何がむだかといえば福祉だという知事はいらない

選挙の季節を迎える。
地方議会の議員や知事を選ぶ選挙なので選挙公約などは地域の要求が主たるものになり、候補者が憲法九条についてどう考えているかなどは表に出てこない。私の居住地は東京都文京区である。区議会議員と区長、知事を選ぶ。坂や階段の多い街なので老人には住み良い街とは云えなくなった。
老人が蟄居している家はどことなく活力がない。いつのまにか、庭木の手入れがとどこおり、あれほど美しく咲き誇った花木の枝振りがみだれ始める。そのうち無精髭をはやしたような庭になる。主はどこに行ったのだろうか。やがて、建築業者のトラックが横付けになり、庭木は掘り起こされどこかに持ち去られる。終日後には家屋は解体され、材木が運び出された後、瓦礫の山が残される。
言葉を交わしたことも無い人だが、どんな疫病神がたずねてきたのかと思うと胸が痛む。しかし、それはまだマシで、門柱が材木などで封印され、雨戸が閉じられたまま放置された家屋は、日ごとに荒れて行き、廃屋と化す。
この地域は健康保険料の支払いができず、保健証を取り上げられた世帯が1400あり、23区中ベスト3だ。
選挙の争点は税金を福祉に使うか、再開発に使うかである。現区政は小中学校を統廃合して減らし、公園を潰して再開発に税金を使おうとしている。石原都政と違うのは予算規模だけである。ここも、与党が過半数を占める議会では歯止めが利かない。新幹線の建設はもったいないと当選した知事もいつの間にか態度を変えた。脱ダム宣言をした知事が落選した途端、ダム建設が始まった。これが日本だと云えばそれまでだが、17世紀の古典「聊斎誌異」を読んでいるような気分だ。
国連の発表によれば世界の人口は2050年に92億に達し、60歳以上の人口は20億、現在の3倍になると予測している。福祉は地球的な政治課題なのだ。
石原知事は「何がむだかといえば福祉ほどの無駄は無い」と3万円のワインを飲んで都税ではらった。追及されると説明不足だったと答えた。説明不足、不適切などという言語ほど不適切な説明はない。納税者にすることは説明でなく適切な釈明か謝罪だろう。
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by daisukepro | 2007-03-17 23:47 | 政治


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