新ローマ法王とパウロ2世

組織には派閥が付きもの。だが、キリスト教の総本山バチカンの枢機卿の中にも保守派と革新派があるとは驚いた。パウロ2世は保守派で反共主義者であったという。しかし、ドイツナチズムの歴史と無関係ではなかろう。彼は空飛ぶ法王として世界平和に貢献した。
神学者として著名なドイツ人の新法王は若い頃ナチスの組織にいたと言う経歴の持ち主だが、戦後のドイツ神学者のあいだでは信頼があった。しかし、パウロ二世のもとにいってから変わって、保守的になったという人もいる。キリスト教原理主義者のブッシュ大統領は新法王の歓迎を表明した。

ベネディクト16世は24日、就任式の説教で「キリストの扉は開かれている」などの前法王ヨハネ・パウロ2世の言葉を引用し、前法王の路線を継承していくことを強調した。【ローマ24日共同】c0013092_2021830.jpg今後、新法王の行動に関心がある人は、この時期にドイツのユンゲベルト新聞に目を通しておく必要がありそうだ。

『悲劇の人としてのヨハネ・パウロ2世 反共主義に根差した「カロルの過ち」
 ドイツのミュンスター市にある神学政治研究所(ITP)のミヒャエル・ラミンガー神学博士は、亡くなったローマ法王ヨハネ・パウロ2世を「反共主義に深く根ざしていたことが法王の最大の過ちであった」と語る。自らもカトリック教徒であるラミンガー氏は、時代の要請でより保守的に振る舞わなければならなかった法王を「悲劇の人」と表現した。それは、かってカトリック神父の多くが左翼運動の世界に身を置いていたドイツとも無関係ではなかったと証言している』(ユンゲ・ベルト特約=ベリタ通信) 
 
──メディアでは、亡くなったカロル・ボイチワ(ヨハネ・パウロ2世の本名)が、平和の象徴か偉大なる神秘主義者として賞賛されている。こうした見方について、批判的な神学観をもつあなたの考えを聞きたい。 
 
 「法王は、私にとっては悲劇の人だ。彼には、教会が直面している現代社会がもたらす難題に対処しなければならないという意識があった。彼は深遠なポーランド・カトリック主義が創り出した強硬な保守主義者だった。真の悲劇は、根っからの反共主義者であったことだ。何年にもわたってわれわれの時代の教会の歴史を書き記すことになる歴史的役割を担ったという評価は、宿命的なものだ」 
 
──ドイツでは進歩的な人々は、“カトリック的な”という言葉に縛られている。とりわけ多くの人の人生を束縛したり、性的欲求への憎悪をかき立てるだけでなく、罰則を含めた恥知らずな掟を定めている。この批判に思い当たる節はあるか? 
 
 「私はそうした批判に出会ったことがない。(その批判は)教会全体には、必ずしも当てはまっていない。確かに法王がそうした発言をしたことはあったが、むしろ、教会の保守主義者や一部の反動的な人間を諭す立場にあった。権威的構造を再構築したり、女性の権利を制限したりすることや、不犯の義務を保持することも含めて全てを、重大な問題として公表してきた。そのことによって、大多数の人をかんかんに怒らせ、多くの人が教会から離れることになった」 
 
──ドイツでは、政治的思考の持ち主は、カトリック教会が反動の塊として存在したことを経験している。しかし、ラテンアメリカでは、その何倍もの人たちがカトリック教会をもうひとつの代表だと見ているようだが。 
 
 「我々はカトリック教徒として意味を解釈し、狭い意味での教義と世間の人々とを区別しなければならない。またドイツでは、そのために多くの模範を示していることからも、カトリック教徒が反動的である必要はなかった」 
 
 「とりわけラテンアメリカにとっては、どこから解放の神学が生まれたのかが重要だ。こした潮流に対しても、法王が悲劇の役割を演じていた」 
 
──法王は、解放の神学の影響力を失わせるつもりだった。まだ続いているのか? 
 
 「どんな場合でも存在する。確かに徹底的に圧迫していた。後に殺害されたエルサルバドルのロメロ大司教が、1978年、ローマの支持を断ったときにそれは始まった。1983年のニカラグア訪問から教皇の立場が変わり、公然と声をあげて追い出すこことになった。解放の神学に反対するキャンペーンが繰り返され、80年代半ばには、ニカラグアの神学者エルネスト・カルデナル氏が停職に追い込まれた」 
 
 「解放の神学の影響力を失わせるためにヨハネ・パウロ2世が教皇に選ばれた。とくに、教区の底辺やラテンアメリカの社会運動の中で解放の神学が活力をもつことを食い止めようとした」 
 
──解放の神学は、ドイツにも反作用を及ぼした。どのような影響が残ったのか? 
 
 「キリスト教の世界では今でも人々の間で、解放の神学の思想が語り継がれている。彼らは、思考の基本に唯物論的な社会分析観をもち、正義と平和、天地創造の守護ための闘いの中にキリスト教徒の責務があることを熟考している。ミュンスター神学・政治研究所もその一部である。我々は、キリスト教徒の職責から、ドイツやどこか他の場所で行われている不正義を克服する一部分として貢献する」 
 
──戦争と社会破壊に反対するデモンストレーションによって、人々は同時にプロテスタント教区に目を向けている。カトリックの神父はいまや奇特な存在では。 
 
 「70年代までカトリック神父の多くが、左翼グループや運動の中に身を投じ、左翼政党の党員として活動していた。彼らの大多数は、今日では退職して年金生活を送っている。後継者は、保守主義者ばかりが増え、世事に疎くなる境遇が広がる中で、必要とされる人物を左翼の世界に探すことができなくなった」(4月5日付ユンゲベルト紙) 
 
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by daisukepro | 2005-04-24 19:52 | マスコミ


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