけ、コンチネンタル風の髭には白髪がめだった。
「さあ、いこか」
堀カメラマンは命令口調で言葉を発して立ち上がった。ロケ場所の案内をたのまれたのか、いかにも地元風の男性が付き添っていた。ジャガイモのしなびたような面立ちに濃いまつげ、その顔に見覚えがある。けれど、誰だったか思い出せない。
堀カメラマンが蛍を撮影したいというので、ジャガイモ男が案内した。その場所に沼はなく、蛍はいない。道路になっていた。結局、「望みの蛍が撮れないので、星空を撮った」というスーパーが入ると満天の星空が撮影されていた。星空を撮るのは結構難しい。場所や天気もあるし、技術も必要だ。このカメラマンかなり拘っている。驚いたことに生きた源氏蛍を撮影していた。昆虫図鑑のようだ。この記録映画に必要なカットとは思えないが、これも撮影に成功するためには特別な機材とカメラ技術が求められるのだ。何よりも時間がかかる。それで合成や写真で処理するのが普通だ。まだある、雨蛙が産卵?する瞬間、軒下で嘴を開いて餌をねだる子ツバメ。画面の外から堀カメラマンの声が聞こえる。「強いよ、強いよ。そうそれでいい」ツバメの巣に光があたったり、外れたりした。照明機材のレフを使っているのだろう。カメラマンが「それでいい」というとツバメの巣はコントラストがとれてバランスよく映るのだ。画面に映し出されているのはツバメの巣だけだが、声はフレームの外から聞こえてくる。「よーし、とれた、カット!」このやり取りを聞いているうちに、急に記憶がよみがえった。もしかするとこのレフを操作しているのは昔、撮影所にいた照明部のNちゃんではないか。
つぎのシーンでそのジャガイモ男はインタビューをうけていた。鈴木清順の「けんかエレジー」について「あれは会津文化そのもの」などと映画談義が果てしない。まぎれもなくNだった。30年以上も会っていなかったが記憶というものは不思議なものだ。
何故か中学生の頃、訳もわからずに読んだプルーストの長編小説「失われた時を求めて」の水中花の一節を思い出し、プルースト風の気分になった。
映画には会津弁で語るひょっとこ伝説や雪の農村を徘徊するひょっとこのイメージ映像が出てくるがいろいろな記憶に気を取られて消化不良をおこした。ひょっとこはどこか麻生に似てるなと思ったりした。c0013092_0114080.jpg「儲からない映画でも、映画人は映画を撮りたいものですかね」と短編映画が上映される前にプロデューサーが挨拶していたが、資金繰りに苦労している人らしい。
堀カメラマンには長年培った技術があった。それを発揮する機会がなかった。たとえワンカットの情景であっても堀カメラマンの気持ちが伝わってくる気がする。どんなに映画が撮りたかっただろうか。思う存分大作のカメラを回して欲しかった。
映画が終わるとスクリーンに静止画像が浮かんだ。病床の堀カメラマンだ。ベットで上半身をおこし何か書いているところだ。メッセージが読み上げられた。「僕は先に行っているが、急がなくていい。いつでも待っているから・・・・・・・・」
池袋で途中下車した。雨はいつの間にか上がり、白いビニール傘を杖にして家路に着いた。先月の終わりにシナリオライター「パウロ高久進」の葬儀に出たばかりだ。教会がある百合ケ丘の駅に降りると急に土砂降りの雨になった。仕方なく駅の売店で買ったものだ。
うろ覚えのオールドブラックジョーを鼻歌で歌いながら夜道を急いだ。

「 I'm coming, I'm coming, for my head is bending low,
I hear those gentle voices calling "Old Black Joe"」

「きっこのブログ」にひょっとこのポスターがのっていた。よく出来ているので無断で転載させてもらう。町中に張り出したいくらいだ。
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by daisukepro | 2009-08-14 00:14 | サヨナラ


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