「日の丸」「君が代」の強制(4)

「日の丸」「君が代」の強制(4)
今年3月11日、都議会特別予算委員会の総括質問に立った曽根はじめ議員(共産党)は日の丸、君が代問題を追及した。読みやすくするために小見出しを入れますが、議事録は全文採録してあります。では傍聴してください。

会議は夜6時47分再開されました。曽根議委員は東京都はいまだに30人学級を実施していないと早期実施を質した後、日の丸、君が代の強制問題について質問しました。

曽根「次に、日の丸・君が代の強制問題についてです。
 ことしも全都の学校で卒業式、入学式の時期を迎えました。本来、卒業式は、子どもたちがそれぞれの教育課程を修了し、上の学校に進学したり、社会に巣立っていく、そのことを心から祝福する場であります。また、入学式は、これから新しい学校生活を迎える子どもたちを祝福し、有意義な学校生活をスタートさせてもらうという、とても大切な場です。
 そして、各学校では、これらの入学式、卒業式は、子どもたちの出発、巣立ちにふさわしいものとなるように、先生方や父母の方々が力を合わせて、創意と工夫を重ねることで、生徒を主役にした入学式、卒業式が営まれてきました。
 ところが、この数年来、都教委の指導のもとに、この卒業式や入学式において、日の丸や君が代の強制が行われるようになり、生徒が主役の座から引きずりおろされるような事態が頻繁に起きています。それは、この日の丸の掲揚や君が代の斉唱が、生徒や学校現場、多くの父母の要望から出発したのではなく、文部科学省や都教委の押しつけから始まっていることに原因しています」

—————在校生と卒業生の対面着席は禁止

曽根「とりわけ、一昨年十月に都教委が出した通達、そして実施指針は、卒業式や入学式で日の丸を正面に掲げ、生徒や教員をその正面向きに全員座らせること、さらには起立、斉唱の仕方まで事細かに指示するもので、それまでは学校の創意工夫で行われてきた行事が都教委の管理下に置かれることになったのです。
 そして、校長が個別職務命令を出して、指針どおりの式典が行われなければ教員を処分するという事態まで至りました。そのため、卒業生と在校生が対面する方式は、国旗に正面を向くことにならないため、禁止されたり、生徒が作成した卒業制作についても、国旗が掲げられないという理由で正面に飾ることを禁止するなどが各地で起きました。」

————————フロア形式の証書授与は禁止
 
曽根「養護学校では、フロア形式の卒業証書の授与が儀式的行事にふさわしくないということで、壇上方式に切りかえさせられました。そのため、スロープがわざわざつくられ、障害を持った生徒が壇上に行くために、長いスロープを登らされる、補装具をつければ自力で歩ける訓練をしていた子どもも車いすに乗せられるということまで、いや応なしに行われました」

—————————保護者の起立状況まで監視

 曽根「しかも、都教委は、卒業式が実施指針どおりにやられているかどうかを調べるために、当日の日の丸の位置や君が代の斉唱状況を監視したり、保護者の起立状況まで調べていたんです。
 このような異常きわまりないやり方に対して、父母や学校関係者、生徒、事態を憂えた都民から一斉に批判の声が上げられるのは当然のなりゆきでした。
 マスコミの世論調査では、昨年七月、東京新聞が君が代斉唱時の起立を教職者に義務づけた都教委の通達の是非について調査したところ、行き過ぎだ、義務づけるべきでないと否定的に答えた人が七割に達しました。
 また、ある新聞は、学校や生徒には自主性を求めながら、国旗・国歌を押しつける。文科省が進めている方針は自己矛盾に満ちている。締めつけを強めるようなことは中止すべきだと指摘しました」
 曽根「私は知事に伺いますが、保護者や生徒から次のような声が相次いでいます。祝福を受けるべき門出の日に、恩師を処分してまで国旗や国歌への統一された態度を指導してくる国に、私たちの子どもたちは親しみや愛情を持てるのでしょうか。ただ服従を強いるような人権感覚のない教育を認めることはできません。生徒を主人公とする卒業式や入学式を工夫を凝らしてつくってきた学校が、処分をちらつかせた強制のもとにつぶされていく現状を憂えずにはいられません。卒業式はだれのためにあるのか。強制はやめてほしい。知事、こういう保護者や生徒の声をどう受けとめますか」
石原知事、答えず。
横山教育長 「今、いろんな声の紹介がございましたが、私どもの方には、例えば盲・ろう・養護学校の卒業式については、ああいう厳粛な卒業式をやっていただいて、本当に感激したという、そういう多くの声も寄せられております。特に、卒業式あるいは入学式における国旗・国歌を掲揚した厳粛な式というものを初めて見た、高等学校において、こんな声もかなり寄せられております。余りにも一方的な声ばかり紹介されると、やっぱり私どもとしては心外でございます」
   〔野次あり〕
曽根 「教育長、とんでもない認識ですよ。通達でがんじがらめに縛っていることに対して、みんな怒っているんです。あなたがいうように、本当にそれが感動的なものになるんだったら、自主的に学校の判断に任せればいいことじゃないですか。それを一律に全部上から決めていくから、大問題になっているんですよ」

———————国旗、国歌の強制は世界中で異常
 
曽根「大体、知事は、昨年十一月八日の「報道ステーション」で、国旗・国歌の扱いについて、どこの国だって自由に任せてやっていませんよとおっしゃいましたが、これは認識違いなんです。イギリスでは、国旗の掲揚も国歌の斉唱も行われていませんし、アメリカでは、国旗への敬礼を子どもに強制することは、信教の自由を保障した合衆国憲法に違反するという最高裁の判決が出されています。このほかにも、日本と同じ第二次大戦で敗戦国であるドイツでは、国歌は入学式や卒業式のような機会にも通常演奏されていませんし、カナダでは学校の判断に任されています。
 ここから見ても、東京都が進めている日の丸・君が代の強制というのは、世界の中でも異常なんです。だから、多くの都民が事態を憂えて、批判の声を上げているわけじゃありませんか。日本の中でも、東京都のように、大量の処分までやって押しつけようとする自治体はまだありませんよ」
 曽根「知事、チューリヒの日本人学校の卒業生の保護者の方から、こういう手紙が来ています。海外で生活していて、スイスに限らず、私たちが実際に経験した限りにおいて、その国の国旗や国歌を強制されるということは一度もありませんでした。都立学校でこのような強制が行われているということは、グローバルに活躍する人材を育てる二十一世紀の教育にふさわしくありませんと」

—————————10・23通達を撤回せよ
 
曽根「入学式や卒業式での国旗掲揚及び国歌斉唱の実施を求めた通達及び実施指針は撤回すべきじゃないかと思いますが、知事、どうですか、見解を述べてください。」
   〔横山教育長発言を求む〕
曽根「 知事、ぜひ。逃げるんですか。」

———ーーーーー強制ではない、教育の正常化に向けた取り組み??

横山教育長「 何といいますか、入学式、卒業式で、東京都が独断で勝手な解釈をし、やっているようなことをいっていますが、学習指導要領というのに基づいて公教育は行われているわけで、その学習指導要領の中で、卒業式、入学式については、こう明確に書いてあるわけです。その卒業式において、その意義を踏まえ、国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう指導するものとする、こう明記されているわけです。ましてや、この学習指導要領というのは、判例的にも法規性を有する。ということは、私どもは、公立の学校において、この学習指導要領に基づいて教育がなされることを指導する責務を負っているんです、私どもは。
 現実に、これまでの歴史の中で、そういう方針を示さなかったがゆえに、いろいろの学校で混乱が起こった。その混乱を正常化するために通達を出したわけで、決してこれは強制でも何でもなくて、少なくとも学校教育の正常化へ向けた取り組みの一環にすぎないわけでございます」
曽根委員「 教育長は強制は行われていないといいますが、実際には強制されているんですよ。国旗・国歌の尊重の仕方というのは、一人一人のやり方があります。事細かな規定でがんじがらめにするということは、民主主義国家にあってはならないことです」

次回、口をこじ開け歌わせているのは誰か。核心に迫る質疑は続く
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by daisukepro | 2005-05-03 09:37 | 憲法


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