続々「南京事件の真相」

続々「南京事件の真相」
12月13日、中国で南京記念館がリニュアールされて13日に新装公開されました。記念館は大量の犠牲者の遺体が埋められた場所に立てられています。中国の人々は、その場所を「万人抗」と呼んでいます。
c0013092_15484517.jpg発掘された遺骨はそのままの場所に囲って展示され、歴史の記憶をとどめています。私たちが広島の原爆記念館を訪れた時、胸を締め付けられる思いをしますが、中国の人々はこの記念館を訊ねて犠牲者とその家族を思い
胸が痛むことでしょう。アルジャジーラやBBCが南京事件を特集しています。いずれの記事も、日本では南京事件そのものがなかったと主張するものがいて、過去の戦争犯罪の隠蔽をはかろうとしていると驚きを隠さず伝えています。
さて、陣中日記の続きを読んでみましょう。12月16日の日記です。記録映像に残っている南京入場式の前日の出来事です。第13師団歩兵第65連隊・第4中隊の宮本省吾少尉の日記にはこう書かれています。「警戒の厳重は益々加わりそれでも午前十時に第二中隊と衛兵を交代し一安心す、しかし、それもつかの間で午食事中に俄に火災おこり
非常なる騒ぎとなり三分の一程延焼す、午後三時大隊は最後の取るべき手段を決し、捕虜約三千を揚子江岸に引率しこれを射殺す、戦場ならではできず又見れぬ光景である。」
南京占領後の張りつめた様子が伝わってきます。
同じ12月16日の第八中隊遠藤高明少尉の陣中日記は以下のように書いています。「定刻起床、午前九時三十分より一時間砲台見学に赴く、午後零時三十分捕虜収容所火災のため出動を命ぜられ同三時帰還す、同所に於いて朝日新聞記者横田氏に逢い一般情勢を聴く、捕虜総数1万7025名、夕刻より軍命令により捕虜三分の一を江岸に引き出し第一大隊に於いて射殺す」
この日記から火災が起こったのが捕虜収容所であったことが分かる。遠藤少尉が朝日新聞記者から聞いた情報では捕虜の総数が17025人、このとき第一大隊が揚子江岸で射殺した捕虜は、宮本少尉の日記で約3000人とある。それにしても、もの凄い数である。日本軍は捕虜総数の三分の一の約7000名の大量処刑を命じたということになる。さすがの遠藤少尉も大量処分命令について疑問を感じたのか、軍命令の理由を次のように推測している。少尉は「一日二合宛給養するに百俵を要し兵自身徴発により給養し居る今日到底不可能事にして軍より適当に処分すべしとの命令ありたりものの如し。」
つまり、約2万人の捕虜の食糧をまかなうためには一日米俵百俵必要になる、兵隊の食糧も徴発でまかなっているのに、それは不可能だ。だから殺してしまえと軍が命令を下したのかなあと宮本少尉は日記に書き残したのだ。当時の戦争であっても理由もなく捕虜を殺害する事は国際法で禁じられている。「食わせられないから殺してしまえ」とは乱暴な、極悪非道そのもの、戦争犯罪ではないか。アメリカ映画「硫黄島からの手紙」でも、投降してきた日本兵を見張っているのが足かせになるからと米兵が日本軍捕虜を卑劣にも射殺する場面が描かれているが、この米軍兵と日本軍ゼネラルは同類である。次回は大量遺体の処理についての陣中日記を読んで見る事にする。
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by daisukepro | 2007-12-23 15:09 | 憲法


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