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安全安心まちづくり都条例改悪で繁華街は不安で夜も眠れない!

安全安心まちづくり都条例改悪で繁華街は不安で夜も眠れない!


明日、3月17日、東京都議会で総務委員会がひらかれる。そこで、安全安心まちずくり条令の改正案が審議され、翌日、18日には委員会を多数決で通過する見込みである。c0013092_13203424.jpg27日の都議会で採決される。たった3日のスピード審議である。なぜ急ぐのか。この条例は2003年春に制定されたものだ。今回の改正にあたって東京都は有識者会議を開いた。そこで審議された内容が報告書にまとめられ告知されたのは2月10日、18日の第1回都議会定例会議で改正案が提案された。改正のポイントは繁華街の安全安心の確保を規定した第6章18条の2項、3項、4項である。
警察関係者によれば、「今後、失業者の増加が予想される。(条例改正は)治安の確保のために急ぐ必要がある」という。c0013092_13211693.jpg閉塞感を爆発させる秋葉事件のようなケースを未然に防ぐための措置だという話もある。
では、条例の改正案を見てみよう。その第6章18条は下記のように書かれている。


第6章 繁華街等における安全・安心の確保等

第18条の2(繁華街等における安全・安心の確保)
繁華街その他の店舗が集積し、多数の来訪者を抱える地域において、店舗、駐車場その他の施設若しくは土地を所有し、若しくは管理する者又は事業を営む者、地域住民、ボランティア及び来訪者(以下「事業者等」という。)は、次条に規定する繁華街等に関する指針に基づき、当該繁華街等の安全・安心を確保するために必要な措置を講ずるように努めるものとする。(アンダーラインは同好会)

要約すると「繁華街にかかわるすべての者は繁華街の安全を確保するために必要な措置を講ぜよ」ということである。この条令では繁華街は繁華街関係者と来訪者で構成される。安心安全を乱す可能性のあるのは主として来訪者という想定である。文脈から治安を任務とする行政官の作文であることがすぐにわかる。けれども条例の主語は繁華街関係者である。行政官が市民の自発性を利用して治安の目的を達しようとする条例の狙いが見えてくる。さて、繁華街関係者が来訪者に対して講ずる必要な措置とはどのような措置なのか。その指針は次条に規定してあると書いてあるので3項を読んでみよう。

第18条の3(繁華街等に関する指針の策定)
知事及び公安委員会は、共同して、繁華街等における安全・安心の確保に関する指針を定めるものとする。
指針は都知事と公安委員会が(勝手に)決めることを規定している。

不思議なことに条例が出来上がる前からすでに指針は出来上がっている。この規定では公安委員会がいつでも指針を変更も追加も出来ることになる。そのような恐ろしい指針は以下のように定めている。繁華街関係者が講ずる措置はこの指針に基づかなければならない。世間で言えばこの指針の指揮命令に従う措置であり、知事と公安員会の指揮命令に従う措置を講じることが規定されているのだ。

2 基本的な考え方

第1 通則
1 目的
この考え方は、昼夜を問わず安全・安心な繁華街等を形成するために必要な方策を示すことにより、繁華街等における安全・安心を確保することを目的とする

(1)繁華街等における安全・安心の確保は、行政・警察の基本的責務であるが、繁華街等において、店舗、駐車場その他の施設若しくは土地を所有し、若しくは管理する者又は事業を営む者(以下単に「事業者」という。)、地域住民及びボランティアが自主的な取組を推進することで、より安全・安心な繁華街等を形成するとともに、街の活性化にも資する。
(2)繁華街等において店舗、駐車場その他の施設又は土地を所有しているが、繁華街における地域の取組に直接関与していない者も、この考え方の対象となる。
(3)来訪者もこの考え方に基づいて、繁華街等の安全・安心の確保に寄与するように努めるものとする。
(4)この考え方に基づく対策は、防災対策、福祉のまちづくり、活性化対策等まちづくり全般を視野に入れて行うものとする。
(5)この考え方は、関係法令等を踏まえ、繁華街等における犯罪発生状況等、繁華街等の実状に応じて運用するものとする。
(6)この考え方は、社会状況の変化、技術の進展等を踏まえ、必要に応じて見直すものとする。

指針の目的は繁華街の安全安心の確保であることを規定している。しかし、治安確保は警察、行政の責務であることを前提に繁華街関係者は自主的に治安維持に取り組めと規定している。矛盾している主張だが、警察の治安維持に繁華街関係者や(善良な)訪問者(市民)は協力せよということを持って回ってこの条令の心は主張しているのだ。だから、この条令はどこか日本語として変なのである。一般人は確保という言葉を使うことはあまりない。
元は軍隊用語で「陣地を確保」などとして使われるが、警察用語では「犯人確保」などとよく使われる。安全確保とは言うが、安心を確保したとは言わない。安全と安心を一緒にすると治安という。治安確保と表現すればいいのに、なぜ持って回って安全安心などというのだろう。この条例の本質が治安維持を目的としていることをオブラートに包むから奇妙な言い回しになるのだ。もうお分かりのことと思うがこの条令は治安維持条令なのである。
しかし、この条例はさらに一歩踏み込んでいる。戦前基本的人権を蹂躙した治安維持法はお互いに隣を監視し合う隣組組織を基礎にして威力を発揮した。この条例は治安確保のための組織の設置を提起している。それが推進協議会である。しかも官民一体の組織なのだ。以下を読んでみてください。




第2 推進協議会
1 推進協議会の設置
繁華街等の安全・安心を確保する対策を推進するため、事業者、地域住民、ボランティア、区市町村、管轄警察署その他の関係行政機関などにより構成される協議会(以下、「推進協議会」という。)を設置するものとする。
なお、同趣旨の協議会等が既に存在する場合は、これを活用することができるものとする。

まず、条例はこの組織が警察と行政機関と繁華街関係者で構成される官民一体の組織であることを規定している。繁華街関係者の自発的組織ではないのである。しかも、知事と公安委員会の指揮命令に基ずく組織なのだ。もちろん不特定多数の訪問者は含まれない。取り締まり対象者なのだから当然のことだ。
では、この組織が何をやるのか、役割は何か。先に進もう。

2 推進協議会の役割
(1) 本考え方に基づく対策の対象とする繁華街等の区域を定めるとともに、安全・安心な繁華街等の形成に向けた行動目標及び具体的な活動計画を策定の上、各種活動を推進するものとする。

まず、組織の縄張りを決めようと言うのだ。構成メンバーを見れば所轄警察署の区域に準ずることは明らかだ、そう書いてないだけである。そして、組織(推進協議会)は指針(公安委員会の指揮命令)に基ずく行動、活動計画を策定して各種活動(治安維持活動)を推進するのだ。各種活動とは何か、次のように具体的に規定されている。



(2)活動計画には、繁華街等の地域特性に応じて、次のような事項を規定するものとする。

ア 自主防犯パトロールの実施及び必要な資器材の整備に関すること。

イ 安全・安心な繁華街等の形成に資する研修会その他のイベントの企画及び開催に関すること。

ウ 犯罪の防止に配慮した環境整備に関すること

エ ゴミ・タバコのポイ捨て、歩行喫煙の禁止等ルールやマナーの遵守に係わる啓発活動に関すること。

オ 放置自転車・自動二輪車や違法看板の撤去、路上清掃、落書き消去等の環境美化活動に関すること。

カ 街頭や歩行者天国において大衆に多大な迷惑となるパフォーマンス等、街の秩序を乱す行為の防止に係わる啓発活動に関すること。

キ 外国人の不法就労防止に係わる啓発活動に関すること。

ク 人に不安感や嫌悪感を抱かせるような客引き行為や客待ち行為等の自粛に係わる啓発活動に関すること。

ケ みかじめ料の不払い運動、暴力団追放キャンペーン等環境浄化に係わる啓発活動に関すること。

コ 事件・事故発生時における対応マニュアルの作成及び訓練並びに必要な装置、器具に関すること。

ここに規定されている事項が示すイメージを想像していただくとして、啓発活動とはどんな活動か考えてみよう。辞書を引くと啓発=「人が気づかずにいるところを教え示して、より高い認識・理解に導くこと」とでている。
タバコのポイ捨てする人(訪問者)に推進協議会員がポイ捨てはマナーに反する行為であり、自ら認識を深め以後ポイ捨てはやらないように啓発する活動ということになるが、実際はどうか。条例の指針に「反する行為だからやめろ」と注意するだけである。啓発は実際には警告になり、警告に従わなかったり、反抗的態度や言辞を弄すれば警察に連絡、駆けつけた警官が再び警告、従わなければ条例違反として公務執行妨害で拘束する根拠があることになる。
パフォーマンス等はいかなる行為を規定しているか曖昧だが、それが大衆に多大な迷惑をかけていると誰が判断するのか、街頭署名活動や労働組合の社前抗議行動、市民運動の宣伝活動など取り締まりの根拠が指針(公安委員会が決める)となれば無限に広がりかねない。憲法の基本的人権、表現の自由に関わる問題でもあるので慎重に議論する必要があるのではないか。条令という名目で知事や公安委員会に白紙で判断をゆだねていい問題であるかどうか深い疑念がある。法律家はどう考えているのだろうか。
最後の4項は行政(公安員会)や警察署長が繁華街関係者(推進協議会)に情報提供することを定めたものだ。以下を見てみよう。


第18条の4(事業者等に対する情報の提供等)
① 都は、繁華街等における事業者等に対し、繁華街等の安全・安心を確保するために必要な情報の提供、技術的助言その他必要な措置を講ずるものとする。
警察署長は、その管轄区域内において、事業者等に対し、繁華街等の安全・安心を確保するために必要な当該繁華街等における犯罪の発生状況等の情報の提供、技術的助言その他必要な措置を講ずるものとする。
同時に繁華街関係者が警察への情報提供を言外に求めていることは協議会の構成、あり方から推測できる。実際の協議会活動は条例違反者の摘発、情報提供という名の密告が組織的に行われることになりかねない。
むしろ、条例の文章からそのような組織を作ること目的としている、推進協議会が出来てしまえば運営上恐ろしい組織に化けるという疑念を消すことはできない。このような条例は民主主義を圧殺して、本来は警察の責務である治安維持に市民を巻き込み、地域ぐるみで密告社会の温床を形成するものであり危険きわまりない。議席の多数派によって決めてはならない憲法違反の治安維持条令ではないかと思うのです。議決を急ぐ理由はどこにもない。形式民主主義にならないように都議会議員は党派を超えてしっかりと議論してもらいたい。なし崩し的に条例改正を繰り返し、いつのまにか人権をおびやかす法律を作ったと同じ結果になる。ぼくの邪推であることを期待したいが、このままでは世の中が嫌な感じの坂道を転げ落ちそうに思える。警察機構が治安維持を責務にするこを否定しないが、警察の価値観に基づいた警察協力市民団体を東京につくり、この条例が望んでいる全国ネットワーク化の企てにはとてもじゃないが賛成しかねる。議員のみなさん、市民の皆さんはどう思いますか。
(写真;東京都公式ホームページより転載)
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by daisukepro | 2009-03-16 01:13 | 憲法

なぜ、アメリカは広島、長崎に原爆を落としたか

3月8日、東京渋谷のCCレモンホールで「九条の会講演会」が開かれ、取材に行った。2000人を収容するホールは満席、2300人が会場にあふれた。
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会場外では右翼が街宣車で「九条の会は解散せよ」と叫び緊張感のある集会であった。国会では自公民の新憲法制定議員連盟が「九条の会」を改憲に反対する社会的勢力として結束を呼びかけるなど再び、憲法九条をめぐる動きが蠢動を始めた。「九条の会」はこの節目の時に東京を皮切りに全国各地で講演会を継続的に開く予定である。また、講演会は昨年7月に亡くなられた小田実さんの志を受け継ぐ集いでもあり、市民運動家として小田実の考え方を問い直す機会になった。集会の結論は「小田さんは亡くなったけれども、私たちと一緒にいる。小田実は死なない、これからのポスターからも消えることはない」であった。加藤周一さんは「小田実は戦争がなし崩し的に始まり、拡大していくものだということを見抜いた。生きていたらその転換点を指摘したろう」と語り、私たちひとりひとりが歴史の転換点にたっていることを言外に呼びかけた。
小田さんの親友である鶴見俊輔さんは「小田実は(フルブライト)でアメリカに留学したが、自分が受けた空爆を上空からの目線にすり替えることをしなかった、地上からの目線を決して崩さなかったことが他の留学生とは違っていた」と述べた。
翌、日曜日の朝、時事放談(TBS)が鶴見俊輔と筑紫哲也と対談を放送した。この集会の前に録画したものだろう。鶴見さんは好物の焼きおにぎりを頬張りながら大切な印象に残る発言をした。3月9日の夜間から10日の早朝にかけて東京はB29編隊の空爆を受けて約10万人が焼き殺された。その後、日本各地の大都市が空爆を受けた。小田さんもその爆撃のしたに生きていたひとりだ。それから、広島、長崎の原爆投下に至るのだが、アメリカがなぜ原爆を投下したか、その真実はいまだに明らかにされていない。アメリカ政府、日本政府も、真実を語ろうとしない。
アインシュタインはナチドイツが原爆製造を計画していることを知って、原爆製造に協力した。第二次世界大戦末期、アメリカはすでに日本の連合艦隊は壊滅、アメリカを攻撃する兵器の生産も出来ない状態であることを知っていた。アメリカは原爆投下を「戦争を早く終わらせ、これ以上アメリカ軍兵士の犠牲を阻止するため」と説明しているが、日本は既に抵抗力がなく、敗戦は時間の問題だった。すでにナチドイツは降伏し、原爆を使用する理由はどこにもなかったのだ。
鶴見さんは一枚のDVDを取りだした。「二度、被爆した人」の証言が収録されているものらしい。まず、その日本人は広島で被爆して、故郷の長崎に避難して,そこでまた被爆したのである。彼は次のように語った。「なんだか、弄ばれたような気がする」。鶴見さんは「この言葉こそ被爆がなんであったか、被害者側の真実を現している」と述べた。(記憶で書いているので正確ではないがーー)。では、なぜアメリカが二つも原爆を落としたのか、その真実はアメリカが、原爆を二つ生産して所有していたからなのである。
「アメリカの将軍の中にも原爆使用に反対する人がいたが、大統領になったばかりのトルーマンは国家が高い経費をかけて製造した原爆を使用しないという決断がつかなかったのではないか」と鶴見さんは語った。
重慶、上海で始まった日本軍の都市空爆によって、戦争はその様相を転換、空爆による市民の無差別大量殺戮が行われるようになった。そして、いま、私たちはアメリカ軍の原子力兵器使用によって、核兵器が世界中に拡散する時代に生きているのだ。戦争はぜったいしてはならない、いまこそ、世界にとって憲法九条が必要な時代になのだ。小田実の「今こそ旬、憲法九条」という言葉を噛みしめながら、土曜日の繁華街を駅まで親しい友と一緒に重いカメラを担いで歩いた。渋谷駅前は青年男女が群がっていた。
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by daisukepro | 2008-03-09 20:38 | 憲法

続々続「南京事件の真相」

続々続「南京事件の真相」
福田首相が訪中します。中国は歓迎ムードのようです。発言はテレビで生中継されるそうで、注目したいものです。

さて、「南京記念館」は正式には「南京大虐殺同胞記念館」と云います。
「旧日本軍の南京での暴行をあばき、人々が歴史の真相を知り、歴史を鑑(かがみ)として平和を愛する」ことを目的として開設されました。
この記念館の開設に反対する日本の人々がいます。「南京大虐殺はなかった。幻だ。記念館の展示はでたらめ、闘った日本軍人をおとしめるものだ」「あの展示を見た日本人がひとつひとつ頭を下げるのを中国人がみたら南京虐殺が本当にあったと思うだろ」と云うのが反対の理由です。また、民間人でなく捕虜を処刑したのだから虐殺ではないと言う人がいますがこれも問題外です。日本の若い世代の将来を損ねないためにも南京事件の真相を直視する事が求められています。

去年の秋、大江健三郎さんは南京大虐殺記念館を初めて訪れました。「館内には展示品がたくさんあるが、大江氏は一つひとつに丁重に頭を下げていた」「頭を下げた回数は全部で100回を超えているだろう」と伝えられています。

苦痛ですが日記の続きを読みましょう。
12月16日付け、現場の下士官の日記です。第13師団砲兵隊第19連隊第8中隊近藤栄四郎伍長の出征日記からの転載です。虐殺現場での目撃ですから凄惨な様子が骨まで伝わってきます。実際に見たものでなければかけない描写で鬼気迫るものがあります。
「午後,南京城の見学の許しが出たので勇躍して行馬で行く、遂に二万の内三分の一、七千人を今日揚子江畔にて銃殺と決し護衛に行く、そして全部処分を終わる、生き残りを銃剣にて刺殺する。月は十四日(十五夜の一日前)、山の端にかかり皎々として青き影のところ、断末魔の苦しみの声は全くいたましさこの上もなし、戦場ならざれば見るを得ざるところなり、九時半頃帰る、一生忘るる事の出来ざる光景であった。」

同じ13連隊の第三大隊の黒須忠信上等兵は陣中日記に次のように記している。「二三日前捕虜せし支那兵の一部五千名を揚子江の沿岸に連れ出し機関銃を以て射殺す、その後銃剣にて思う存分に突き刺す、自分もこの時ばかりと憎き支那兵を三十人も突き刺した事であろう。」「山となっている死人の上をあがって突き刺す気持ちは鬼をもひしがん勇気が出て力一杯に突き刺したり,うーんうーんとうめく支那兵の声、年寄りも居れば子共も居る、一人残らず殺す、刀を借りて首をも切ってみた、こんなことはいままでに中にない珍しい出来事であった。—————帰りしは午後八時となり腕は相当つかれていた」
これだけの人間を銃殺するには小銃ではなく、機関銃による乱射が行われた。それでも、足りず命あるものを銃剣で刺し殺したのだ。
一人の下士官は「いたましさでこころが痛み生涯忘れることができない」と書き記し、もう一人は「こころを鬼のようにして刺し殺し、刀を借りて、首をはねた」と述べている。そして、「支那兵の捕虜の中には年寄りも子どもも居たが一人残らず殺した」というのだから虐殺としか言表わしようがない。
 
 さて、南京入場式の当日はどうだったか、前回に紹介した宮本少尉の日記を見てみよう。
12月17日「本日は一部は南京入場式に参加、大部分は捕虜兵の処分に任ず、小官は8時半出発南京に行軍、午後晴れの南京入場式に参加、荘厳なる史的光景を目の当たりに見る事が出来た。」
もう一度南京入場式の映像を見てください、この入城行進の外では捕虜兵の処分が行われていたのだ。

「夕方漸く帰り直ちに捕虜兵の処分に加わり出発す、二万以上の事とて終いに大失態に会い友軍にも多数死傷者を出してしまった。中隊死者1傷者2に達す」
教授の説明によると大失態とは多数の捕虜兵を取り囲み、四方から銃撃したために味方を撃って死者がでてしまったと云う事らしい。

12月18日「昨夜来の出来事にて暁方漸く寝につく、起床する間もなく昼食をとる様である。午後敵死体の片付けをなす、暗くなるも終わらず、明日又なす事にして引上ぐ、風邪寒し」
処分が夜まで続き、宿舎に着いて寝たのが明け方になった。起きたら昼頃になっていた。午後から死体の処理を始めたが夜になっても終わらず、明日にする事にしたという。遺体は穴を掘って埋めたか、揚子江に流したかとおもわれるが、いずれにしろもの凄い作業であったろう。
翌12月19日、「昨日に引き続き、早朝より死体の処分に従事す、午後四時までかかる。」
結局,2万人近くの遺体の処理は一日では終わらず、翌日の4時までかかったと云う事だ。
しかし、これは宮本中隊から見た出来事であって、処分はその後も続いていたのだ。
 5日後12月24日に南京に到着した第16師団小原孝太郎特務兵の日記には次のように記している。「さて、岸壁の下をのぞいたら、そこの波打ち際の浅瀬に、それこそえらいもの凄い光景を見た。何と浜の真砂ではないかとまがうほどの人間が、無数に往生しているのだ。それこそ何百、何千だろう。南京の激戦はここで最後の幕をとじたに違いない。決定的のシーンだ。数えきれない死体が往生している。敵はここまで来て,水と陸より挟み撃ちにあって致命的な打撃をうけたわけなのだ。わが南京陥落はかくてなったわけなのである」と小原特務兵はそれが捕虜兵の処分であったとは知らずに南京陥落の戦場の跡としてその印象を書き残した。教授の話によると、連隊によって程度の差はあるが、日本軍は上陸作戦以来各地で虐殺、略奪、放火、性暴力を繰り返し、1937年12月から38年3月の間に、20万人前後の戦闘員、捕虜、一般市民を殺害したという。日本軍「慰安所」が設置されたのもこの作戦の経緯から生まれたとも言われている。
これ以上の記述を続けると嘔吐しそうになるので連載はここでとどめておくが、私は中国の皆さんにこころからの謝罪をするとともに、戦争をしないという日本憲法の誓いを実現するための活動を命ある限り続けていきたいと思う。
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by daisukepro | 2007-12-27 18:39 | 憲法

続々「南京事件の真相」

続々「南京事件の真相」
12月13日、中国で南京記念館がリニュアールされて13日に新装公開されました。記念館は大量の犠牲者の遺体が埋められた場所に立てられています。中国の人々は、その場所を「万人抗」と呼んでいます。
c0013092_15484517.jpg発掘された遺骨はそのままの場所に囲って展示され、歴史の記憶をとどめています。私たちが広島の原爆記念館を訪れた時、胸を締め付けられる思いをしますが、中国の人々はこの記念館を訊ねて犠牲者とその家族を思い
胸が痛むことでしょう。アルジャジーラやBBCが南京事件を特集しています。いずれの記事も、日本では南京事件そのものがなかったと主張するものがいて、過去の戦争犯罪の隠蔽をはかろうとしていると驚きを隠さず伝えています。
さて、陣中日記の続きを読んでみましょう。12月16日の日記です。記録映像に残っている南京入場式の前日の出来事です。第13師団歩兵第65連隊・第4中隊の宮本省吾少尉の日記にはこう書かれています。「警戒の厳重は益々加わりそれでも午前十時に第二中隊と衛兵を交代し一安心す、しかし、それもつかの間で午食事中に俄に火災おこり
非常なる騒ぎとなり三分の一程延焼す、午後三時大隊は最後の取るべき手段を決し、捕虜約三千を揚子江岸に引率しこれを射殺す、戦場ならではできず又見れぬ光景である。」
南京占領後の張りつめた様子が伝わってきます。
同じ12月16日の第八中隊遠藤高明少尉の陣中日記は以下のように書いています。「定刻起床、午前九時三十分より一時間砲台見学に赴く、午後零時三十分捕虜収容所火災のため出動を命ぜられ同三時帰還す、同所に於いて朝日新聞記者横田氏に逢い一般情勢を聴く、捕虜総数1万7025名、夕刻より軍命令により捕虜三分の一を江岸に引き出し第一大隊に於いて射殺す」
この日記から火災が起こったのが捕虜収容所であったことが分かる。遠藤少尉が朝日新聞記者から聞いた情報では捕虜の総数が17025人、このとき第一大隊が揚子江岸で射殺した捕虜は、宮本少尉の日記で約3000人とある。それにしても、もの凄い数である。日本軍は捕虜総数の三分の一の約7000名の大量処刑を命じたということになる。さすがの遠藤少尉も大量処分命令について疑問を感じたのか、軍命令の理由を次のように推測している。少尉は「一日二合宛給養するに百俵を要し兵自身徴発により給養し居る今日到底不可能事にして軍より適当に処分すべしとの命令ありたりものの如し。」
つまり、約2万人の捕虜の食糧をまかなうためには一日米俵百俵必要になる、兵隊の食糧も徴発でまかなっているのに、それは不可能だ。だから殺してしまえと軍が命令を下したのかなあと宮本少尉は日記に書き残したのだ。当時の戦争であっても理由もなく捕虜を殺害する事は国際法で禁じられている。「食わせられないから殺してしまえ」とは乱暴な、極悪非道そのもの、戦争犯罪ではないか。アメリカ映画「硫黄島からの手紙」でも、投降してきた日本兵を見張っているのが足かせになるからと米兵が日本軍捕虜を卑劣にも射殺する場面が描かれているが、この米軍兵と日本軍ゼネラルは同類である。次回は大量遺体の処理についての陣中日記を読んで見る事にする。
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by daisukepro | 2007-12-23 15:09 | 憲法

続・歴史の真実は消せないー「南京事件の真実は」


  昭和11年(1936年)、日本では二二六事件がありました。その年の終わり、抗日民族統一戦線が結成され、ようやく中国は一つになろうとしていた頃です。(このくらいのことは学校で習った記憶があります)翌年の昭和12年7月7日、盧溝橋で発砲事件が起こり、これをきっかけに紆余曲折はありましたが、日中戦争が始まります。上海を中心に激しい戦闘が行われ、同月11日、早くも日本政府は朝鮮と満州から2個師団、日本から3個師団の派兵を決定します。宣戦布告もなにもありません。中国政府軍は上海から南京へ後退していきます。北部では中国共産軍と日本軍が戦う全面戦争になった。日本軍は首都さえ落とせば勝利であると考えて、ひたすら南京を目指して進撃しました。占領後の占領政策など何もありませんでした。各師団は先陣を争うように進撃を続けました。特に揚子江沿いに東から侵攻した部隊はかなり激しく追撃したと云われています。南京が陥落したのは12月13日でした。c0013092_1027444.jpg
講演で大学教授は南京攻略作戦を指揮した第16師団長・中島今朝吾中将のその日の日記を読みました。

「本日正午高山剣士来着す。時恰も捕虜7名あり。直ちに試斬を為さしむ。」
「到る処に捕虜を見、到底其始末に堪えざる程なり」「大体捕虜はせぬ方針なれば、片端より之を片付くることとなしたり」「、、、、中々実行は敏速には出来ず。」「佐々木部隊丈にて処理せしもの約一万五千、平安門に於ける守備の一中隊長が処理せしもの約一三◯◯、其仙鶴門付近に結集したるもの約七、八千人あり。尚続々投降し来る」「七、八千人を片付くるには相当大なる壕を要し中々見当たらず。一案としては百、二百に分割したる後、適当のヶ処に誘て処理する予定なり。」

「剣士が来る?」時代劇のようですね。著名な剣術の達人が来たので、捕虜7人を腕試しに軍刀で処刑させたと言うのでしょうか。「始末」とか「処理」とか「片付ける」とか出てきますが、ゴミの処理とは違います。処刑したと云うことです。c0013092_10263269.jpg(この記事(大阪毎日、東京日々新聞)はでっち上げと云う人がいますが、この日記は否定出来ないでしょう。)
「敵兵を捕虜にしない方針」だと言うのですから、第16師団は敵を皆殺しにすると決めていたことになります。捕虜にすれば、捕虜を収容する場所がいります、また、警護する兵隊もいります。食糧が必要です。だから、捕虜は片っ端から片付けることになります。ところが捕虜の数が予想をはるかに超え、その処理方法に困ります。「相当大なる壕を要し中々見当たらず」、つまり遺体を処理するための大きな穴がいるが、何千人となると適当な壕が見つからない。そこで、「百、二百に分割して」適当な場所に連行して処刑しようと考えたと日記に書かれています。(日記だけでなく、将兵の目撃証言は山ほどあります。)

当時の国際法では捕虜を裁判にもかけず、処刑することは禁じられていたのです。日本の外務省のホームページでも「日本政府としては日本軍の南京入城後、多くの非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定出来ない」と認めています。楷行社発行の「南京戦史」には「通常の中国軍将兵の戦死者約3万人、将兵の生存者約3万人、それ以外に中国軍捕虜、便衣隊の撃滅、処断による死者1万六千人、一般市民の死者約1万五千七百六十人」と記載されています。合計すると約3万人が国際法に違反の日本軍の行為によって虐殺されたと言えます。(つづきは次回で)
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by daisukepro | 2007-12-13 22:48 | 憲法

歴史の真実は消せないー「南京事件の真実は」

南京入城式[アメーバビジョン]70年前の12月13日(1937年)、盧溝橋事件の5ヶ月後、日本軍は中国の首都「南京」を占領しました。その約四ヶ月間にわたる日本軍の掃討作戦が「南京事件」、「南京大虐殺」を起こしました。そのとき「南京」で何があったのか。遥か遠くの記憶を呼び戻さなければいけません。「南京事件」を題材にした映画が製作されるという話が伝わってきたからです。
 制作費2億、会社は「日本文化チャンネル桜」という衛星放送会社です。会社の設立発起人、賛同者の顔ぶれを見るとこの映画は何が目的で製作されるのか、おおよそ推測出来ます。この人脈で日本軍の加害の実相を伝える映画が製作されるはずがないからです。
おそらく、日本軍慰安婦は存在しなかったという理屈と同じように「南京事件」を虐殺はなかった、虚構だと否定してあの戦争は正しかったと云う立場から映画は作られるでしょう。ですから、この映画を鑑賞する前に歴史的事実を知って学んでおくことは無駄にならないでしょう。
 
 映画の題名は「南京の真実」第一部「7人の死刑囚」です。第一部というのは三部作になると云うことらしい。12月14日に完成試写会が九段会館で開かれる予定でしたが、完成が遅れて、来年1月よみうりホールに延期されました。上映館は不明です。
 
 数百万人のユダヤ人を組織的に殺害、死体処理を行ったナチの戦争犯罪すら、ホロコーストはなかったと主張する人もいます。俗に「南京事件」は民間人、捕虜、ゲリラ兵など約20万、30万人が虐殺されたと言われていますが、南京占領後、日本軍によって殺害された中国人の被害者数を正確にカウントすることは誰にもできない。よく、短期間に30万人を殺害することは不可能だから、南京大虐殺はなかったと言う人がいますが飛躍した話です。

  被害者数だけが問題なのではなく、日本軍が組織的な虐殺行為をどこで、どのような手段で行い、その死体をどのように処理したかという歴史的事実を知ることであり、それが何故起こったか、時代的背景と原因、その責任者を追及して、そこから歴史的教訓をつかみ取ることだと思います。
 歴史的事実は生存者の証言、記録文書、記録映像などから事件の実相を知ることができます。日本軍将兵の日記が残されています。実際に見た人が残した文章は迫力があります。
 12月8日に開かれたある集会で明治大学教授の「南京事件の真実は」というお話を聞きました。    

 教授は講演の半分を将兵が残した日記を読み上げました。
①第16師団長・中島今朝吾中将、②第13師団歩兵第65連隊第4中隊宮本省吾少尉、③第13師団山砲兵第19連隊・第8中隊・近藤栄四郎伍長、④第13師団第19連隊・黒須忠信上等兵 ⑤第16師団小原孝太郎軽重兵特務兵の5名の陣中日記です。
気分が悪くなりますが、次回に一部を紹介します。会場は咳をする人もなく、水を打ったように静かになりました。
(リンクの映像は12月17日の南京入城式のニュース映画です)
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by daisukepro | 2007-12-12 12:11 | 憲法

サヨナラ「小田実」

サヨナラ小田実
小田実の告別式に参列した。所沢マスコミ文化九条の会の公演を予定していたが、病に倒れた。九条の会の有明講演会では椅子に座り、その横にもうひとつ椅子、その上に風呂敷に包み持参した資料やメモを置き話した。
会場の音響設備が不十分なので、できるだけゆっくり話して欲しいという注文に「そんなこと、俺に言ってもだめだ。今更むりだよ」と不機嫌な顔つきになった。結局、かなりの速射砲でいつものように話した。c0013092_23453956.jpg
遺体を載せたリムジンは拍手で見送られた。木陰に立っていても額から汗が流れ落ちる。ミンミン蝉が鳴いていた。
参列者は横断幕を先頭に青山一丁目駅までデモ行進をして別れを惜しんだ。
We shall overcome some day
Oh,deep in my heart,I do believe
「ベ平和連を始めた頃より、ここに居る人は増えたな、俺たちの体力は衰えたが、エネルギー引き継がれている。行けるところまで行こうじゃないか。」
と鶴見俊輔葬儀委員長は周囲を見回した。それから、反戦の遺志をついでデモ隊は、ゆっくりと動き始めた。
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by daisukepro | 2007-08-04 23:48 | 憲法

世界で一番恥知らずな抗議文「従軍慰安婦は軍人相手に金を稼ぐための売春婦だった」

世界で一番恥知らずな抗議文
「従軍慰安婦は軍人相手に金を稼ぐための売春婦だった」


発見の同好会員からのメールが届いた。『7月13日、渡部昇一教授ら200人が従軍慰安婦問題に関する議案の採決に抗議して米国大使館前で抗議を行った』。その抗議文の中で「日本軍による“性奴隷”は存在しなかった。“慰安婦”だったと主張する女性たちは、実際には金を稼ぐために売春行為をしていた」と主張している。本当かどうか調べて欲しい。』
以下、抗議文の全内容です。

抗 議 書

 2007年6月26日、米下院外交委員会は、慰安婦問題に関する対日非難決議案を可決した。この決議案は、我が国の首相に対して公式謝罪を要求するものであった。私たち日本の国会議員と地方議会議員、学者・言論人は、日本の最も重要な同盟国であるアメリカの下院外交委員会の多くの皆さんが、この決議に賛成したことを知り、驚きと衝撃を受けた。同時に、私たちは怒りと悲しみを禁じ得ない。この慰安婦問題に関する決議案は、歴史的事実とは全く異なる誤った情報に基づき可決されたからである。かつての日本軍の周辺には、世界の他の軍隊と同様、兵士たちを相手に商売をする売春婦が存在し、そのサービスを提供する組織と場所が存在したが、性奴隷などという存在は全く無かったからである。存在したのは、軍人相手に金を儲けようとする売春組織と売春婦のみであった。これが紛れもない歴史的真実である。
  米下院議員の皆さんにお願いしたい。アメリカ合衆国の誇りと名誉にかけて、誤って認識された慰安婦問題について、どうかもう一度、歴史的検証をしていただきたい。厳密な調査をしていただければ、性奴隷などという存在がなかったことが明かになるだろう。その上で、この決議を再検討し、撤回していただくことを私たちは希望する。
  名誉と誇りを重んじる日本国民として、また、自由と民主主義を共通の価値とする同盟国の国民として、アメリカ下院議員の皆さんに、以上、強く要求するものである。

  慰安婦問題の歴史的真実を求める日本国会議員の会
  慰安婦問題の歴史的真実を求める日本地方議員の会
  慰安婦問題の歴史的真実を求める日本学識者・ジャーナリストの会
  慰安婦問題の歴史的真実を求める日本国民運動の会
   代表 水島 総


「狭義の日本軍による強制連行はなかった」などと答弁しているアベシンの頭の中は上記抗議文と大同小異だ。「強制連行の直接証拠がないので従軍慰安婦は存在しなかった」と云う主張である。だとすると、日本軍のお相手を強制された20万人の女性たちは何だったのかという疑問が生まれる。抗議文は三段論法で「従軍慰安婦は存在しなかったのだから、いたのはすべて、性行為を売り物にする売春婦だけだ」という恥知らずな結論を導きだしている。

アベシンが主張する「戦後レジームからの脱却」とは憲法改正です。
現憲法は戦後レジームの骨格です。その上に教育基本法、労働法などの諸法規が筋肉や血管になって、私たちの体に生きた血がながれ、私たちは戦後の社会で生産活動に従事して生活しています。皆さんご存知のように、現憲法そのものが戦争に対する深い反省の上に成り立っています。
アベシンは「戦後レジームから脱却したい」とおっしゃっています。つまり、現憲法からの脱却です。現憲法を否定するには、まず先の戦争が正しい戦争でなければならない、ここに彼らの問題意識は集約され、エスカレートしていきます。そこからアベシンの「美しい属国」が始まるからです。南京虐殺はなかった。三光作戦はなかった。すべて、日本軍は正しかった。日本軍は欧米列強の植民地支配からアジア諸国の民族解放のためにやむをえず闘ったのだ。憲法を変えて「美しい属国」を実現するためには歴史が汚れていてはこまる、歴史的事実であろうが都合の悪いことは抹殺したいのです。その究極の主張をわかりやすく表現したフレーズが「金を稼ぐための売春行為」ではないでしょうか。アベシンの「狭義の強制連行はなかった」という答弁は「従軍慰安婦はでっち上げで、実は日本軍から金を稼ぐための売春婦だった」とおっしゃりたかったのではないでしょうか。
また、上智大の渡部昇一名誉教授は、「米国はこの問題を“人権問題”と主張し続けるが、だったら(第2次世界大戦中に)東京などに対して行った無差別爆撃は何だというのか。原爆投下は何だというのか。あれこそ一般市民を計画的に殺害する大量虐殺にほかならない。これに対して戦場での“売春行為”は単なる商行為に過ぎない」という主張を展開しているが、戦争の論理そのものではないか。戦争の虐殺行為を競い合い相手国を非難して、開き直っても戦争はなくならない。もちろんアメリカ軍の原爆投下や都市爆撃は大量虐殺行為と思うが、
だからと言って、従軍慰安婦問題が「単なる商行為」などとは云わない。まともな学者が口にする言葉とも思えない。
参議院選挙後に米下院で決議が行われる見込みである。
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by daisukepro | 2007-07-25 00:35 | 憲法

改憲CMをたれ流す「国民投票法案」を通すな!

国民投票法案の小委員会が開かれ、年齢制限を18歳で自民、民主が一致したとNHK夜9時のニュースが報道した。もともと、両党の案は大差がなく、自民は民主案まるのみしても年内に衆議院通過を狙っている。
この法案の恐ろしいところは、テレビCMなどの無料広報は国会の議席配分で行い、有料CMは制限なしと云うところにある。何もしなければ有権者の多数は現状維持に傾斜する傾向があることを彼らは知っている。九条改憲の野望はそう簡単に達成できない。反戦の世論は日本の大地にしっかりと根を下ろしている。世論を改憲に誘導しようとする最後のよりどころはマスコミの活用である。マスコミを利用して危機感を煽るのである。TVで有料改憲CMを制限なく垂れ流すことになれば、財力のある改憲政党が視聴率の高い時間帯を確保し、有権者は改憲CMのシャワーを繰り返し浴びせられることになる。マスコミ従事者は想像力を働かせて、この法案に反対しないと、気付いた時には九条改憲の共犯者になっている。
憲法改正は有権者の50%以上が望むとき、始めて改憲手続きの議論をすべきものだ。内閣総理大臣が任期中に改憲をしたいなどと発言することは憲法違反ではないかと思う。
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by daisukepro | 2006-11-30 22:42 | 憲法

監視社会の足音が聞こえる

あなたは千の目に監視される
NHKのテレビ番組に介入して番組内容を改竄したアベシンゾーが総理大臣なった。最初の仕事が教育基本法の改悪だ。目的はハッキリしている。教育基本法は国家権力が教育への不当な支配介入を許さないことを条文にしているが、改悪はこの歯止めを取り除くことを目的としている。「教育は国民全体に対して直接責任を負って行うべきものである」とする条文を「他の法律の定めるところによって教育を行うべきである」と改竄して国家権力の介入に法的根拠を与えようとするものだ。官製の官許による教育を目途にしている。民主主義とは両立しない。
現行法があるにも関わらず、国旗掲揚、国歌斉唱の強制、教育委員会制度による教師の監視、懲罰人事など、権力は不当な介入を平然とやっている。この教育現場の実体が陰湿な教室を醸成していじめや自殺を増幅しているのではないかと私は思う。改悪法が通過すれば、状態はもっと悪くなるだろう。
さらに、軍事体制になれば軍が教育現場にやってくる。体育会系どころではないのだ。
一時は角を隠していた共謀罪法案がまた持ち出されようとしている。これは謀議をしただけで検挙できることを可能にした法律である。外部からのテロ犯罪を防止するためにつくるのだと云うが、この法律が成立するとどうなるか、謀議を摘発するには盗聴、盗撮、更にはスパイによるおとり捜査、たれ込みの奨励、何でもやり放題なのだ。これも、警察権力の国民生活への介入を容易にする。不信と憎悪にあふれ、恐怖に満ちた社会がやがて形成されて行くだろう。 c0013092_23403593.jpg
ところで、最近町を歩いていると写真にあるような掲示を良く見かけませんか。自宅を出て、出社するまでどれだけの監視カメラの前を通過するだろうか。c0013092_23411428.jpg
いつの間にか、怪しい人はいないかと監視の目になっている自分に気付くことはないだろうか。北朝鮮のミサイル実験、核実験を利用してテロ対策を口実にタレ込み社会の地ならしをやっているのだ。「北朝鮮がせめて来たらどうする」、「核には10倍の核を」などと脅威を煽っていたかと思うと、北朝鮮の軍事力がそれほどないとわかると「アメリカはピンポイント攻撃をやる」、「アメリカが先制攻撃をしたら日本はどうするのか」など目先を替えて危機感を煽る、無節操な政治家たちがいまだにテレビに登場している。アメリカのイラク軍事介入は何だったのか。イラクは民主化どころか、報復の連鎖地獄になっている。
自衛隊はイラク人を殺すこともなく、殺されることもなく、日本は憲法九条によって地獄に落ちず、首の皮一枚を残して守られたではないか。
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by daisukepro | 2006-11-27 00:03 | 憲法