続々責任ある自由


「権力に対するチェックを怠らぬことこそジャーナリズムの原点だ」

■三井氏逮捕劇
「 当局の情報操作に踊らされることもしばしば起きる。
 02年4月、大阪地検が大阪高検公安部長の三井環氏を逮捕するという未曾有の事件が起きた。三井氏は検察の調査活動費を使った裏金作りを国会などで実名告発する準備を進めていた矢先だった。しかも最初の逮捕容疑は形式犯の微罪。口封じを狙ったことは明らかだった。
 この時、新聞は何を、どう報じたのか。読売新聞は逮捕の日の朝から三井氏宅に張り込んでいた。検察から事前リークを受けていなければできないことだ。読売だけでなく、各紙の紙面は「三井悪徳検事」報道で埋まった。例えば朝日新聞は「三井氏は保有するマンション収益を税務申告していなかった疑いも持たれている」と記事にした。しかし、三井氏が大阪国税局から申告漏れや脱税で摘発受けた事実はない。検察のリークを裏もろくに取らずに記事にした結果である。
 警察や検察に限らず官庁側はなかなか利口なのだ。リークしたくてしょうがない情報を夜回りの記者に恩着せがましく教える。記者の方は特ダネだと信じ込んでデカデカと記事にするという図式である。
 権力に対するチェックを怠らぬことこそジャーナリズムの原点だと私は自分に言い聞かせてきた。しかし、朝日を含め各社の担当記者は警察や検察の組織的な悪事には見て見ぬふりを決め込んできたし、編集局幹部もそうした記事を嫌う。

■消極的だった警察裏金取材
 私は96年以降、警察の組織的な裏金づくりを記事にしてきた。きっかけは愛知県警総務部の裏帳簿を入手したことだった。裏金づくりは国民の税金をくすねる明らかな犯罪行為であり、その裏帳簿は愛知県警の組織犯罪を示す動かぬ証拠だった。私一人の力では物理的に限界があるためチーム編成を急ぐように社会部長にもちかけたが、「他の仕事に人手を取られており、割ける記者がいない」という反応だった。
 一人ではどうしても効果的なキャンペーンにまでは展開できず、社内の冷視を浴びながら切歯扼腕の状態が続いた。
 最近になって北海道警を皮切りに静岡県警、福岡県警など全国の警察本部で裏金づくりが次々と発覚している。「ようやく」という思いの一方で、このままでは竜頭蛇尾に終わってしまうことを危惧している。頑張っているのは北海道新聞など一部の地方紙に限られる。朝日、読売など全国紙も報道はしているが、「事実報道」の域にとどまり、積極的に疑惑をえぐり出し、厳しく批判する姿勢は乏しい。c0013092_9155325.jpg 静岡県警は不正経理で捻出した裏金を県に返還することにしたと新聞は報じたが、それ以上の批判は加えなかった。ドロボーが盗んだ金を持ち主に返すからと言えば警察は刑事罰を免除するだろうか。もちろん日本の警察はそんなに甘くはない。
 法務省が98年、盗聴法案(通信傍受法)を持ち出してきた。警察や検察の捜査当局が電話盗聴を合法的に行えるようにしようというものだ。組織犯罪を効果的に取り締まるためという大義名分だが、悪用された場合、国民が脅威にさらされる危険もあった。
 当時の社会部長を説き伏せて99年5月に取材チームを編成した。連日、関係記事が載った。ところが、警察担当のベテラン記者から編集局幹部に「警察を一生懸命に回っている全国の記者のことも考えろ」と怒りの電話があったという。
 人権侵害を引き起こしかねない記事を垂れ流す一方で、本当に伝えなければいけない記事は書きたがらない。ーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー ーーーーーー続く
[PR]
by daisukepro | 2005-01-06 07:54 | マスコミ


<< 続続々責任ある自由 続責任ある自由 >>