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「もう一歩、捧げ銃、帽振れ」

「もう一歩、捧げ銃、帽振れ」
捧げ銃は「捧げつつ」と発声します。銃を両手で垂直に持つ敬礼のスタイルのことです。(写真)c0013092_1610971.gif

軍艦がゆっくりと港を出て行く光景を思い浮かべてください。水兵さんが全員、デッキの上に整列している。捧げ銃の号令で水兵さんは一斉に敬礼する。そして、銃を直して、水兵帽を振り,別れの挨拶をする。女性は何のことか、直ぐには飲み込めないフレーズですが、
実は、帝国海軍が男子用トイレのマナーを新兵に伝授したものだそうです。水兵さんは用を足すたびにこのフレーズを浮かべたことでしょう。
ダイヤモンド社が去年の暮れに出版した「愛国者の条件」と云う本がある。「捧げ銃」はこの本の中に書かれています。
著者は半藤一利、戸高一成さん、前者は文芸春秋の元編集長、後者は戦艦大和ミュージアム館長、二人とも大日本帝国海軍オタクの知識人です。同じ海軍でも戸高氏は改憲論です。半藤さんは護憲論です。二人とも反戦です。大日本帝国陸海軍の戦争責任を追及しています。ここでは憲法問題は取り上げませんが、できるだけレッテルで判断しないようにするがの肝心です。改憲論者でも小林節さんのようにいまの憲法を守れない奴に改憲する資格はないという人もいます。

ところで、靖国神社に東条英機元首相をはじめ戦争責任者が合祀されています。分祀したらという意見がありますが,靖国神社は一度合祀したら、教義上できないと言っています。ある日、半藤さんが靖国神社に電話をしました。「失礼なことをお伺いしますが、横井さんと小野田さんは一度おまつりされたと思いますが、復員された後はどうなったのでしょうか?」すると相手は「え!」とおどろかれて、調べてから「名簿から剥がしました」と答えたそうです。
戦争責任者を名簿から剥がせば、靖国参拝問題の話は終わりです。

あの非情な特攻命令を下した責任者はだれか。その責任問題を問わなければ死んだものは浮かばれない。「俺もあとから行くから」と約束して「死んでこい」と命令した責任者の中で、約束を守ったのは大西中将と宇垣中将の二人だけだった。あとのものは、「死ぬことよりも、戦後の復興につくすことが私の役目」と命をかけた約束を守らなかった。しかも、あれは、命令ではなく自発的志願だったと主張し、責任をかき消そうとし続けた。この問題を棚上げして、命を落とした特攻隊員を美化しても、彼らの御霊が安まることはない。
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by daisukepro | 2007-11-20 16:14 |

「大仏次郎 敗戦日記」とアドルフヒットラー


「大仏次郎 敗戦日記」とアドルフヒットラー

大仏次郎の敗戦日記は昭和19年(1944年)9月10日から付け始め、翌年10月10日で終わっている。草思社が1995年4月出版した。文庫にもなっている。近くの図書館には在庫がなかったので取り寄せてもらった。大仏次郎の作品は古典時代小説に区分され鞍馬天狗などが置かれてあるが、「パリ燃ゆ」、「ドレフユーズ事件」は探すのが大変だ。

当時、大仏次郎の自宅は鎌倉にあり、新聞記者や出版社の人が絶えず出入りしていた。
9月10日、日記は朝日新聞記者の記者と会話が書かれている。(記述は9月11日) c0013092_035392.jpg「角田君と話している間に独逸が負けたらヒットラーは死ぬだろうかという話が出る。死なんでしょうと彼は云う。では米英はどう処分するかという僕。ひげを剃落させるんだねと云うと彼笑い出す。ああ固定した顔を作り上げてしまったと云うことには確かに運命的なものがあって顔そのものが悲劇(?)を約束している.ナポレオンがそうだしムソリニがそう。あるいはルーズベルトもそうである。それにしてもゲーテなどの顔の年々のこまかい変わりようよ!ヒットラーの顔はほかの連中に比べまったく人工的である。TOJOの顔がこれに近い。」(写真はヒットラーの手配写真)

総裁戦に破れた候補者の言葉を借りると、キャラが立つとでもいうところか。確かにムソリニ、ルーズベルトは忘れても、ヒットラーの顔は忘れられない。ファシストの代名詞的イメージになっている。
福田、小沢、安倍、麻生の鼻の下にちょび髯を付けるだけで面白いほどヒトラーに似てくる。偉大なるキャラだ。映画仲間と「ヒットラーなりきりコンクール」でもやろうかと笑った。チャップリンの演じたヒットラーを思い出した。
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by daisukepro | 2007-09-25 00:00 |