続「ギャリー・スナイダー」について


場所の感覚?って何————————

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ギャリー・スナイダーのインタビュー記事より抜粋

「場所の感覚を獲得するにはいろいろな方法があるでしょう。たとえば作家がよくやるように、ある場所に出かけて行ってちょっとしたその地方のディテールを使う手もある。それから、ある場所に長い間住み続けていて、その場所を熟知していて、意識することもなく、あたりまえのように場所について語ることができる人もいる。3番目の例は、これが私たちにとっては興味のあることなんですが、意識的に自分の中で場所の感覚を深化する例ですね。そのためには、すべての細部を明晰に理解する必要がある」

場所とは気候、地形、植物を知るーーーーーー
 「これはそんなに難しいことではない。どういうことを理解する必要があるかと言いますと、ひとつは気候パターンで、年間雨量や最高気温、最低気温を知っておく必要があります。これが植物の限界を定め、農業の限界を教えるのです。2番目は、地形をよく知ることです。つまり、川がどこへ流れ、どのように繋がり合うかということなどに注意を払っているかどうか、別の言葉で言えば、地域の自然を優しく注意深く見ているかということ。3番目は、土地に生えている植物を知ること、そしてそれがどのように分布し、その分布の意味することを理解すること。それは同時にその分布の生態学的な意味を理解し、さらにはその歴史的な意味を理解することをも含みます。植物の分布は、じつは歴史的にも大きな意味を示唆しているのです」

場所の自然と人間の歴史を知るーーーーー
 「このような情報をもとにその場所の歴史を理解する必要があります。その場所における生態学的な歴史と人間の歴史です。ここの先住民はだれであったか、そして彼らはどのように生活していたのか。これはたいへんな情報を包含する領域です。ひとつの場所で先住民の文化がどのように存在していたかを知るとその場所のことがほとんどすべてわかるようになります。彼らがここでどのように生きていたのか、彼等は今日どこにいるのか、そしていまどのように生活しているのか、などというようなことを理解することです。さらに、最近になって移住してきた人間の歴史、最近の経済活動、そして最近になって起こったいろいろな変化を知ること。言い換えれば、一つの場所における生態学的な歴史と人間の歴史的・経済的な活動の歴史を理解することです。

四季の感覚・日本の俳句を知るーーーー
 「さて、いま言ったことは事実に基づいた場所の歴史です。しかし、それを念頭におきながら、今度は多くのことを直感で理解しないといけない。つまり、さまざまな事柄のつながりを理解する直感と想像力が必要になる。それから、最後は、四季折々の変化に対する感受性も必要ですね。この点で言えば、芭蕉から今世紀初頭に至る日本の俳句の伝統は場所の文学の顕著な例のひとつだと言えると思います。つまり、季節を重視し、四季の特徴を明示しつつ季節を象徴化することや、植物に関するボキャブラリーの豊富さ、夏の稲妻や夏の雨に関するボキャブラリー、その種類、あるいは降雪のタイプなど、など——。俳句には日本の自然がものすごく豊かに表現されています」

場所の感覚?って
「気候を知ること、地形を知ること、
植物を知ること、そして、
その場所の歴史を理解する必要がある」

「ときどき冗談で他のひとをテストしたりすることがありますよ。町や通りの名前を用いないであなたの家まで人を案内しなさい、というテストです。自然の特徴だけを使って説明するのです。
クリークや丘の名前を知らないといけない。たとえば町や道路の名前を一度も言わないで、友人を私の家まで案内するにはどのように説明すればいいのだろうか。このようなことは、自分のすんでいる場所をよく知っていないとできませんね。」

抑圧からの解放と場所の文学
(ここからちと難しい。前半の話にもどってもう一度考えてみる)
「マイノリティーは周縁化されていたが発言権を獲得した。女性も周縁化されてきたが、ついには発言権を獲得するようになった。さて、いまは自然が発言権を獲得する番だ、いつまでも周縁化するわけにはいかないはずだ、それに人間はいつまでも自然の声の抑圧者でいるわけにはいかない。そして人間はいつまでも場所を抑圧しないで、場所の声に耳を傾けるべきだーー。まあ、こんなことを言ったりするわけですが、耳の痛い話であるかも知れませんね」(笑)。

場所の文学?って何—————
「いくつかの視点から考えることができると思います。たとえば、同じ場所に住んでいる読者には、その場所に関するさらに深い洞察をもたらすでしょうね。読者の場所の感覚がさらに深まるはずです。また、ちょうど人間の関係を描く小説は読者の人間関係に対する理解を深めるように、場所についても同様のことが言えます。もちろん、場所の文学は人間をも巻き込んだもので、場所だけを描くものではない。それはノンヒューマンの世界と人間との複雑な関係を示唆するものです。だから、21世紀の世界で我々がやるべきことは、人間はどこにいても自然のコンテクストの中で生きているということ、人間は場所を喪失し場所から引き離された存在ではなく、自然の中に生きているということを示すことだと思います。現代人は自らは他の存在に依拠しないで自立して存在しているという幻想を抱いていて、そこから世界の破壊が始まった。場所の文学は倫理的にも、政治的にも、このような幻想を断ち切る契機になるものだと思います」

地球と言う惑星の住人
 「都市の工業化された世界でも我々は場所に住んでいるのです。この世界は我々だけのものではなく、他の生物たちのための世界でもあるということを理解しなければならない。だから、バイリージョナリズムの思想は、究極的には我々はすべてがこの地球という惑星の住人であり、地球はひとつの流域だと主張するのです。私たちはだれもがひとつの生態系の中に生きているのです」

なるほど、スナイダーのメッセージをもう一度読み返してみよう。イメージが浮かんでくるだろうか。
「求めるなら助けは来る。しかし、決して君が知らなかった仕方で」
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by daisukepro | 2005-08-12 09:46 | 憲法


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