韓国「記者クラブ制度」廃止


日本には記者クラブという制度がある。
元共同通信編集主幹の原さんが自著の中で次のように書いている。
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「日本中どこにも記者クラブが在って毎日多くの発表や懇談会という名の非公式発表があり、そこから出るニュースが報道全体のほぼ9割を占めている。私が編集局長の時、発表モノには印をつける運動を提唱してみたが、それでは一目瞭然、独自取材モノの少ないことがわかりすぎるとあって実現しなかった。」またぬけがけ報道を差し控える「情報談合」も存在する。取材にとび回る必要もなく、少しの解説意見をつけ出来上がり。みんな同じような記事、横並び記事になるはずである。官公庁では情報以外にも記者クラブ専用の部屋、机や椅子などの什器備品類、水道光熱費、電話番などの職員の給与までそのすべてを無償供与している。そのほか形を変え公費による利益供与、タダ酒、温泉旅行などの接待が提供される」
「宮沢首相訪米時、随行した33名の記者たちは機内で首相に敬意をこめ乾杯のシャンパンをかかげ、日本大使館の招きでステーキハウスに案内され、マジソンホテルでは専用の部屋を与えられ、帰路には記者ひとりひとりに17年もののスコッチウイスキーのボトルが配られる。」(93年4月27日、ロサンゼルス・タイムス)外国人記者が見た日本のメディアの異様さだが、このような「官マスコミ接待」は日本国中どこでもある。接待、便宜供与で報道の公正さが保たれるものであろうか。新聞は世論をリードしていく存在として高みに立っているかのようにふるまう。一方、自らの不都合なこと、知られたくないことは報道しないかほとんど目につかぬベタ記事でお茶を濁す、また他社の決定的なきず口は決してあばこうとはしない。正義、正論を唱えるならまず「記者クラブ」は、役所に寄生せず自前で取材の拠点を持ってはどうですか」
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しかし、いまだ記者たちが自前の拠点を持ったという話は聞かない。
相変わらず、取材はフリーの記者まかせ、各省庁の記者クラブでお茶してるのだろうか。終日官許の情報を心待ちする優雅な日常を送っていますか。中には真のジャーナリストがいて正論異論を唱えても、そんな記事はデスクが受け付けない。
田中長野県知事が記者クラブを廃止したときには、醜い抵抗を試みたものだがーーー
だが、おとなり、韓国ではこんな動きがありました。
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「韓国では、日本の植民地支配の名残でもある記者クラブの解体が急速に進んでいる。日本と同様、アメリカ占領軍が「戦後統治を円滑に運ぶために存続を決めた」と言われている記者クラブ。韓国でも記者クラブを通して権力とメディアの間で馴れ合い関係が続いてきた。それを打ち破ったのが、すでによく知られている「Oh My news」などのネットメディアだ。
 クラブ廃止に伴い、韓国の青瓦台を担当する記者の数は90人から300人に増えたと言われている。記者クラブの問題は「国民の知る権利」に直結した見過ごせない問題でもある。(ベリタ通信=中邑真輔)

 一年前から韓国の大統領府の青瓦台では、各省庁にあった記者クラブが次々に廃止された。ソウルの警察局にはまだ記者クラブがあるが、間もなく同じ運命をたどることになっている。

 省庁では記者クラブに代わって、新しい記者会見室が設けられ、すべての記者たちに開放されることになった。記者たちと政府関係者の間では、新しい関係を結ぶための手探り状態が続いているが、多くの人たちが記者クラブ廃止が、強固で独立したメディアという東アジアでは依然として珍しい形態へと導くことになると期待している。

 韓国で記者クラブが廃止されるようになったのはいくつかの出来事が重なった結果だ。

 2002年12月、韓国の保守系の新聞、テレビの批判的な報道にもかかわらず盧武鉉大統領が当選した。その際、盧氏を推していた若者たちの間で人気のあったインターネットによるメディアが、世界で最もインターネットが普及している国で、既製のメディアとは異なる競争相手として急浮上した。それにしても廃止までの速さは驚くばかりである。

 韓国財務省記者クラブの元副会長で、韓国経済日報の39歳の記者によると、以前は政府と記者たちは一体だったという。韓国財務省記者クラブは昨年末に廃止された。「根本的な部分で今のほうが良い」とこの記者は認める。「健全だし、かつての政府との関係は馴れ合いだった」

 盧大統領が就任してからの優先課題の一つは政府とメディアの関係をもっと開放的にし、“すべてのメディアに平等な機会”を与えることだった、と韓国政府情報省の大臣は振り返る。大臣はアメリカ、イギリス、ドイツ、日本を訪れて各国の政府がメディアにどう対応しているかを調べた。

 元記者でもある大臣は「記者クラブ制度は大手の報道機関に“情報の独占”を許していた。また時に、個人的に有利な計らいをしたり、受けていた」と話す。

 また選挙期間中に主流派メディアの支援を得られなかった盧大統領にとっては、記者クラブ廃止は自らの政治的利益でもあったとも言える。

 旧制度下では、日本と同様に主要な報道機関がクラブへの加盟権を支配し、クラブの規則に従わなかった報道機関は除名・停止処分を受けていた。時には、役所との仲介的な任務を帯びた関係者を通して、クラブが「何を大きく取り上げ、何を軽視し、また何を報道しないかを」決めていた。

 記者の使う電話やファックスの料金などの経費はクラブのある関係機関の支出で、クラブ運営のために秘書を提供していた例もある。日本の記者クラブでは毎月、アリバイ程度のクラブ費を負担しているが、実態は韓国とほとんど変わらないと言ってもいいだろう。

 韓国では数年前まで、大統領の外遊の際には記者の航空券、ホテル、その他の支出を政府が負担していたともいわれている。

 新制度では、青瓦台を担当する記者の場合は月に50ドル(約5,500円)を払って、各種の支出に充てる。所属メディアの大小にかかわらず登録は無料なので、大統領府をカバーする記者の数が90人から300人に増えた。

 日本と同様、韓国にも国内のいたるところに記者クラブがあると元テレビ局の記者出身で梨花女子大学の李教授(ジャーナリズム)は言う。「割を食うのは常に読者と視聴者であり、国民の知る権利だ」。

 李教授によると数年前、教授がある警察署のクラブを担当していた時、記者クラブで地元のお茶の製造会社が絡んだスキャンダルを把握した。しかし、ニュースとして報道する代わりに、クラブの長老たちがその会社の関係者と談合し、金をもらった上に豪華な食事をご馳走になったという。

 日韓関係に詳しい韓国人専門家によると、第二次大戦の終結と同時に日本の植民地支配が終わり、在韓のアメリカ占領軍は記者クラブの存続を決めたという。

「記者クラブを通して韓国を支配するほうが容易だったからだ」とこの専門家は指摘する。
「記者クラブ」は原則的に日本新聞協会に加盟している新聞社、通信社、テレビ局などによって組織される「業界団体」であり、政府や官公庁などから、あらゆる情報をほぼ独占的に入手し得る。そのため日本の新聞、メディアには官公庁が発表する「発表モノ」「玄関ダネ」と呼ばれる記事が溢れている。
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憲法改悪の動きが急ピッチで勧められている。新憲法制定問題などと書かされる前に、まず、記者クラブを廃止して、ジャーナリスト魂を取り戻そう。


 
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by daisukepro | 2005-04-02 20:07 | マスコミ


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