石原特攻映画「俺は 君のためにこそ死ににいく」批判
雑事に追われる中、この不快な映画をみて、腰と頭が痛くなった。渋谷東映は量販店ビッグカメラが入った雑居ビルの7階にある。 映画は冒頭、石原慎太郎の字幕コメントを見せられる。コメントは国のために特攻という名の自爆攻撃を強制された若者を讃えて、「美しい日本人の姿を残しておきたい」と文字が厳かに写しだされる。映画は期待通りのでき映えだった。石原脚本の泥縄式シナリオから受ける印象とまったく変わらなかった。石橋連司や伊武雅人らが好演しているが演技は空回りしている。演出家が描く青年像は臆面も無く一本調子なので疲れる。人間は複雑なものだ。まして、明日国のために自爆せよと命令されて、極限状況に置かれた青年の心に何があったか、真実が知りたいと誰しも思うだろう。死にたくない。死にたくないと心の奥で叫びつつも自分の非合理な行為を正当化したい気持ちもあったろう。なんで俺が選ばれなければならないのか。なんで、志願してしまったのかと自問したであろう。ここのところをどう描くかが演出家の思想が問われるところだ。映画に登場する特攻隊員たちが心の深淵を見せるシチュエイションがいくつも出てくるが、直視した描写はひとつもなかったし、シナリオに工夫の痕跡も無かった。シナリオと演出はどちらも「国のために殉死することが美しい行為」という単純化した視点から描こうとしているに過ぎない。だから、群像を描きながら人間を描けず単調なのだ。 しかし、シナリオの製作目的は別のところにあったのだから仕方が無い。 映画の前提となる特攻戦術を誰が立案したか。冒頭で大西中将は次のように演説する。「この戦争は白人たちの手から、俺たちと同じ顔色をしたアジア民族を解放する大義のためのものだ。それは絶対に正しい信念だった。たとえ戦に破れはしても国家の名誉のために、歴史に確かに記録して残すために、若者たちに死んでもらうのだ、それしかない」と主張する。後半になって、大西中将の自決シーンを長々と見せたりする念の入れようだ。自ら最前線に立って最後まで指揮をとり、自決する指揮官が登場する映画「硫黄島からの手紙」の自決シーンとは180度の違いだ。 ここに日本青年会議所が作ったDVD「誇り」のプログラムがある。文科省採用の近現代史教育プログラムの学習教材である。そこでも対米戦争を「日本では東アジアの白人からの開放を大義目的に大東亜戦争と呼んでいた」という主張が繰りかえされている。 有田氏の宣伝文句通りにこの映画を見て反戦映画だという人はごくまれだろう。靖国神社の遊就館で見せている靖国派の連中が作ったプロパガンダビデオとどこが違うのだろうか。見ての評価をすれば、この映画は脚本の意図通りに、あの太平洋戦争がアジア開放のための正義の戦争であったとする靖国派キャンペーンの一翼を担った映画として製作されたことがより明白になったことだ。アメリカ人のザナック(真珠湾攻撃を題材に戦記高揚映画『ここより永遠に』の製作プロデューサ−)だったらもとましなバランス感覚でこの忌まわしい戦時中の出来事をドラマチックに映像化したと思うのだが。この映画は志願して国のために散った青年として臆面もなく、ストレートに描いている。 アメリカ人が見たらどう思うか、沖縄地上戦で集団自決させられた人々、大都市空爆や原爆で無惨に焼き殺された民間人の遺族はどう思うか、少しは気にしても良さそうなものだ。気の毒なのは岸恵子さんだ。「戦争は勝っても負けてもするもんじゃない」と云う気持ちで出演したというが、狂言まわしとしてあつかわれ、「愛しか者んためにな誰もが夢を懸け、命も懸けれれるもんでございもそ」と独白ともナレーションともつかない台詞を云わされている。若者たちは国のために特攻を強制され散っていったのだ。木下恵介監督はどう思うだろうか。女優岸恵子は反戦メッセージの強い木下作品に多数出演している。 城山三郎氏は著書「司令官たちの特攻」(幸福は花びらのごとく)のなかで、関大尉が最初の特攻を命じられた時の様子を次のように伝えている。森史朗「敷島隊の五人」では、深夜起こされ、出頭命令があり、猪口参謀と玉井副長から、命令に近い打診をされた。とっさに「はい」とは答えられない。そのあげく、ようやく、「一晩考えさせてください」と答えてひとまず粗末な寝室へと戻ったと云うのが真相のようであると書かれているが、幕僚たちの書いた本によると、まるで違う。 関大尉は唇を結んでなんの返事もしない。身動きもしない。1秒、2秒、、、、、、と彼の手がわずかに動いて、髪をかきあげたかと思うと、しずかに頭を持ち上げて言った。「ぜひ、私にやらせてください」少しのよどみも無い明瞭な口調であった。(猪口力平著「神風特別攻撃隊」) 石原脚本は幕僚たちが描いたこの本「神風特別攻撃隊」を採用しているのだ。さらに、城山さんは関大尉が決意した直後の光景として大西司令長官の副官が書いた「回想の大西瀧治郎」を紹介している。副官が食堂に入っていくと関大尉は「ちょっと失礼します」といって、我々の方に背を向けて、もうひとつの机に向かって、うす暗いカンテラの下で何かを書き始めた。みんな黙っていた。そうした場所で遺書を書くしか無かったのだと副官は書いている。城山さんはなぜ関大尉がえらばれたのか、合点のいかぬ話をいくつか指摘している。(詳しくは著書をお読み下さい)しかし、翌日は悪天候のため、出撃は翌日に持ち越された。そのため、取材にかけつけた同盟通信特派員の小野田政は関大尉に会え、本音とも云うべき最後の言葉を聞きとている。それは、「日本もおしまいだよ。僕のような優秀なパイロットを殺すなんて。僕なら体当たりせずとも敵母艦の甲板に50番(500キロ爆弾)を命中させる自信がある。」その後、冗談めかしてだが「僕は天皇陛下とか、日本帝国のためとかで行くんじゃない。最愛のKA(家内)のために行くんだ、命令とあれば止むを得ない。僕は彼女を守るために死ぬんだ。最愛の者のために死ぬ。どうだすばらしいだろう!」といい、「僕は短い生涯だったが、とにかく幸せだった。しかし列機の若い搭乗員は、、、」と花びらのような幸福さえ味わうこと無く、死んでいく部下たちのことを思いやる。そんな関と別れた後も特派員の耳に残ったのは「どうして、僕が選ばれたのか、よくわからない」という悲痛なぼやきであったと書いている。実に関大尉の心をが見える生々しい記述だと思う。脚本は関大尉の話をまるっきり違う印象を与えるために、椰子の木陰が揺れるフリッピン海岸で関大尉の情緒的な独白として描かれていた。「清子、許してくれ。俺は、お前を守るために死ににいくんだよ」、ご都合主義も勝手にしろと云いたい。このエピソードは最初の脚本にはあった。仕上げ尺数がオーバーしたためか、上映された映画はシナリオのこの部分を削除している。(見落としていたらご容赦下さい) 「この美しい沖縄の海、愛する家族を守るためにどうだ」、ある日沖縄の小学生にやってきた将校は子どもたちにこう語りかけて肩をたたき自爆攻撃志願を募った。私はこの事実を決してわすれない。国という言葉は統治される国と郷土という意味でも使われる。統治者はあえて国と郷土をすり替えて悪魔のささやきをするものだ。アベシンのことば「美しい国」、石原のことば「君のためにこそ死ぬ」は命令だから仕方なく死んでいった若者たちとこれからを生きる若者たちを貶める許しがたい言葉だ。軍歌「同期のサクラ」は「貴様とおれは同期のサクラ、同じ兵学校の庭に咲く、咲いた花なら散るのは覚悟、見事散りましょう 国のため」と歌っている。 「蛇足」 ラストシーンを靖国神社と勘違いした哲学者のことを鬼の首を取ったように有田氏は言うが「靖国で会おう」と何度も台詞で伏線を張れば、哲学者でなくてもこのイメージシーンの場所を靖国神社と錯覚する人がいても不思議は無い。石原慎太郎を筆頭とする制作者たちが意図するものは究極のところ靖国神社だからである。この映画を「とても感動的な作品、落涙しばしば」などコメントする奴にほろ酔いで人を罵倒する資格は無い。 城山三郎氏は佐高信との対談で「私にはとても、戦争を映画でまで観ようという気はない。海軍にいい思い出があればいいけど」と語っている。城山氏は帝国海軍下士官だった。
by daisukepro
| 2007-05-23 07:59
| 映画
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