カテゴリ:憲法( 83 )

不法滞在取り締まり

早朝、新聞を取りにでようとすると家の前に怪しげな男が二人立っている。
窓から様子を見ていると、男たちは合図を送って左右に別れ、一人は路地に潜んだ。2、3秒の間があって左方向から服装はまちまちだがいずれも屈強、人相はすこぶる悪い男たちの集団がフレームインしてきた。工具でもない武器のようなものを腰に付けている。路地に隠れた男も素早く集団の後を追った。
時間を見計らって表に出てみる。坂上の丁字路には警官が二人立っている。散歩するふりをして近づくと辻々に私服が立っていた。「人相悪いから暴力団かと思った」と話しかけると初々しい警官はにこりと笑った。
噂はたちまち地域に広がった。情報通のおばさんの話だとこの辺りには外国人が住む家賃の安いマンションが多い。一斉にガサ入れをしたらしい。やがて、なにやらバックのような押収物を手にして一団は去っていった。ここは豊島区、広報は英語、ハングル版もある。ひったくりも多発している。大塚駅前の雑居ビルで殺人事件が発生した。犯人は中国人らしいとかいう悪い噂が流れる。池袋西口周辺を大名視察しながら法務大臣が「この辺りは昔よく飲んだものだ、不法滞在の取り締まりを強化して市民の安全をはかりたい」とTVインタビューに答えていた。もし、憲法九条がなくなり、自衛軍になり、スパイ防止法と軍事法廷がある社会がやってくると、人間の絆と信頼が失われ、すべて敵と味方に分別される。そんな日常はどうなるだろうか、恐ろしい悪夢が脳裏をかすめる。



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by daisukepro | 2006-01-27 20:37 | 憲法

護憲派のための軍事講座(映画人九条の会主催)

護憲派のための軍事講座(映画人九条の会主催)
職場や地域で改憲派と白兵戦を展開している護憲派にとって軍事問題の知識は有力な武器となる。戦力にあたらない武器とは自衛上最小限度の武器のことであると内閣法制局が非論理的な解釈をしているお国柄、この軍事講座は戦力にあたる武器といえる。会場(水道橋、全水道会館)は超満員、講師の山田朗教授は白雲なびく駿河台の歴史学者で、なお立派な軍事オタク、主催者が用意した書籍は瞬く間に完売、講演後はサインを求める行列が出来た。『  護憲派のための軍事入門(花伝社)山田 朗(明治大学教授)本体価格1500 ISBN47634-0451-2 C0036 Y1500E 発行2005年10月20日  』 久しぶりに喉越しのいい酒を飲む。
官僚は法律が改正されない限り先輩のラインを忠実に守るが、日本の軍隊も同じである。会場からの質問に「海上自衛隊は海軍のしきたりに従って、大型戦艦には山の名前をつける。陸上自衛隊の戦車や武器の型は元号、皇紀、現在は西暦だが年号を付ける慣習になっている。航空はアメリカと同じ」と答えて笑いが広がる。新憲法で枝を刈り取ったが根を残したので、また軍事の芽が出てきたようなものだ。軍隊は敵国がなければ存在価値がなくなる。改憲派は近隣諸国の軍事的脅威をあおり立てるが、戦力なき軍拡を推進して1995年には日本の軍事力は世界第二位になった。(現在イラク戦争でイギリス、フランスに抜き返されて四位だがアジアではダントツ)。軍拡ドミノ倒しの最初の一押は日本だ。日本が軍拡をすると中国が、中国が軍事力を強化すると台湾とインドが、ついでパキスタンに波及する。これが軍隊の論理、そしてさらなる軍拡によって三菱重工のような軍需産業が儲かる仕組みになっている。これを改憲で追認しようとするのが政財界の改憲派のお望みとわかる。劇団三十まるの渡辺えりこさんも納得してお帰りになった様子でした。
ニーチェ曰く「「武装平和とは、自国と隣国を信頼せず、 半ば憎悪、半ば恐怖から武器を放棄しかねる意向上の平和である」
—「人間的な、あまりに人間的な」—(Friedrich Wilhelm Nietzsche フリードリヒ=ウィルヘルム—・ニーチェ)」

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by daisukepro | 2006-01-26 09:32 | 憲法

護憲派のための軍事講座 _自衛隊が「自衛軍」になるとどうなる?_

護憲派のための軍事講座 _自衛隊が「自衛軍」になるとどうなる?_

「護憲派」の皆さん、戦争問題や軍事問題の論争に弱くありませんか?
 憲法9条を守りたいと思っている皆さん、平和を愛する皆さん、いざ戦争問題や軍事問題の論争になったとき、「どうも自信がない」と思っていませんか。そんな人のために明治大学の山田朗先生が「護憲派のための軍事入門」(花伝社)を出版しました。
 その山田朗先生に講師をお願いして、「護憲派のための特別軍事講座」を行います。「憲法9条にもとづいて平和な世界を」と考えている人のための、戦争とパワーポリティクス克服のための軍事入門講座です。これは絶対に聞き逃せません! 皆さん、どうぞご参加ください。

講師
山田朗・明治大学教授
日時
2006年1月25日(水)18:45〜20:45
場所
全水道会館4F・大会議室
東京都文京区本郷1-4-1 TEL 03-3816-4196
参加費
700円
主催
映画人九条の会
〒113-0033 東京都文京区本郷2-12-9 グランディールお茶の水 301号
TEL 03-5689-3970 FAX 03-5689-9585
Eメール=webmaster@kenpo-9.net
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by daisukepro | 2006-01-11 12:05 | 憲法

コイズミ自民党のお家騒動始末

処刑された9人の謀反人

自民党新人議員の洗脳教室が開かれている。コイズミは挨拶の中で次のように述べた。「政治家の資質はことの本質を見抜く力」と前置きして、「先の総選挙の本質は倒閣運動であった。それを見ぬけなかった政治家は資質に問題があった。今となっては後の祭り。残念です」
頭の中は政局だけが泳いでいるコイズミらしい台詞だ。しかし、問われなければならないのは権力者としてのコイズミの資質だろう。

庶民から見ると小泉家のお家騒動としか見えない。大方の逆賊は刺客を放って返り討ちにしたが、それでも生き残って這い上がってきた奴は除名処分で手打ちにして首をはねる。青表を投じたが、もう一度白票を投じ、踏み絵を踏み直し、命乞いをした奴は罪を減じて政治的生命を剥奪する。
これでコイズミ幕府、お家はご安泰となる。一世風靡した東映時代劇の筋書きそっくり。しかし、この三文オペラを提供したのは自民党に投票した人ばかりではない。解散という名の権力者による逆クーデターは、反対票を投じた人も、自民党に投票した人もともにおさめた税金によってまかなわれたものだ。
やろうと思えば何でも出来るのが権力者、法律だって意のままに変えることが出来る。だから憲法は権力者にルールを求めている。それが中世社会から近代社会への発展してきた人類の英知だ。現代の権力者はその力の行使は慎重にやらなければならない。太平洋戦争では210万の日本軍、聯合国軍、民間人が各地で戦死したのはつい昨日のことです。すべて、東条英機が自存自衛と称して権力を行使した結果です。
c0013092_16211015.jpg後楽園ドームのそばには太平洋戦争戦没者を弔う霊園がある。靖国神社から公用車で5分とはかからない。(写真のレリーフには太平洋戦争の戦没者数が各地ごとに刻まれている)
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by daisukepro | 2005-10-22 16:22 | 憲法

コイズミの靖国参拝


10月17日、コイズミの靖国参拝が強行された。
生中継を見ていると、公安警察が念入りに配備され、アリの隙間もない。
待機している中継カメラがその光景を映し出していたが、異様な空気が伝わってくる。事前に計算された演出意図が見え隠れする。
小雨降る中、公用車が到着する。背広を着たコイズミが緊張した顔で公用車から降りる。周囲をボディガードに守られ、神殿まで足早に直進、右のポケットから賽銭を取り出し賽銭箱に投げ入れるとコイズミは両手をあわせ頭を垂れた。一分ほどで踵を返し公用車にもどり姿を消した。これがコイズミパホーマンス、愚行のすべてである。
マスコミはミニチュアまで事前に用意して、これが公式参拝と違う流儀であることを丁寧に解説する。選挙のときと姿勢はまったく変わらない。コイズミは出演慣れした三流役者のごとくカメラを意識しながら歩く。
「他人がどう思うが、おれはやりたいことをやる男だ。どうだ、凛々しいだろう」と書いて鼻の先にぶら下げて歩いて見せた、あっという間の数分間、
「Gメン75」のテーマが聞こえてきた。一人で歩いているから「太陽に吠えろ」かな。それとも、駄洒落が古すぎて通じないかな。
数日後、党首討論が中継された。コイズミが外交と経済音痴であることは周知の事実。外交は外務省に丸投げ、経済は竹中に下請け。当人はさっぱりワカリマセ〜ンですませきた。弱点をつくのはいいが丸投げさんと九条改憲派では紙相撲にもならない。交渉中はヤクルトの古田でさえも握手を拒むのに、パホーマンスが終わればにこやかに握手となるのも加山雄三、「僕は幸せだなー」(これも古い)。まともな政策論争にはならない。しかし、靖国参拝問題だけは違う。波紋は世界中に広がり、日本の恥をさらけ出すことになる。
党首討論では最後の数分間靖国問題が質疑された。ここで浮かび上がったことが二つある。
なぜ、内外の批判があるのに靖国参拝をするのかという問いにコイズミは憲法19条を取り上げ、参拝は個人の自由だ。それを憲法が保障していると弁明した。これが詭弁中の詭弁であること。さすがペテン師のディベート、理論のすり替えもいい加減にしてもらいたい。人にはいろいろ顔がある訳ではない。あるときは公人、あるときは私人ということにはならない。鼻が私人で、口が公人ということは出来ない。国民が任命した内閣総理大臣は一人なのである。
これほど公私の区別を知らない総理大臣は世界にいない。これを許す国民もいない。浮気がばれれば辞任するのが権力者の立場というもの。これを許すとルールがなくなり無政府状態になるからだ。
知っての通り、憲法は政権担当者と国民の間で取り交わした社会的ルールです。
中学生の頃先生から教わった。憲法は99条で権力者は憲法を守ることを義務付けている。19条のいう内心の自由を保障するということはいかなる権力者といえども国民一人一人の思想や信念、内心の自由を犯してはならないというルールであり、基本的人権がここで保障されているのだ。権力者の内心の自由を保障しているのではない。憲法のルールを勝手な解釈で権力者が改憲したら憲法はただの紙切れになる。権力者に内心の自由はない。権力者が内心の自由を主張してルールを無視して勝手なことをやってもいいとはどこにも書いてない。憲法をこれほど知らない総理大臣は世界にまれだろう。権力者としての資質が疑われる。世界のルールも各国の憲法ルールを尊重することを基礎にルールが決まっている。だから、おたがいに内政干渉はしないことがルールになっている。もっとも、コイズミのパートナー、ブッシュは平気でルール無視をする。彼は神なのだから無理もない。神のお告げに従って行動しているのだから神のみぞ知る内心なのだ。ブッシュ一人のルール違反のために世界が混乱していることは周知のこと。
だから、党首討論で明らかになったことの一つはコイズミが憲法を知らないという事実だ。日本国民はこんな危険な内心を持つ男を日本の権力者として世界に送り出していることになる。こんなルール無視が二人揃ってジャンガジャンガを踊ると世界はどうなるか。想像をこえる。
もう一つ、コイズミは靖国参拝の理由を「戦犯を顕彰するためだけでなく、不戦の誓いをするためだ」と弁明した。これが彼の内心だとすると憲法九条がかれの内心ということになる。本当だろうか。
そこで、コイズミの頭をたたいてみた。どんな音がしたか。「ゴーシ、ゴーシ」と音がする。
かれは選挙に大勝して靖国参拝が内外の注目されていることを知った上で、いつ参拝するか考えた。適切に考えた。賢くもその日が10月17日だったのである。まさに10月17日はA級戦犯が密やかに国民の目を盗むように合祀された日なのである。
つまり、彼の内心は「不戦の誓い」とは反対に「A級戦犯の名誉が回復され,憲法を改正して彼らの復活する日が来ることを誓った」のだ。映画「オーメン」じゃあるまいし、南無阿弥陀仏、ここは仏教の国ですよ。東條英機の遺骨は熱海の丘に眠っているが、御霊はここ靖国に住んでいる。コイズミさんA級戦犯の墓参なら熱海に行けばいい。
コイズミの頭をたたいてみれば「合祀、合祀」の音がする。東條英機のお孫さんもさぞ感謝していることだろう。
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by daisukepro | 2005-10-20 13:51 | 憲法

お知らせ 「憲法9条の会つくば・設立のつどい」

    ■■■憲法9条の会つくば・設立のつどい■■■

★講演/斉藤貴男(ジャーナリスト)
      「平和と平等」をあきらめない!

★歌と憲法トーク/小室 等(シンガーソングライター)
      「音楽にのせて・・・」
 
 ■日 時/2005年10 月1日(土) 開場13:00 開演13:30
 ■会 場/つくば国際会議場 大ホール
        つくば市竹園2-30-3 ?029-861-0001
 ■参加券/大人1000円 学生(高校生以上)500円 中学生以下無料
 ■主 催/「憲法9条の会つくば」準備会 
        連絡先:事務局090−3811-3753  Fax029-858-0894
        HP http://www.geocities.jp/geo_net21/9jo/
        メール ycgsk987@yahoo.co.jp
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by daisukepro | 2005-09-26 14:54 | 憲法

続「自衛隊民営化論」

続自衛隊民営化論
フジの24時間テレビの社員公募企画で日米軍合同運動会をやっていた。軍楽隊がマーチを演奏する中、日米両軍が登場、紅白に分かれてゲームをやるだけの内容で面白くも可笑しくもない。沖縄地上戦で激しく交戦した両軍の勇士が紹介され握手を交わす演出など何を考えて番組をつくっているのかディレクターの頭の中を覗いてみたい。なんでもありのフジテレビらしいが、勘弁してよ。
最近、やたらと日米合同訓練が陸海空至る所で行われるようになった。訓練といってもタダではない。経費は思いやり予算ですべて日本持ち、一回の訓練で1億円が消えいて行く。米軍の車列が沖縄の一般道をUターンして民間車両と衝突するなど事故報道が絶えない。ひさしを貸して母屋を取られると昔の人はいいことをいう。ブッシュ政権と価値観を共有するコイズミ傀儡政権になって遠慮会釈がなくなった。お尻丸出しで走り回るのは犬なら可愛いが人間のやることではない。

さて、自衛隊の装備は世界第三位という。朝霞駐屯地の横に陸上自衛隊の展示場があり、最新型の戦闘機、戦闘車両、重火器などを展示している。陸上自衛隊が誇る120ミリ砲を装備した国産戦車90型は迷彩色に彩られて一階の広間奥に置かれてあった。c0013092_16593536.gif
(写真は90型戦車)
従来のナナヨン型戦車では125ミリ砲を装備したソ連戦車に対抗できない。そこで、120ミリ砲を装備した国産戦車の開発計画が急浮上することになった。ドイツなどの120ミリ砲戦車の重量は70トンある。改良を重ねて軽量化につとめたが、それでも50トン、かなり重い。開発が始まったばかりの頃、新型戦車の価格は一両10億円した。90年ごろから、年間20両の量産がはじまった。仮想敵国ソ連が上陸するのは北海道だろうと想定してキュウマル戦車は富士演習場と北海道に配備されることになった。
ここまではいいとして、92年には仮想敵国のソ連が崩壊してしまったのだ。戦う相手は消えたが戦車
の量産は中止しなかった。現在の価格は一両8億円、約300両、すべて北海道の平野を走り回っている。
仮想敵国は中国や北朝鮮になったのに、「北海道だけに戦車があるのはいかがなものか」という軍事評論家が出てくる。それでは「九州に戦車を移動すればいいじゃん」と作戦司令官は地図をさして、指揮棒先を北海道から九州に移動した。
そこで、司令官はとんでもない事態に気がついた。
キュウマル戦車を九州まで輸送するには鉄道を利用する方法がある。しかし、その場合車両幅が線路幅より大きくては運べない。電柱をなぎ倒すことになる。橋があればその橋脚が戦車の重量に耐えられるかどうか、もっぱら人員輸送を目的としている現在の新幹線規格では想定外に重すぎる。戦車が無理して通れば橋はみんな壊れてしまう。トンネルの穴の大きさも問題だ。トンネルも掘り直して穴を広げないと運べない。
新幹線側の搬入設備や専用トランスポーター貨車開発をしなければならない。
こんなことに予算を出せといえば(今はくのいち忍者になっているが)、東大の百恵ちゃん、「おたく、何言てるの!」と目を吊り上げるに違いない。何しろ、情報筋によると「自衛隊の災害出動は任務じゃありません」予算折衝で東大のアイドルは叫んだとかーーーー。
陸がだめなら空があるさ
司令官は航空自衛隊に電話をかける。「私どもの最大の輸送機C-130には搭載重量の制限があり、最大でも89式装甲戦闘車一両輸送するのが限界です」とつれない返事。
「航空機輸送もだめ。鉄道も空もだめなら道路を使うのはどうだ。ルート設定を慎重にやればできないことではない。陸自のトランスポータを使って運ぶ。これだね」
「でも、司令官——」副官が顔色をうかがいながら口を挟む
「実際問題として極めて困難ではないでしょうか」
「なぜ?」
「えーと、一般道はですね、戦車をのせたトランスポーター車両の重量を考慮して建設されていません。」
「道路だろ、深夜に移動すればいいじゃないか」
「通るには通れますが再整備しないと使えなくなります」
「じゃ、自走させろ、自走」
「一般道を自走させると故障を誘発します。燃料消費やディゼルエンジン、音響が環境に与える影響を考えますとーーーー
戦闘以外では好ましくありません。道路の面を戦車のキャタピラで耕すつもりならできますが、橋だって通行中に落ちちゃいますよ」
「主要道路は主要道路・橋梁には重量数十トンの大型車両が日夜走っているではないか。しかも複数同時にーーーーー。」
「絶対できないとはいえませんが、好ましくありません。橋梁や道路の補強はしないとーーー。第一、奇跡でも起こらない限り、あの百恵ちゃんがーーいいわよってーーー予算を認めないでしょう。」
「待てよ、じゃ、海はどうかね、海——」
「それがですね、輸送艦おおすみには最大10数両の戦車はつめるが限度があります。一定規模の部隊を輸送するとなると相当数の輸送艦が必要ですが、海自はそれを一度に運ぶに充分な輸送艦を保有していないというのが現状です」
残念!キュウマルの九州移送計画は中止になった。
それで、一度も交戦することがなく、これからもないであろうキュウマルくんは今も北海道の大平原を元気に自走している。平和の象徴のように、はばたけキュウマルくん、ーーーーー平和憲法がある限り、誰に遠慮がいるものか!

マガジン9条
2004年9月14日、90式戦車の調達を防衛庁が2,3年後に停止する方針であるという報道がなされた。
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by daisukepro | 2005-08-25 16:55 | 憲法

靖国参拝と戦陣訓「死して?虜囚の辱めを受けず」


敗戦記念日、8月15日、小泉首相は靖国参拝をしなかったようですね。近隣諸国の感情に配慮したためではない。郵政民営化解散で靖国問題がきっかけになって戦略なき外交が選挙戦の争点になることを避けるためでしょう。

小泉首相は戦没者追悼式に出席、開会の辞を読み上げ戦争反省の談話を発表しました。その価値観はダブルスタンダードどころか得体が知れない、カメレオンのように千変万化する。いろいろ話したいことはありますが、同好会としては「戦陣訓」の要を読んで、餓死した兵士を追悼することにしましょう。

「戦陣訓」は、中国各地でのあまりにも腐敗、残虐化した日本軍の蛮行を知り、陸軍上層部があわてて作成したものです。
作家の島崎藤村が草案をまとめたといわれています。
戦場における皇軍兵士のモラルと具体的実践要項を示したもの。1941(昭和16)年1月に東條陸相はラジオでこれを読み上げ、全軍に示達されました。
特に「生きて虜囚の辱めを受けず」というフレーズは世界でもっとも残酷な軍律という評価を受けて、有名になった。(タイトルはもじりで、間違えたのではありません)
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「戦陣訓」(陸軍省、昭和16年1月)
 始めは序文です。戦陣訓の目的が書かれています。
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        序

 「夫れ戦陣は、大命に基き、皇軍の神髄を発揮し、攻むれば必ず取り、戦へば必ず勝ち、遍く皇道を宣布し、敵をして仰いで御稜威(みいづ)の尊厳を感銘せしむる処なり。されば戦陣に臨む者は、深く皇国の使命を体し、堅く皇軍の道義を持し、皇国の威徳を四海に宣揚せんことを期せざるべからず。
 惟ふに軍人精神の根本義は、畏くも軍人に賜はりたる勅諭に炳乎として明かなり。而して戦闘竝に練習等に関し準拠すべき要綱は、又典令の綱領に教示せられたり。然るに戦陣の環境たる、兎もすれば眼前の事象に促はれて大本(たいほん)を逸し、時に其の行動軍人の本分に戻るが如きことなしとせず。深く慎まざるべけんや。乃ち既往の経験に鑑み、常に戦陣に於て勅諭を仰ぎて之が服行の完璧を期せむが為、具体的行動の憑拠を示し、以て皇軍道義の昂揚を図らんとす。是戦陣訓の本旨とする所なり」
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次に、日本はどういう国かという説明があります。
(日本は天皇の国だったのです)
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第一 皇国

 大日本は皇国なり。万世一系の天皇上に在しまし、肇国の皇謨を紹継して無窮に君臨し給ふ。皇恩万民に遍く、聖徳八紘に光被す。臣民亦忠孝勇武祖孫相承け、皇国の道義を宣揚して天業を翼賛し奉り、君民一体以て克く国運の隆昌を致せり。
 戦陣の将兵、宜しく我が国体の本義を体得し、牢固不抜の信念を堅持し、誓つて皇国守護の大任を完遂せんことを期すべし」
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では次に、天皇の国の軍隊はどういう性格の軍隊だったのでしょうか。(天皇が統括する軍隊なのである。だから皇軍と呼ばれる)
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第二 皇軍

 「軍は天皇統帥の下、神武の精神を体現し、以て皇国の威徳を顕揚し皇運の扶翼に任ず。常に大御心を奉じ、正にして武、武にして仁、克く世界の大和を現(げん)ずるもの是神武の精神なり。武は厳なるべし仁は遍きを要す。苟も皇軍に抗する敵あらば、烈々たる武威を振ひ断乎之を撃砕すべし。仮令峻厳の威克く敵を屈服せしむとも、服するは撃たず従ふは慈しむの徳に欠くるあらば、未だ以て全しとは言ひ難し。武は驕らず仁は飾らず、自ら溢るるを以て尊しとなす。皇軍の本領は恩威並び行はれ、遍く御綾威を仰がしむるに在り」
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では皇軍はどのような死生観を示されたのでしょうか。
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本訓 其の二
第七 生死観
「死生を貫くものは崇高なる献身奉公の精神なり。
 生死を超越し一意任務の完遂に邁進すべし。身心一切の力を尽くし、従容として悠久の大義に生くることを悦びとすべし」

第八 名を惜しむ
「恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」
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この「戦陣訓」を全軍に指令した陸軍大臣は「戦陣訓」を守ったのでしょうか。生きて虜囚となり、敵軍の裁判を受容し罪過の汚名を残し、処刑されたのは、天皇を守るために犠牲になったとでも言うのでしょうか。
傷口に蛆がわいても動くことができず、餓死していった皇軍兵士の無念にせめて思いを馳せ、哀悼の意を捧げよう。
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by daisukepro | 2005-08-15 15:03 | 憲法

続「ギャリー・スナイダー」について


場所の感覚?って何————————

HOTWIRED・ブログサイト
ギャリー・スナイダーのインタビュー記事より抜粋

「場所の感覚を獲得するにはいろいろな方法があるでしょう。たとえば作家がよくやるように、ある場所に出かけて行ってちょっとしたその地方のディテールを使う手もある。それから、ある場所に長い間住み続けていて、その場所を熟知していて、意識することもなく、あたりまえのように場所について語ることができる人もいる。3番目の例は、これが私たちにとっては興味のあることなんですが、意識的に自分の中で場所の感覚を深化する例ですね。そのためには、すべての細部を明晰に理解する必要がある」

場所とは気候、地形、植物を知るーーーーーー
 「これはそんなに難しいことではない。どういうことを理解する必要があるかと言いますと、ひとつは気候パターンで、年間雨量や最高気温、最低気温を知っておく必要があります。これが植物の限界を定め、農業の限界を教えるのです。2番目は、地形をよく知ることです。つまり、川がどこへ流れ、どのように繋がり合うかということなどに注意を払っているかどうか、別の言葉で言えば、地域の自然を優しく注意深く見ているかということ。3番目は、土地に生えている植物を知ること、そしてそれがどのように分布し、その分布の意味することを理解すること。それは同時にその分布の生態学的な意味を理解し、さらにはその歴史的な意味を理解することをも含みます。植物の分布は、じつは歴史的にも大きな意味を示唆しているのです」

場所の自然と人間の歴史を知るーーーーー
 「このような情報をもとにその場所の歴史を理解する必要があります。その場所における生態学的な歴史と人間の歴史です。ここの先住民はだれであったか、そして彼らはどのように生活していたのか。これはたいへんな情報を包含する領域です。ひとつの場所で先住民の文化がどのように存在していたかを知るとその場所のことがほとんどすべてわかるようになります。彼らがここでどのように生きていたのか、彼等は今日どこにいるのか、そしていまどのように生活しているのか、などというようなことを理解することです。さらに、最近になって移住してきた人間の歴史、最近の経済活動、そして最近になって起こったいろいろな変化を知ること。言い換えれば、一つの場所における生態学的な歴史と人間の歴史的・経済的な活動の歴史を理解することです。

四季の感覚・日本の俳句を知るーーーー
 「さて、いま言ったことは事実に基づいた場所の歴史です。しかし、それを念頭におきながら、今度は多くのことを直感で理解しないといけない。つまり、さまざまな事柄のつながりを理解する直感と想像力が必要になる。それから、最後は、四季折々の変化に対する感受性も必要ですね。この点で言えば、芭蕉から今世紀初頭に至る日本の俳句の伝統は場所の文学の顕著な例のひとつだと言えると思います。つまり、季節を重視し、四季の特徴を明示しつつ季節を象徴化することや、植物に関するボキャブラリーの豊富さ、夏の稲妻や夏の雨に関するボキャブラリー、その種類、あるいは降雪のタイプなど、など——。俳句には日本の自然がものすごく豊かに表現されています」

場所の感覚?って
「気候を知ること、地形を知ること、
植物を知ること、そして、
その場所の歴史を理解する必要がある」

「ときどき冗談で他のひとをテストしたりすることがありますよ。町や通りの名前を用いないであなたの家まで人を案内しなさい、というテストです。自然の特徴だけを使って説明するのです。
クリークや丘の名前を知らないといけない。たとえば町や道路の名前を一度も言わないで、友人を私の家まで案内するにはどのように説明すればいいのだろうか。このようなことは、自分のすんでいる場所をよく知っていないとできませんね。」

抑圧からの解放と場所の文学
(ここからちと難しい。前半の話にもどってもう一度考えてみる)
「マイノリティーは周縁化されていたが発言権を獲得した。女性も周縁化されてきたが、ついには発言権を獲得するようになった。さて、いまは自然が発言権を獲得する番だ、いつまでも周縁化するわけにはいかないはずだ、それに人間はいつまでも自然の声の抑圧者でいるわけにはいかない。そして人間はいつまでも場所を抑圧しないで、場所の声に耳を傾けるべきだーー。まあ、こんなことを言ったりするわけですが、耳の痛い話であるかも知れませんね」(笑)。

場所の文学?って何—————
「いくつかの視点から考えることができると思います。たとえば、同じ場所に住んでいる読者には、その場所に関するさらに深い洞察をもたらすでしょうね。読者の場所の感覚がさらに深まるはずです。また、ちょうど人間の関係を描く小説は読者の人間関係に対する理解を深めるように、場所についても同様のことが言えます。もちろん、場所の文学は人間をも巻き込んだもので、場所だけを描くものではない。それはノンヒューマンの世界と人間との複雑な関係を示唆するものです。だから、21世紀の世界で我々がやるべきことは、人間はどこにいても自然のコンテクストの中で生きているということ、人間は場所を喪失し場所から引き離された存在ではなく、自然の中に生きているということを示すことだと思います。現代人は自らは他の存在に依拠しないで自立して存在しているという幻想を抱いていて、そこから世界の破壊が始まった。場所の文学は倫理的にも、政治的にも、このような幻想を断ち切る契機になるものだと思います」

地球と言う惑星の住人
 「都市の工業化された世界でも我々は場所に住んでいるのです。この世界は我々だけのものではなく、他の生物たちのための世界でもあるということを理解しなければならない。だから、バイリージョナリズムの思想は、究極的には我々はすべてがこの地球という惑星の住人であり、地球はひとつの流域だと主張するのです。私たちはだれもがひとつの生態系の中に生きているのです」

なるほど、スナイダーのメッセージをもう一度読み返してみよう。イメージが浮かんでくるだろうか。
「求めるなら助けは来る。しかし、決して君が知らなかった仕方で」
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by daisukepro | 2005-08-12 09:46 | 憲法

Gary Snyderについて

大江健三郎さんを通して日本の若い人々にメッセージを送ってくれた
アメリカの詩人、ギャリー・スナイダーはどのような人かーーー
知りたくなりますね。

検索スタート
HOTWIREDからの情報、
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 1930年5月8日、サンフランシシコ生まれ。オレゴン、ワシントンの森林地帯で少年時代を過ごす。
 リード大学で言語学、人類学を専攻。同校卒業後、きこり、山林監視員、水夫などに従事する一方、カリフォルニア大学バークレー校で、中国古典を学ぶ。55年、ギンズバーグ、ケルアックらと出会い、仏教やヨガといった東洋思想を伝える。56年、来日。通算八年間、京都の大徳寺などで臨済禅の修業を体験。禅のほかにヒンドゥー教、真言密教、アメリカ・インデアンの神話などに造詣が深い。
 59年、最初の詩集『Riprap』を発表。75年に『亀の島』でピューリッツアー賞を受賞。97年、ボリンゲン賞。98年、仏教伝道文化賞。現代アメリカを代表する詩人。

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ゲーリー・スナイダーは、1950年代初期に詩人として出発し、それから今日まで40年余にわたって常にアメリカのオールタナティヴな思想の先端を切り開いてきた人物である。1975年にピュリッツアー賞を受賞、1997年にはアメリカの詩人に授与される最高の栄誉とされるボリンゲン賞をイェール大学から授与された。文字どおり、現代アメリカを代表する詩人であろう。

 近年、その作品が深化してきたものは「場所の感覚」(センス・オブ・プレイス)であり、「バイオリージョナリズム」(生態地域主義/生命地域主義)と呼ばれる場所の思想である。そして、その「場所の文学」は、21世紀に向けて、人間とノンヒューマンの世界が新たな関係性を結びつつ豊穣なコミュニティーを構築する夢を語る。
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という紹介が記載されていた。75歳かーーー
では、ギャリー・スナイダーはどんな詩を書き、どんな考え方の人なのだろう。さらに知りたい人は次回をみてね
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by daisukepro | 2005-08-11 09:12 | 憲法