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サヨナラ  「バラバラマンこと斉藤晴彦 」

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サヨナラ 斉藤晴彦

読売新聞の訃報で斉藤晴彦さんの死去を知った。
死を悼み謹んで哀悼の意を表します。

30代の頃、新宿、一緒に夜の街を徘徊したものだ。
カヌー、テアトロ、ユニコン、カプリコンも今はない。
当時、テレビ東京は東京12チャンネルと呼ばれていた。番組名はプレーガール、題名は「女殺し昭和元禄」(1968年)でテロリスト青年の役でゲスト出演していただいたのが最初かもしれない。ゲスト主演は伴淳三郎、殺人教室の校長で若いテロリストを育成している。  そこの卒業生の一人が斉藤さんの役どころである。
 
 新宿駅西口に地上から地下広場に螺旋状に通じる自動車用のロータリーが完成したばかり、珍しかった。地下広場にはホームレスが棲みつき、夕方にはどこからともなく青年たちが集まってきてベトナム反戦フォークを合唱した。野次馬と一緒になってたちまち地下広場はいっぱいになった。
 京王デパート横に南口に通じる路地があり、一人の青年が「グットバイ」とタイルばりの地面に落書きをするところからトップシーンが始まる。コウモリ傘を肩にロータリーを逆行して地下広場へ鼻で歌いながら降りて行く。
 青年は電話ボックスの穴から傘を突き刺し、殺す。誰でもよかった。穴から引き抜くと傘はズバッと開いた。

 コウモリ傘のイメージはフジテレビ、朝9時番組の元祖「ロボット8ちゃん」のバラバラマンのキャラクターに引き継いだ。ロボットが町中に住み、人間か、ロボットかどうか区別できないという、近未来の設定なので、悪いロボットから人間を守るためにロボットを規制する法律も出来るだろう。そうすると法律違反をするロボとも出てくる。ロボット管理局ができる。そこの役人の役を斉藤さんのために考えた。斉藤ロボット取締官はことのほかロボット8ちゃんがお嫌い。追いかけ回しバラバラにして鉄くずにしたくてたまらない。それを8ちゃんを愛するこども達が防衛する、日本的トムとジェリー
、これでこの企画のコンセプトはいけると思った。
ところがである、作品ができあがると内部から批判がわき起こった。監督である私を排除して、密室協議が行われた。

 報告によると番組の神聖な商品である8ちゃんをバラバラにして壊すなどという発想はけしからんというクレームだったようだ。監督を排除することで一件落着、幸いにもバラバラマンは救われた。エンディングに使用された天才詩人浦沢義雄、天才作曲家小林亜星のマカロニウエスタン風、名曲は生き残った。
しかし、こどもたちがバラバラマンを罠にかけて岸壁から海に突き落とすシーンが追加撮影されていたことで監督生命が首の皮一枚で救われたという人がいたので、非難の矛先は間違えなく私であった。

 そのシーンを撮影する日、バラバラマンの衣装に身を固めた斉藤さんが現場にやってきた。「斉藤さん、海に飛びこんでもらいますがいいですか」ときりだした。
斉藤さんは話を事前に聞いていたらしく、一瞬ためらったがそういわれるとやるしかないですとこたえたので残酷にも撮影は直ちに開始された。
 なので、追悼文だというのに不適当な話を長々として、何が言いたいかというと私の監督生命を斉藤泰彦という役者が救ってくれたことである。
 番組が放送されると前の番組の視聴率1、4%から2、4%に倍増、その後、視聴率は順調に伸びた。リサーチによればバラバラマンが子供らの一番人気であった。

 私はこの1話限りでロボット8ちゃんの監督をやることはなかった。このシリーズが少年探偵もの、美少女シリーズになってから企画を7年間担当した。斉藤さんはメジャーの役者となり、黒テントの演劇活動を支えてきた。視聴者とお客様は私たちの神様です。
by daisukepro | 2014-06-29 19:41 | サヨナラ


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