自主憲法と新憲法


4月6日付け読売は自民党の新綱領に新憲法制定が明記されたことを礼賛した社説を載せている。1995年の綱領見直しで、55年保守合同のときに定めた自主憲法制定が外されたことを嘆き、今回の見直しで保守政党としての原点に立ち返り、新たな国家像と日本人像を構築しようとする意欲が伝わってくると讃えている。
新綱領は結党50年を迎える11月の党大会で採択される見込み。
憲法の部分改正ではなく、新憲法を制定しようというのである。主権在君の明治憲法が戦後主権在民の新憲法になり、社会は大きく変革した。部分改訂でなく、理念まで変えて新憲法制定ということになれば社会は変わる。九条2項で自衛隊が軍隊と追認され、国際貢献という名目で派兵し、戦闘行為ができるとすれば戦争をしない国から戦争をする国に180度変わる。戦争ができる社会に変わる。だとすると、国を愛し、喜んで国のために命を捧げ、兵隊になって、戦争で死んでいいという人物が望ましい。そういう人を育てるために教育基本法を変える。
誰にとって望ましいかといえば、権力者が描くこれ以上の望ましい人物像はない。表現の自由も基本的人権も民主主義も国家が許可する範囲で自由だ。労働組合だってタフトハートレー法に類似した法律ができるだろう。なにしろ戦争中なのだから仕方がない。
韓国や中国、アジアの近隣諸国の悪夢がよみがえり、抗議するのは当然だ。生命が破壊される恐れがあるからだ。歴史は終わっていない。大東亜戦争、八紘一宇の余震が続いているのだ。従軍慰安婦や強制連行が教科書から消されても史実は消えない。
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by daisukepro | 2005-04-06 20:12 | 憲法


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