さよなら鈴木尚之

さよなら鈴木尚之

昨年11月26日深夜、シナリオ作家鈴木尚之は極楽へ旅立った。密葬だったので友人が出棺後に知らせてくれた。お別れの会は昨日、平川町の都市センターホテルで開かれた。映画関係者200人ほどでささやかに行われた。c0013092_1591053.jpg
室田日出夫、深作欣二に次ぐ先輩友人の訃報であった。伴侶の朝さんと家族は桜上水で「木々」という名の素敵な日本料理店を営んでいる。田坂具隆監督の旧宅を改築したお店の造りは和風で,多目的にデザインされ、居心地がいい。それぞれのグループが会合に利用した。
田坂監督に心酔している人は多い。酒を飲むほどに田坂監督の発言があれこれ出てくる。「君はこの会社でやがて監督をやるのだろう。だったら、台本に線を引いてコンテを勉強するより,ある日主役がこなくなったらどうするか考えておいた方がいいと田坂さんに云われた」と降旗監督がヒッヒヒと笑った。
「若いうちに最高のものを見ておくことが大事だ」と助監督たちを吉兆やお茶屋に連れて行った。新宿の路地に「五郎」と云う小さな日本料理屋があり、料理は包丁さばきを売り物の店で半世紀昔の値段で一人一万円はしたが、田坂さんは惜しげもなく払った。料亭「木々」の造作は尚之さんや朝さんの趣味であろうが、田坂さんの考え方が反映しているのではないかと思う。
尚之さんとは毎晩のように新宿を飲み歩き、私はもっぱらごちそうになった。

尚之さんと朝さんが縁あって結ばれることになり、結婚式のお手伝いをやらされた。
シナリオ会館の下で松葉屋が料亭をだしていた関係で式典は吉原松葉屋の演舞場で行われ、招待客を桟敷席に案内した。舞台で作家の水上勉が豆の話をした。こんな粋な結婚式を未だ見たことがない。想い出は山ほどあるが、最後にこれはいずれ書くこともあるが、灘千造は忘れがたい。千ちゃんは内田吐夢監督の「酔いどれ酒場」のシナリオライターとして知られていた。私たちはよく鈴木家で花札をやり、「ここは賭場ではない.いい加減にしてくれ」と叱られた。
遺影は疑り深い眼差をした鈴木尚之の個性がよく現れている。まだ、この世にいなくなったとは思えない。
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by daisukepro | 2006-01-10 15:10 | サヨナラ


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