石原都知事の弁明

石原慎太郎の弁明
報道番組のナガラ視聴をしているとテリー伊藤が石原慎太郎と対談していた。後で調べたら番組名はテレビ朝日の「サンデースクランブル」だった。番組表には「テリー伊藤が四男問題で石原知事を直撃」と記載されてあった。
インタビューの要点は知事が四男をヨーロッパに公費出張させたのは都政の私物化ではなかったかどうかである。東京都は若手芸術家を育成するためにトーキョーワンダーサイト事業を推進してきた。石原知事の肝いりという。この事業の中で「能オペラ」公演が企画された。石原知事が自ら脚本を書いた。知事はこの事業の最高責任者でもある。それプラス、脚本も担当するとなれば、作品内容まで支配することになる。オペラである限り演出家もいるだろうが、社長の脚本で映画を撮らされる映画監督に果たして主体性が保てるだろうか。しかも、舞台美術は脚本家である知事のご指名だ。都政私物化ではないかと共産党都議団が追及するのは当然である。総合芸術を私物化したかったら、税金でなく自分の資金でやればいい。費用を払っても払わなくても、いかに才能があってもなくても、自分の息子などの起用は慎むべきである。
仮にも小説家であったことがあり、美学があるなら、「知事は職権利用で作品をつくっている」と誹りを受けるようなことを公職者がやるべきではない。これだけでも、私物化といえる。権力の私物化は独裁の母だ。石原慎太郎に北朝鮮の金正日政権を批判する資格はない。
テリーの質問に石原知事は次のように弁明した。「余人をもってかえがたいといったのは(舞台美術を)ただでやってくれるからで、舌足らずだった。ただでは悪いから、調査のための交通費を出しただけだ。それを共産党がーーー!」と被害者面をしてみせる。四男を美術に起用した理由は彼の芸術が余人をもってかえがたいからではなかったのだ。
しかし、これは弁明になっていない。ただでもやる人は他にもいるだろうが、だからといって、評価もわからない人物を美術監督に起用はしない。だとすると、起用した理由は知事の良く知る四男だったからということになる。
インタビューの要点は私物化であったかどうかである。「彼は立派な芸術家である。余人をもってかえがたいから起用した」という文脈で知事は語っていたが、知事はインタビューでこれを否定した。起用は四男がただでやってくれるからという理由にすり替えた。「かれは、これほど東京都に協力したのに非難されるなら、もう都の仕事はしないと言っている」と付け加えた。これこそ、まさに都政私物化の告白そのものではないか。
お抱えコメンテーターテリー伊藤を起用して、急遽でっち上げた弁明の機会も、文字通り、語るに落ちた偶像になった。潔く知事を辞任したらどうか。
チンパンジーの作品と四男の作品を比較した人を「きっこのブログ」が紹介している。おもろいので転載ご容赦。優劣つけがたし、いずれがあやめかカキツバタ。

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by daisukepro | 2006-12-25 17:28 | 政治


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