Lフライ級王座決定戦の判定とショータイム

リングアナウンサーの「イッツアショウターイム」の声で試合は始まった。初回、不用意に下げたガードの上から、弱い顎にパンチを受けて亀田はあっさりダウンした。技術の差は歴然、5回は持つまいと誰もが思った。しかし、あっと驚く判定結果になった。
c0013092_21285875.jpgWBALフライ級王座決定戦の判定には、さすがのメジャー新聞も一斉に疑念を報道した。スポーツ記者が試合内容を勝利したものとは思えなかったからだろう。私はプロ野球、プロボクシング、キックボクシング、K1、プロサッカー何でも見る。タイソン、モハメドアリの試合は必ずテレビ観戦した。サッカーの大ファンだが、なかでもボクシングは最も好きなスポーツだ。私は読売ジャイアンツを除いて、強いものに引かれる天下のミーハー族だ。だから、どうでも良い試合は攻撃する方を応援する。野茂投手の時に、始めて守る面白さを楽しんだが、心臓に悪いので途中で見るのをやめた。イチローより松井の方が好きだ。けれども松井がいなくなればヤンキースは応援しない。ジャイアンツと体質が同じだから。プロスポーツと興行は始めから眉につばをつけて、疑惑のサングラスをかけて見ることにしている。だから、しかける方も工夫を凝らし、手を変え、品を変えて興行する。種も仕掛けもあるのが手品というもの。手品師は「種も仕掛けもありません、よーく、ご覧下さい」と口上を述べてから始める。客は手品師のミスディレクションにかかって、騙される。手品師と客はいたちごっこを楽しむことになっている。

プロと名がつくスポーツは競争がエスカレートすると集客のために主催者は手段を選ばない。
このタイトルマッチがそうだと云うことではないが、プロボクシング試合の背後には必ず権力と組織暴力と賭博、闇の世界がつきまとっている。
試合が八百長ばかりでは見放される、ココと云うとき興行師が筋書きをかき、何らかの役割を選手に強制する。賭博の絡んだプロスポーツの常套手段だ。
視聴率至上主義のマスコミがこれに加担する。亀田戦の平均視聴率は42、4%を記録した。TBSは昼の情報番組に亀田選手をゲストに呼び視聴率の経過をパネルにして自画自賛、それでも番組は沈んだものになった。3万7000人の抗議が殺到しても、番組制作者は予定通りのレールを突っ走るしかないのだ。
中継番組の大半は亀田エピソードを並べ立てヒーローに仕立て上げようとする映像が続き、TV局の魂胆がみえみえで見苦しい。電通が良くやる権力政治家(阿部、小泉など)を持ち上げる宣伝手法と病根は同じだ。
亀田選手は見えない力に利用されているに過ぎない。これからチャンプをめざして挑戦してくる強敵を倒すことしか残された道はない。本物のトレーナーを入れて基礎からやり直すしかないだろう。
内田吐夢監督は力道山のファンだった。プロレスのテレビ中継がある夜は公園に黒山の人だかりが出来た。高価なテレビを持てる人は一部の金持ち、貧しき一般人は公園に設置された街頭テレビに群がった。占領国のアメリカからきたプロレスラーに散々痛めつけられた挙句、最後に力道山が空手チョップを撃ち下ろす。敵は倒れる。こんな単純な筋書きにナショナリズムをくすぐられた人々は興奮し、楽しんだ。テレビの普及に貢献したことは云うまでもない。内田監督が寵愛していた側近の青年が「力道山のプロレスはインチキだ。本気でやったら皆死んじまう」といったら監督は激怒して、「そんなことは絶対にない」と頑として認めなかったそうだ。トルコと呼ばれた小柄なレスラーがいた。彼は終盤には選手をやめてレフリーを努めていた。本当かどうか知らないが、喧嘩で一番強いのはトルコだったといううわさ話が流れていた。力道山と柔道の木村が対決したことがあった。ものの1分で勝負が終わり、後味の悪い結果になった。リング上でむき出しに喧嘩したのでは、どちらが勝っても面白くない。やはりショーはショーでなければならない。本気で争っては命がいくつあっても足りないのは事実だろう。お互いに加減しながら本気で闘っているように見せることがプロの技ではないか。
手品の種がバレバレでは亀田ボクシングを見る人はいなくなるだろう。
亀田は「負けたら次はない」と云う。しかし、この亀田ショーの場合、「ぶざまに負けたら次があった」と思うのだがーーー。これからの試合で亀田が勝っても人は信用しないだろう。
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by daisukepro | 2006-08-03 21:34 | マスコミ


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