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「日の丸」「君が代」の強制(5完結編)


「日の丸」「君が代」の強制(5完結編)

小渕首相(国旗国歌法制定当時)——「義務付け考えておらず。———」(写真都議会)

c0013092_74352100.jpg  曽根「一つは、教師としての義務ということを今おっしゃいましたが、そもそも日本の国旗・国歌に日の丸・君が代を制定するに当たっては、賛否両論、大変な議論がありました。天皇のために死ねといわれて戦地に行き、たくさんの人が戦死したんです。その忌まわしい記憶がまだ日の丸・君が代と結びついている人がたくさんいるわけですよ。だからこそ、国旗・国歌の制定に当たって、当時の小渕首相は衆議院の本会議で、義務づけを行うことは考えておらず、国民の生活に何ら影響や変化が生じることにならないと明確に答弁しているんです」

————有馬文部大臣(当時)「むりやり、口をこじ開ける。これは許されないと思う」
 
曽根「ここに、法制定当時の衆議院文教委員会での質疑の議事録があります。質問は我が党の石井郁子議員が行ったもので、答弁は当時の有馬文部大臣が行っているものです。
 文部大臣はこういっています。その人に、本当に内心の自由で嫌だといっていることを無理やりにする、口をこじあけてでもやるとかよく話がありますが、それは子どもたちに対しても教えていませんし、例えば教員に対しても、無理やりに口をこじあける、これは許されないと思うというふうに答えています。
 つまり、教員に対して強制を、個人の内心の自由まで侵して、教員に対して斉唱することを、口をこじあけるようなやり方で強制することはやってはいけないというふうに大臣は明確に答弁しているんです。
 この大臣答弁というのは、法制定のときに行われたもので、法律に準ずる力を持っているはずです。都教委はこれを当然守る義務がありますよね。」
横山教育長 「強制、強制というのは、例えば、責務のない方に実施を強要することは強制でしょう。責務があるんですよ、教員には。その責務のある教員に対して、学習指導要領に基づいて責務を果たしていただきたいと申し上げているだけでございます」
曽根委員「 私の聞いていることにちゃんと答えてほしいんですが、大臣は、教員に対しても、無理やり口をこじあける、これは許されないとまでいっているんですよ。
 だって、立って歌わなければ処分ですよ。それで、三回処分になったら大変なことになると、なっているわけでしょう。そこまでやるということは、まさに口をこじあけることじゃないですか。これが強制でなくて何なんですか。大臣答弁を踏み破るということなんですか、都教委は。どうなんですか」
横山教育長「 私どもは教員に対して、当然、公教育に携わる教員に対して、学習指導要領に基づいた学習指導をしてほしいと、こういっているだけでございます」
曽根委員 「大臣答弁は、じゃ、守るということですね」
横山教育長 「記憶は定かではございませんが、有馬大臣が、そういう学習指導要領に違反する教員の行為については、当然処分の対象となるということもおっしゃっているはずでございます」
曽根委員 「教員に対して、学習指導要領で国旗・国歌の指導について、それは指導要領の中に規定があるのは事実です。しかし、私が申し上げているのは、日の丸・君が代については、戦前の忌まわしい体験や、肉親が受けた被災体験など、どうしても歌えない、伴奏できないという先生もいるんですよ。その人たちに内心の自由まで踏みにじって強制すること、処分するというようなことがあってはならないと。これは大臣答弁を踏まえれば、あってはならないことなんですよ。このことを申し上げておきたいと思うんです」
横山教育長 「主義主張に基づいて卒業式においてピアノ伴奏を拒否した教員がおられまして、これに対して職務命令違反で処分をいたしました。これにつきまして、処分が妥当である、正当であるという判決がおりておりますので……。」
曽根「裁判で闘って、判決で出たからといって、じゃ、憲法の内心の自由、十九条が踏み破られていいことにはならないんですよ。(野次あり)教員といえども、一人の個人としての内心の自由は断固として守られるべきだ。憲法の内心の自由というのは、絶対的な権利として憲法解釈でも確定しているんです。こういうことを改めて申し上げておきますよ」

——————————生徒にまで君が代斉唱を強制

 曽根「それから、さらに重大なことがあるんですが、都教委が、先生に対する指導という名をかりて、子どもたちにまで日の丸・君が代を強制している問題なんです。
 実際に、生徒が歌わなかったのは先生の指導不足だとして、厳重注意などの処分が行われました。また、歌わないと先生が処分されるからと校長先生にいわれて、本心に反して起立したという学校もあります。
 これは明らかに、憲法が保障する内心の自由の侵害に当たるものです。だからこそ、朝日新聞などは、好きな先生が処分されるなら、生徒は立ちたくなくても立つと思う、でも、そこまでして立たせたいのかという厳しい批判の声を載せたではありませんか。
 生徒自身が自分の考えで起立しなかったり歌わなかったりした場合、先生は指導責任や結果責任を問われているんじゃないですか。そういうことはやらない、やっていないといえますか」

—————クラスの子がほとんど立たない、これは異常だ

横山教育長 「今、事実の誤認がございますので……。
 子どもたちが卒業式で起立をしなかったがゆえをもって教員を処分したことはございません。ただ、これは多分、板橋高校の例だと思いますが、例えば、卒業式であるクラスのほとんどの子が立たない、起立をしない、私はこれは異常だと思いますよ。例えば、一人二人の子どもがいろんな理由で立たない、これは当然あり得ると思います。ただ、ほとんどが、少なくとも昨年まで立っていた学校で、当該年度になってあるクラスの子どもがほとんど立たない、これは私は異常だと思うし、一方で、教員には国旗・国歌について指導する責務がございますので、だから、教員に対して、どうなっているんだという指導をしただけなんです。処分はいたしておりません」

——————生徒が立たなかった理由によっては教員を処分する

曽根 「それじゃ、教育長は、生徒が立たなかったことをもって、教員を、結果責任を問うて処分することはしないということですね、厳重注意などの。立たなかったことをもって処分するというようなことはしないと。どうなんですか、そこをはっきりいってください」
横山教育長 「子どもたちが起立をしなかった理由によるんじゃないでしょうか。例えば、教師が明らかに自分の意図に基づいて国旗・国歌をないがしろにする教育をした結果、そうなったら、やはりこれは問題だと思いますよ」
曽根委員 「その子どもたちが立たなかった問題について、都教委が学校に踏み込んで調査したり、そして結局は、都教委が、教育委員会が入っていって、教員の側に指導の問題があったとなれば結果責任を問う。こういうあなた方の考え方は全く異常です」(野次あり)

———————町田市、国歌斉唱の声量まで強制
 
曽根「大体、そうやって教員の処分を振りかざして、歌いたくない子どもたちまで無理やり歌わせるばかりか、今、それがもっとエスカレートして、町田市では、ほかの歌と同じ声量で歌うように通達まで出ているんですよ、通知が、町田の市教委ですけれども。
 例えば、お聞きしますけれども、町田の市教委の、君が代をほかの歌と同じ声量までちゃんと指導するようにという通達が出ているんですが、これについては適切だといえるんですか」
横山教育長「 確かに、町田市教育委員会が平成十六年十二月に、卒業式、入学式において児童生徒が国歌を他の式歌と同様の声量で歌うことができるよう指導する旨の通知を出したことは承知いたしております。
 このことは、町田市における卒業式、入学式を、学習指導要領に基づき適正に実施することを求めたものでございまして、町田市教育委員会の対応に何ら問題はないと考えております。
 特に、これは市議会のやりとりでしょうが、三月十日の新聞に、町田市教委の山田教育長の談話というか、答弁が載っておりますが、式の実態を見ても、指導が十分にされていないということで通知を出した。この思いは私は十分理解できます」
曽根「 都教委が、町田の市教委の、この声量まで指導の中身に加えてくるという通達を当然のものということになると、国旗・国歌の指導について、どの程度の大きさで歌うということまで指導の中に入ってくるということになりますよ。
 子どもが歌う、歌わないというのは、これは強制はできないというのは、国会答弁に出ていますよね。で、昨年、一昨年、私も文教委員会で確認しました。しかし、歌いたくない子どもにも、ほかの歌と同じ程度の声量で歌うまで指導しろと、教員を指導させるという、そこに目標を持たせるということになれば、まさに口をこじあけさせるということになるんですよ。(「ならないよ」と野次、その他の野次あり)そうじゃないですか。そして、それが指導できなかったら、教員は指導力不足ということになるでしょう。違いますか」
横山教育長 「どうしてそこまで深く物を考えてみなければいけないのか、私にはちょっと理解できませんが、多分、町田市の教育長の心情をおもんぱかれば、歌うなら大きな声で歌いなさいよと、そういうことだろうと思っています」
曽根「 何か普通のことのようにいっていますが、とんでもありませんよ。この短期間の間に物すごいエスカレートしたんですよ。もともとは、国旗・国歌を学校で扱うことは学校の判断でできました。しかし、これが一律にやるようになった、やらせられるようになった。次は、国旗、日の丸を正面に掲げるとか、全員それに向かって座れとか、形が締め上げられた。それから今度は、教員が立って歌わないと処分になると。次は、教員だけじゃない、生徒が立って歌わないと教員の方に指導が行く。そして今度は、個別職務命令で、生徒に国旗・国歌をきちんと指導しないと職務命令違反になって、今度は指導だけじゃなくて、処分が来るというふうに、どんどんどんどんエスカレートしているじゃないですか。この内心の自由を、まさに生徒の内心の自由を踏みにじるという無法がまかり通るようになってしまうんですよ、このままでは。
 大体、知事は、あなたが守るべき憲法を守らないという態度をとっておいて、そのもとで、都教委が一片の通達を、それも私にいわせれば憲法違反の通達を至上のものとして押しつける、これは都政のゆがみのきわみですよ。
 国会の文教委員会で、政府委員は、最終的に子どもたちがその指導をどう受けとめるのかということは、これは教育の結果の問題でございますので、そこまで学習指導要領は義務づけておりませんと明確に答えているんです」
曽根『しかも、知事も、昨年十一月八日のテレビ朝日の「報道ステーション」で、先生は少なくとも指導するの、強制じゃないよ、そういう指導をしてくださいっていう通達をしているわけだからと指導の必要性をいった上で、生徒がそれに従うか従わないかは別だと、生徒が座っているのは勝手ですよと見解を述べています。そうですよね、知事』
 曽根「子どもたちの心の中まで踏み込んでとやかくいうことは、何人も行ってはならないということですよね。知事、これは確認してください」

—————石原「生徒を立たせて歌わせるのは教師の責任」 「本音だよ」


石原知事 「しかし、国歌斉唱のときに座っている生徒を立たして国歌を歌わせるというのは、やっぱり教員としての大事な指導だと私は思います」
曽根「 私が確認したいのは、生徒が座っているのは勝手ですよと。先生が説得しても、最終的に生徒がそこで座って、歌いませんといったときには、それは生徒の最終的な、その生徒自身の内心の自由ですから、これは侵せませんよね。勝手ですよね、これは。つまり、自由ですよ。どうですか。
石原知事「 しかし、教育の過程で、その生徒の、要するに、それは内心による選択であろうと、やっぱりそれを立たしめる、立たせて歌わせるということで、彼は新しく得ているものがあるでしょう。それを指導するのがやっぱり教員の責任じゃないですか」
曽根「やっぱり本音が出たといわざるを得ませんよ。(石原知事「本音だよ」と叫ぶ)だから、本音が出たといっているんですよ。
 つまり、生徒が歌わないというのは勝手ですよ、という時点から、もう既に、生徒が歌うまでとにかく指導しろという形で、先生も生徒も強制しているんですよ、これは。知事や教育長がどういいわけしようと、都が生徒の内心の自由を踏みにじっていることは明白な事実です、これは。憲法も踏みにじるものです。これは直ちに改めるべきですよ」
 曽根「もう一つ、生徒たちが日の丸・君が代の問題について、いわば正しい認識を持つということの問題についてなんですけど、都教委は、日の丸・君が代の意義について指導することの必要性を繰り返し今もいわれましたが、しかし、先ほども述べたように、そもそも日の丸・君が代の法制化に当たっては、国が強制しないことを国民に約束した背景には、この問題で国民の中に根深い不一致があったからにほかなりません。それは、日の丸・君が代が、戦争や戦前の専制的な支配と深く結びついていたことだとか、このことの反省なしに、今、日の丸・君が代の復権が進められていること、さらには、この君が代の歌詞に少なくない国民が疑義を感じていたからにほかならないわけです。
 国旗・国歌を学ぶ場合、大事なことは、この日の丸・君が代が制定された経過や、国会で義務づけをしないという首相答弁があったことなどを事実としてきちんと学ぶ、そして、憲法が定める内心の自由が深くかかわっていることを正しく学習することは、私は重要なことだと思いますが、いかがですか」

——————強制して、国旗 、国歌を尊重する態度を育てる。

横山教育長「 学習指導要領に、私は当然だと思うんですが、国旗・国歌に対して正しい認識を持たせ__これは国旗・国歌法で定められた国歌であり国旗ですからね。だから、これに対して、国旗を尊重する態度を育てる、これが教師が指導すべき内容になっているわけです。
 だから、私は、こういう国旗・国歌を尊重する態度が、やっぱり国際社会の中で生きていく日本国民として、我が国の国旗・国歌、それとともに諸外国の国旗・国歌に対する正しい認識とそれらを尊重する態度を育てることは、極めて重要であると思っています」
曽根「 諸外国の国旗・国歌も我が国の国旗・国歌も正しい認識を持つと。それは、国旗・国歌の制定に関して、やはり一方のいい分だけに沿った歴史観、認識だけではなく、どういう議論があったのか、なぜそのとき政府が強制しないと約束をしたのか、こういうことも含めて、そして、これは最終的には憲法の内心の自由にかかわっているものなんだと教えるのは当然のことだと思うんです」
 曽根「私、この春卒業されるある都立高校の生徒さんからメールをいただきまして、卒業式で強制が行われないようにしてほしいという訴えがありました。で、お話を聞いたんですが、彼は全く自分で、一緒に卒業する仲間二十一人に、今度の卒業式での、国旗・国歌の斉唱__国歌斉唱についてどう思うかということを聞いてみたんだそうです。そうしたら、二十一人中、十五名が回答してくれたと。そして、起立、斉唱するというのが六人、起立のみするが歌わないというのが四人、着席のままで貫くというのが二人、その他状況を見るというのが一人、どちらでもいいというのが二人と。今の卒業生の一つの断面ですよ。
 で、その立って歌うという人の理由の中には、戦時中、愛国心に燃えて戦った方々の志を少しでも受け継げたらと思うとか、そういう生徒もいます。それはそれぞれの考えがあるわけですよ。サッカーの試合でも、自分たちのチームを応援するためにも、一つにまとまるために国歌は大切だと思うという人もいます。
 しかし、それよりもはるかに多くの生徒さんが、歌詞の内容に同意できないと。それから、教育委員会の半強制的なやり方に同意できない。また、国歌を歌わないことが他人に害を与えるとは思えないと。先生に迷惑をかけないために起立はするが、天皇を崇拝するのはおかしい。君が代の歌詞の中身についていっているんだと思うんです。というふうに、それぞれが考えて、こういうそれぞれの考え方を持つわけです。
 私は、間もなく卒業を迎える高校生が、このように一人一人が個としての成長の中で考えを持つというのは当然だし、むしろ喜ばしいことだと思うんです。一人一人が自分の考えを持つことはね。それを否定したら教育じゃありませんよ、これは。
 しかし、その中で絶対に許してならないのは、先生が処分されるから立たざるを得ないとか、こういう生徒の心の中に圧迫や傷を残すことは絶対にあってはならない、教育では。
 このことが現実にいっぱい行われているから、私はいっているんですが、子どもたちに、生徒たちに__このことだけはいってくれと彼からいわれたんですが、その先生たちを、生徒が行った不起立や斉唱しないということを理由に先生を処分しないでほしい、厳重注意とか、そういう指導をしないでほしいというふうにいっていました。どうですか」

—————内心についてとやかく言うつもりはない
(同好会注——内心どうあれ立って国歌を歌えばいいんだと同義文)

横山教育長 「今、子どもたちの、数人の子どもたちの心情といいますか、それをご披露いただきましたけれども、その子どもたちのまさにそれは内心ですよね。内心ですよ。だから、その内心について私どもはとやかくいうつもりは全くございません。
 それで特に、処分といいますが、子どもたちが立たないことによって、そのゆえをもって処分したことはないんですよ、それは。ただ、やっぱり普通の常識からいって異常な事態が起これば、これは何だろうと思うのは当然じゃないでしょうか。したがって、その先生たちが国旗・国歌についてどういう指導をされているのか、その事情を聞く、あるいはそれは校長が指導する、当然のことだと思っています」

—————内心の自由、憲法上の権利の問題

曽根「先生がどういう指導を卒業生の人たちにしたのか、その中に踏み込んで調査すること自体が重大な問題ですよ。しかも、先生が、君たちが立って歌うか歌わないかは内心の自由の問題であり、憲法上の権利の問題なんだというふうに教えることだって、これは憲法を教えているのにもかかわらず、国旗・国歌を正しく指導しなかったといって、憲法を教えること自体が制限される危険があるからこそ、私はいっているんですよ。こんなことは教育の場にあってならないんですよ」

—————「日の丸」「君が代」の強制は憲法違反
 
曽根「大体、卒業式、入学式は、本当に子どもたちの成長を願って、成長を祝って、その前途を祝福すべき式典であり、そのことを台なしにしてしまうような、こういう日の丸・君が代の強制はやめさせるために、また、憲法が保障する内心の自由を守るために、私たちは全力を尽くすことを改めて申し述べておきたいと思います」
と結んで曽根議員は次の質問に移った。
長時間、傍聴ありがとう。教育長はフランス映画「コーラス」に出てくる校長先生の態度とそっくり。石原知事は元芥川賞作家ですからね。恐れ入谷の鬼子母神でした。石原知事は9条だけでなく、憲法99条を読め。、そして、日本国憲法守れ。
この学校の状態はアメリカの海兵隊の訓練所、まるで映画「フルメタルジャケット」状態、登校拒否や自殺者などの犠牲者が出なきゃいいが。このような校長が管理する学校に大切な我が子を委託する。これは海兵隊に入隊させるのと同じだ。軍人になるのなら話は別だが、将来が心配だ。

いかがでしたか、感想を聞かせてください。
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都議会を傍聴したくなった人のために
本会議の傍聴は、一般傍聴券によるものと、議員の紹介によるものとがあります。
 一般傍聴券は、本会議当日、開会予定時刻1時間前の12時から、先着順に1人1枚ずつお配りいたします。都議会議事堂2階の受付まで、お越し下さい。
 お配りする一般傍聴券は186枚です。なお、車椅子の方のためのスペースも6席分ご用意しております。

 委員会の傍聴についても同様に、開会の1時間前から、議事堂2階の受付において、先着順にお1人1枚ずつ傍聴券をお配りいたします。なお、傍聴券の配布数は、使用する委員会室の広さにより異なりますが、常任委員会の場合は原則各20枚です。(開会時間や傍聴券の配布数の詳細については、直接お問い合わせ下さい。)
●本会議の傍聴のお問い合わせは・・・
議会局総務課
電話(03)5320-7111
FAX(03)5388-1776
●委員会の傍聴のお問い合わせは・・・
議会局議事課
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by daisukepro | 2005-05-04 07:43 | 憲法

「日の丸」「君が代」の強制(4)

「日の丸」「君が代」の強制(4)
今年3月11日、都議会特別予算委員会の総括質問に立った曽根はじめ議員(共産党)は日の丸、君が代問題を追及した。読みやすくするために小見出しを入れますが、議事録は全文採録してあります。では傍聴してください。

会議は夜6時47分再開されました。曽根議委員は東京都はいまだに30人学級を実施していないと早期実施を質した後、日の丸、君が代の強制問題について質問しました。

曽根「次に、日の丸・君が代の強制問題についてです。
 ことしも全都の学校で卒業式、入学式の時期を迎えました。本来、卒業式は、子どもたちがそれぞれの教育課程を修了し、上の学校に進学したり、社会に巣立っていく、そのことを心から祝福する場であります。また、入学式は、これから新しい学校生活を迎える子どもたちを祝福し、有意義な学校生活をスタートさせてもらうという、とても大切な場です。
 そして、各学校では、これらの入学式、卒業式は、子どもたちの出発、巣立ちにふさわしいものとなるように、先生方や父母の方々が力を合わせて、創意と工夫を重ねることで、生徒を主役にした入学式、卒業式が営まれてきました。
 ところが、この数年来、都教委の指導のもとに、この卒業式や入学式において、日の丸や君が代の強制が行われるようになり、生徒が主役の座から引きずりおろされるような事態が頻繁に起きています。それは、この日の丸の掲揚や君が代の斉唱が、生徒や学校現場、多くの父母の要望から出発したのではなく、文部科学省や都教委の押しつけから始まっていることに原因しています」

—————在校生と卒業生の対面着席は禁止

曽根「とりわけ、一昨年十月に都教委が出した通達、そして実施指針は、卒業式や入学式で日の丸を正面に掲げ、生徒や教員をその正面向きに全員座らせること、さらには起立、斉唱の仕方まで事細かに指示するもので、それまでは学校の創意工夫で行われてきた行事が都教委の管理下に置かれることになったのです。
 そして、校長が個別職務命令を出して、指針どおりの式典が行われなければ教員を処分するという事態まで至りました。そのため、卒業生と在校生が対面する方式は、国旗に正面を向くことにならないため、禁止されたり、生徒が作成した卒業制作についても、国旗が掲げられないという理由で正面に飾ることを禁止するなどが各地で起きました。」

————————フロア形式の証書授与は禁止
 
曽根「養護学校では、フロア形式の卒業証書の授与が儀式的行事にふさわしくないということで、壇上方式に切りかえさせられました。そのため、スロープがわざわざつくられ、障害を持った生徒が壇上に行くために、長いスロープを登らされる、補装具をつければ自力で歩ける訓練をしていた子どもも車いすに乗せられるということまで、いや応なしに行われました」

—————————保護者の起立状況まで監視

 曽根「しかも、都教委は、卒業式が実施指針どおりにやられているかどうかを調べるために、当日の日の丸の位置や君が代の斉唱状況を監視したり、保護者の起立状況まで調べていたんです。
 このような異常きわまりないやり方に対して、父母や学校関係者、生徒、事態を憂えた都民から一斉に批判の声が上げられるのは当然のなりゆきでした。
 マスコミの世論調査では、昨年七月、東京新聞が君が代斉唱時の起立を教職者に義務づけた都教委の通達の是非について調査したところ、行き過ぎだ、義務づけるべきでないと否定的に答えた人が七割に達しました。
 また、ある新聞は、学校や生徒には自主性を求めながら、国旗・国歌を押しつける。文科省が進めている方針は自己矛盾に満ちている。締めつけを強めるようなことは中止すべきだと指摘しました」
 曽根「私は知事に伺いますが、保護者や生徒から次のような声が相次いでいます。祝福を受けるべき門出の日に、恩師を処分してまで国旗や国歌への統一された態度を指導してくる国に、私たちの子どもたちは親しみや愛情を持てるのでしょうか。ただ服従を強いるような人権感覚のない教育を認めることはできません。生徒を主人公とする卒業式や入学式を工夫を凝らしてつくってきた学校が、処分をちらつかせた強制のもとにつぶされていく現状を憂えずにはいられません。卒業式はだれのためにあるのか。強制はやめてほしい。知事、こういう保護者や生徒の声をどう受けとめますか」
石原知事、答えず。
横山教育長 「今、いろんな声の紹介がございましたが、私どもの方には、例えば盲・ろう・養護学校の卒業式については、ああいう厳粛な卒業式をやっていただいて、本当に感激したという、そういう多くの声も寄せられております。特に、卒業式あるいは入学式における国旗・国歌を掲揚した厳粛な式というものを初めて見た、高等学校において、こんな声もかなり寄せられております。余りにも一方的な声ばかり紹介されると、やっぱり私どもとしては心外でございます」
   〔野次あり〕
曽根 「教育長、とんでもない認識ですよ。通達でがんじがらめに縛っていることに対して、みんな怒っているんです。あなたがいうように、本当にそれが感動的なものになるんだったら、自主的に学校の判断に任せればいいことじゃないですか。それを一律に全部上から決めていくから、大問題になっているんですよ」

———————国旗、国歌の強制は世界中で異常
 
曽根「大体、知事は、昨年十一月八日の「報道ステーション」で、国旗・国歌の扱いについて、どこの国だって自由に任せてやっていませんよとおっしゃいましたが、これは認識違いなんです。イギリスでは、国旗の掲揚も国歌の斉唱も行われていませんし、アメリカでは、国旗への敬礼を子どもに強制することは、信教の自由を保障した合衆国憲法に違反するという最高裁の判決が出されています。このほかにも、日本と同じ第二次大戦で敗戦国であるドイツでは、国歌は入学式や卒業式のような機会にも通常演奏されていませんし、カナダでは学校の判断に任されています。
 ここから見ても、東京都が進めている日の丸・君が代の強制というのは、世界の中でも異常なんです。だから、多くの都民が事態を憂えて、批判の声を上げているわけじゃありませんか。日本の中でも、東京都のように、大量の処分までやって押しつけようとする自治体はまだありませんよ」
 曽根「知事、チューリヒの日本人学校の卒業生の保護者の方から、こういう手紙が来ています。海外で生活していて、スイスに限らず、私たちが実際に経験した限りにおいて、その国の国旗や国歌を強制されるということは一度もありませんでした。都立学校でこのような強制が行われているということは、グローバルに活躍する人材を育てる二十一世紀の教育にふさわしくありませんと」

—————————10・23通達を撤回せよ
 
曽根「入学式や卒業式での国旗掲揚及び国歌斉唱の実施を求めた通達及び実施指針は撤回すべきじゃないかと思いますが、知事、どうですか、見解を述べてください。」
   〔横山教育長発言を求む〕
曽根「 知事、ぜひ。逃げるんですか。」

———ーーーーー強制ではない、教育の正常化に向けた取り組み??

横山教育長「 何といいますか、入学式、卒業式で、東京都が独断で勝手な解釈をし、やっているようなことをいっていますが、学習指導要領というのに基づいて公教育は行われているわけで、その学習指導要領の中で、卒業式、入学式については、こう明確に書いてあるわけです。その卒業式において、その意義を踏まえ、国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう指導するものとする、こう明記されているわけです。ましてや、この学習指導要領というのは、判例的にも法規性を有する。ということは、私どもは、公立の学校において、この学習指導要領に基づいて教育がなされることを指導する責務を負っているんです、私どもは。
 現実に、これまでの歴史の中で、そういう方針を示さなかったがゆえに、いろいろの学校で混乱が起こった。その混乱を正常化するために通達を出したわけで、決してこれは強制でも何でもなくて、少なくとも学校教育の正常化へ向けた取り組みの一環にすぎないわけでございます」
曽根委員「 教育長は強制は行われていないといいますが、実際には強制されているんですよ。国旗・国歌の尊重の仕方というのは、一人一人のやり方があります。事細かな規定でがんじがらめにするということは、民主主義国家にあってはならないことです」

次回、口をこじ開け歌わせているのは誰か。核心に迫る質疑は続く
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by daisukepro | 2005-05-03 09:37 | 憲法

「日の丸」「君が代」の強制(3)


最初に悪名高い10・23通達を斜め読みしておこう。
メジャー新聞がこの通達に紙面を割くことはないのでーーーーー
—————————————————————————
入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)
15教指企第569号   平成15年10月23日
 
 都立高等学校長殿
 都立盲・ろう・養護学校長殿
              東京都教育委員会教育長
                 横 山 洋 吉
東京都教育委員会は、児童・生徒に国旗及び国歌に対して一層正しい認識をもたせ、それらを尊重する態度を育てるために、学習指導要領に基づき入学式及び卒業式を適正に実施するよう各学校を指導してきた。
 これにより、平成12年度卒業式から、すべての都立高等学校及び都立盲・ろう・養護学校で国旗掲揚及び国歌斉唱が実施されているが、その実施態様には様々な課題がある。このため、各学校は、国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について、より一層の改善・充実を図る必要がある。
 ついては、下記により、各学校が入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱を適正に実施するよう通達する。
 なお、「入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導について」(平成11年10月19日付11教指高第203号、平成11年10月19日付11教指心第63号)並びに「入学式及び卒業式などにおける国旗掲揚及び国歌斉唱の指導の徹底について」(平成10年11月20日付10教指高第161号)は、平成15年10月22日限り廃止する。
 

 
 1 学習指導要領に基づき、入学式、卒業式等を適正に実施すること。
 2 入学式、卒業式等の実施に当たっては、別紙「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針」のとおり行うものとすること。
 3 国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり、教職員が本通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われることを、教職員に周知すること。
 ————————————————————————ーーーーーーーーーーーーーー
 さて、具体的にはどうなるか。別紙は詳細に規定している。指針通りに実施しない入学式、卒業式は適正でないことになり、指導および処罰の対象になる。
——————————————————————————ーーーーーーーーーーーー
別紙
入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針
 
1 国旗の掲揚について
  入学式、卒業式等における国旗の取扱いは、次のとおりとする。
 (1) 国旗は、式典会場の舞台壇上正面に掲揚する。
 (2) 国旗とともに都旗を併せて掲揚する。この場合、国旗にあっては舞台壇上正面に向かって左、都旗にあっては右に掲揚する。
 (3) 屋外における国旗の掲揚については、掲揚塔、校門、玄関等、国旗の掲揚状況が児童・生徒、保護者その他来校者が十分認知できる場所に掲揚する。
 (4) 国旗を掲揚する時間は、式典当日の児童・生徒の始業時刻から終業時刻とする。
 
2 国歌の斉唱について
  入学式、卒業式等における国歌の取扱いは、次のとおりとする。
 (1) 式次第には、「国歌斉唱」と記載する。
 (2)国歌斉唱に当たっては、式典の司会者が、「国歌斉唱」と発声し、起立を促す。
 (3) 式典会場において、教職員は、会場の指定された席で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する。
 (4) 国歌斉唱は、ピアノ伴奏等により行う。
 
3 会場設営等について
  入学式、卒業式等における会場設営等は、次のとおりとする。

 (1) 卒業式を体育館で実施する場合には、舞台壇上に演台を置き、卒業証書を授与する。
 (2) 卒業式をその他の会場で行う場合には、会場の正面に演台を置き、卒業証書を授与する。                    
 (3) 入学式、卒業式等における式典会場は、児童・生徒が正面を向いて着席するように設営する。
 (4) 入学式、卒業式等における教職員の服装は、厳粛かつ清新な雰囲気の中で行われる式典にふさわしいものとする。
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国歌斉唱に当たっては式典の司会者が「国歌斉唱」と発声してから、起立を促すとなっている。最近入学式に参列した同好会員の話では先に起立と発声してから「国歌斉唱」と促されるそうだ。起立を拒否するより、一度起立してから座り直す方が心理的な戸惑いを誘うからだ。

次回、都議会の議論を紹介しながら、この「日の丸」「君が代」強制問題の本質を考えることにしよう。

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by daisukepro | 2005-05-02 10:16 | 憲法

「日の丸」「君が代」の強制(2)



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都議会選挙が2ヶ月後に迫っている。
告示6月24日、投票日7月3日、即日開票。選挙区数 42選挙区 議員総定数 127人(各選挙区定数 1~8人)
選挙戦は既に終盤を迎えている。近隣に住む区議さんの熱心な誘いもあって、久しぶりに共産党の演説会に足を運んだ。高齢者が目立つが満席、小学校の体育館は熱気にあふれている。志位委員長は演説の後半で都政問題についてかたり、日の丸君が代の押しつけ問題に言及した。「生徒にも教師にも歌うことを強制する。命令に従わない教師の処分をおこなう。無理やり歌わせるのは憲法で保障された内心の自由に対する乱暴な侵害です。こんな反教育的なことはない」
君が代と歌われるご本人の平成天皇でさえ、遊園会の席で「強制はよくない。いけません」と対話しているのだから、都教育委員会はずいぶん乱暴なことをするものだ。石原都知事の差し金かといえば、どうもそれだけではない。これをあおり立ててきたのは都議会オール与党だと志位さんは説明する。
『2003年7月、民主党都議が、参加者全員に君が代を斉唱させるために「式典運営指針などを制定すべき」と要求する。これを受けて都教委は、10月、実施指針を通達する。(これが通称10.23通達という)指針は卒業式での日の丸の掲げ方や子供や、教員の座り方、起立の仕方、君が代斉唱の仕方まで指示し、教員に君が代を歌うよう職務命令を出すとさだめた。11月、今度は公明党都議が「指針に従わない教員がいる場合、厳正に処分すべき」と要求し、都は職務命令違反として厳正に対処する』と処分を約束する。翌2004年6月、自民党都議が、本会議で「教員が自ら歌うことだけでなく、生徒が君が代を歌うよう指導することを職務命令に盛り込め」と要求。都はこの要求も受け入れ、各学校長がだす職務命令に加えるよう指導する。』
そして、志位さんは「強制やめよと反対している野党、共産党をのばして、子供たちの心を傷つける押しつけをやめさせようではありませんか」と結んだ。

次回は今年3月11日の都議会予算特別委員会のやり取り、10・23実施指針などを検索、たらの芽をつむように人権侵害の実態が発見できる。民主党、公明党、自民党の議員たちは自分たちが何をしているのか分かっているのだろうか。こんな学校、行きたくない。行かせたくない。こんな学校、いやだあーーー−!(写真は都内の小学校ではありません、投稿内容とは無関係です)
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by daisukepro | 2005-04-28 10:25 | 憲法

「日の丸」「君が代」の強制(1)

「日の丸」、「君が代」の強制

卒業式や入学式の君が代斉唱時に着席して処分された北九州市の教職員18人が憲法違反として処分の取り消しを求めた訴訟で4月26日、福岡地裁は君が代斉唱強制を不当とする判決をくだした。同判決は「君が代斉唱は合憲」とする判断を下したが、一方「学習指導要綱は教員が国歌斉唱を指導する義務までは課していない。市教育委員会は教育基本法の不当な支配に当たる」として減給処分の取り消しを命じた。
他方、東京では君が代斉唱で教職員の大量処分が続いている。

「3月31日都教委は、今春の卒業式で「君が代」斉唱時に起立を求める職務命令に従わなかったとして、公立学校の教職員52人を戒告・減給処分にしたと発表しました。(4月6日さらに1名の処分を発表し、計53名となった。)
10.23通達以降2度目の卒業式シーズン。約200人が処分された昨年に続き、大量処分が続きました。
都教委によると、38人が戒告、2度目の処分となる10人が減給10分の1.1カ月、一番心配していた処分3回目の教職員への処分内容は減給6ヶ月でした。養護学校教員2名、中学校教員1名、小学校教員1名が該当しました。今回は停職に至りませんでしたが、すぐに入学式があります。彼らが入学式も不起立であれば停職処分がでると思われます。定年退職する1人は、嘱託による再雇用選考合格も取り消されました。
学校別では、都立高校が44人、都立養護学校が4人、公立小中学校が4人でした。」

なぜ、首都圏をはじめ全国的にこのような醜悪な事態が起こるのか。「日の丸」「君が代」について追跡してみたい。
なぜなら、このままいくと日本の未来を担う青少年は「入学式で思想と良心の自由を奪われ、再度、卒業式で良心を剥奪され、お国のためアメリカの戦場に送り出される」ことになるからだ。

まず、知っての通り、憲法19条は「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」と規定している。
1985年、当時の文部省が国旗、国歌の徹底を通知したのを受け、北九州市教育委員会は「全員参加で起立して歌う」よう各校に指導、職員は職務命令を受けたが拒否して着席して斉唱せず、処分されたことが始まりである。
さらに、1999年8月13日、国旗国歌法が成立施行された。———————————————————————
(国旗)
第一条
1 国旗は、日章旗とする。
2 日章旗の制式は、別記第一のとおりとする。c0013092_10521782.gif
(国歌)
第二条
1 国歌は、君が代とする。
2 君が代の歌詞及び楽曲は、別記第二のとおりとする。c0013092_10282482.gif

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法律は簡単な文面、しかし、教育現場では恐ろしい事態がエスカレートしていく。内心はどうあれ、教職者は君が代を起立斉唱して、国家主義に同意する態度を示さない限り、自分の良心に従う行動をとれば職場を追放されることになるからだ。モハメド・アリが良心的に徴兵拒否してチャンピオンの地位を剥奪、懲役を課せられたことを思い出さずにはいられない。
福岡地裁の憲法判断は納得がいかない。結局、最高裁で争われることになるだろう。

次回、東京都の事態についてーーーーーーーー、
国旗国歌を教育現場で強制するためにはかなり手の込んだ段取りが要求される。
10、23通達とは何か、都議会と行政の悪巧みをドキュメントする。
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by daisukepro | 2005-04-27 07:55 | 憲法

映画「日本国憲法」

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地下鉄銀座線京橋駅から地上に出ると、鍛冶橋通りに面して片倉工業ビルがある。そこの一階と地下にある映画美学校の試写室で映画「日本国憲法」の完成試写会が開かれた。ジャン・ユンカーマン監督(写真)は「歴史をかくして改憲はない。日本国憲法問題は国内だけの問題ではなく世界の問題だ。視点を広げて考えて欲しい」と挨拶した。映画は中国、韓国、アメリカ、シリア、レバノンなどの諸国からみた日本国憲法について、12名の知識人が語る。センスよくまとめているので、嫌みがない。改憲され、九条がなくなれば近隣のアジア諸国で軍拡が始まり、政治的緊張が高まるなど日本国内だけにとどまらず世界の平和と安全にとって重大な問題をはらんでいることが浮きぼりになる。それぞれの発言には重みがある。例えば、ハン・ホング聖公会大学人権平和センター所長は「韓国と日本の若い世代が、平和的な感性を一緒に育てて行くことが大事だと思います」と語りかける。心にしみる言葉だ。
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発言者
John W.Dower(マサチューセッツ工科大学教授 歴史家),
C.Douglas Lummis(政治学者)
Beate Sirota Gordon(元GHQ民政局、日本国憲法草案チ−ムの一員)
Chalmers Johnson(政治学者)
Michel Kilo(作家)
Josef Samaha(新聞編集長)
Ban Zhongyi(映画監督)
Han Hong Koo(人権平和センター所長)
Shin Heisoo(キョンヒ大学客員教授)
Kang Man-Gil(歴史研究家)
Noam Chomsky(マサチューセッツ工科大学教授)
日高六郎(社会学者)

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ジャン・ユンカーマン(映画監督) 1952年、米国ミルウォーキー生まれ。

画家の丸木位里・俊夫妻を取材した『劫火-ヒロシマからの旅-』(1988)は米国アカデミー賞記録映画部門ノミネート。9.11のテロ後にノーム・チョムスキーにインタヴューした『チョムスキー9.11』(2002)は世界十数カ国語に翻訳・上映され、現在も各国で劇場公開が続いている。他に、与那国のカジキ捕りの老漁師を描いた『老人と海』(1990)、エミー賞受賞作「夢窓〜庭との語らい」(1992)など。現在も日米両国を拠点に活動を続ける。
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上映会告知
日 付:2005年4月23日(土)
場 所:なかのZERO 小ホール
(JR・東京メトロ東西線中野駅南口より徒歩8分)
 
全席自由 1,000円
(チケット半券提示でシンポジウム入場可)
  _当日、満員の場合はシンポジウムのご入場を
   お断りさせていただく場合がございます。
 
14:00〜 開場
15:00〜 上映 1回目
17:00〜 シンポジウム
        【ゲスト】
         森達也
         (映画監督/ドキュメンタリー作家)
         石坂啓(漫画家)
         ジャン・ユンカーマン(映画監督)
18:30〜 上映 2回目
 
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by daisukepro | 2005-04-14 10:07 | 憲法

自主憲法と新憲法


4月6日付け読売は自民党の新綱領に新憲法制定が明記されたことを礼賛した社説を載せている。1995年の綱領見直しで、55年保守合同のときに定めた自主憲法制定が外されたことを嘆き、今回の見直しで保守政党としての原点に立ち返り、新たな国家像と日本人像を構築しようとする意欲が伝わってくると讃えている。
新綱領は結党50年を迎える11月の党大会で採択される見込み。
憲法の部分改正ではなく、新憲法を制定しようというのである。主権在君の明治憲法が戦後主権在民の新憲法になり、社会は大きく変革した。部分改訂でなく、理念まで変えて新憲法制定ということになれば社会は変わる。九条2項で自衛隊が軍隊と追認され、国際貢献という名目で派兵し、戦闘行為ができるとすれば戦争をしない国から戦争をする国に180度変わる。戦争ができる社会に変わる。だとすると、国を愛し、喜んで国のために命を捧げ、兵隊になって、戦争で死んでいいという人物が望ましい。そういう人を育てるために教育基本法を変える。
誰にとって望ましいかといえば、権力者が描くこれ以上の望ましい人物像はない。表現の自由も基本的人権も民主主義も国家が許可する範囲で自由だ。労働組合だってタフトハートレー法に類似した法律ができるだろう。なにしろ戦争中なのだから仕方がない。
韓国や中国、アジアの近隣諸国の悪夢がよみがえり、抗議するのは当然だ。生命が破壊される恐れがあるからだ。歴史は終わっていない。大東亜戦争、八紘一宇の余震が続いているのだ。従軍慰安婦や強制連行が教科書から消されても史実は消えない。
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by daisukepro | 2005-04-06 20:12 | 憲法

緊急告知4・5 「マスコミ九条の会」設立のつどい

「マスコミは憲法九条をどう報じているのか」
マスコミ九条の会設立のつどい

 日本を「戦争をしない国」と定めた憲法がいま変えられようとしています。この流れにマスコミにかかわる人たちはどう対処しなければならないのでしょうか。
 平和憲法を守り生かす取組みに参加するとともに、マス・メディアの政治からの独立を回復することはマスコミにかかわる者の固有の任務と考えます。
 この視点から「マスコミ九条の会」を設立しました。
 多くの方の参加をお願いいたします。

4月5日(火)18:30
文京シビックホール(小ホール)
       文京シビックセンター内 東京都文京区春日1丁目16番21号  TEL:03(5803)1100
               (最寄り駅:地下鉄丸の内線・南北線 後楽園、都営三田線・大江戸線 春日)

お話:石坂 啓さん(漫画家)、大岡 信さん(日本現代詩人会)
    ジェームス三木さん(脚本家)、俵 義文さん(子どもと教科書全国ネット21)
講演:「憲法九条とマス・メディア」
桂 敬一氏(立正大学教授)

○参加費:500円(当日会場で申し受けます)
○主 催:マスコミ九条の会
○連絡先:東京都千代田区猿楽町1-4-8 松村ビル401
        日本ジャーナリスト会議 気付
        マスコミ九条の会
          FAX:03-3291-6478
          ℡:090-3499-5448(仲築間)
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by daisukepro | 2005-03-28 00:07 | 憲法

「国民保護」指針

イラン戦、盛り上がったが残念、奇跡は二度おこらなかった。イランは思ったより弱く見えた。
3時から放送された北朝鮮バーレーン戦は見応えがあった。バーレーンは全員でゲームを創造していた。得意技を生かすために全員が協力している。守備はゴールを守るためだけでなく、カウンターを仕掛けるために守る。監督も頭良さそう、日本戦がたのしみだ。
       ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
サッカー観戦に夢中になっている間に3月25日、政府は国民保護指針を閣議決定した。
武力攻撃から国民を保護するための避難救援を名目に、国民を戦争に強制動員するものである。では武力攻撃とはなにか。その前に武力攻撃をしてくる敵はだれか。北朝鮮のことだろうか。中国か、ロシアか、イランか、どこなのかはっきりしない。敵を仮想するとして小泉首相は「備えあればうれいなし」と繰り返す。それをテレビが、また繰り返す。仮想敵が攻撃してくる手段は空爆、特殊部隊の攻撃 、陸軍部隊の上陸侵攻、弾道ミサイル攻撃、核、生物、化学兵器による攻撃などに類型化し対応処置を定めている。すべて米軍がやってきたことだからアメリカが敵ならば間違いない。仮想なんだからそういうこともあって不思議は無い。アメリカ軍がイラクや日本を攻撃したように また東京を空爆したとして、国民はどうすればよいか。どう備えるのか。おなじみの読売社説によれば、基本指針は手順、留意事項を示しているそうだ。
例えば、弾道ミサイル攻撃の場合、コンクリートの建物や地下街、
地下駅舎などの屋内に避難する。核弾頭がついていたらどうする。北朝鮮の弾道ミサイル対策は差し迫った課題だから、心配はいらない、ちゃんと指針は留意事項を示しているという。
核、生物、化学兵器の場合、避難する際風下をさけ、皮膚の露出を抑え、手袋、帽子、雨合羽、マスクなどを着用する。
核って原水爆のことじゃないのか。手袋、帽子にマスクだとーーー指針を策定した役人の頭の皮をむいて中をのぞいてみたいものだ。
国民も自らを守るため平素から避難方法などを想定しておくことが望ましいので、2005年中に実地訓練を実施する。訓練を重ねる過程で問題点をチェックしてみ直して行くべきだ。
そして、指針は国民が協力すべきこととして消防団や自主防災組織の充実、活性化、ボランティアへの支援などを上げている。
さらに読売は「国家の危機に、国民として何をすべきか、実地訓練への参加を呼びかけることも検討すべき」と主張している。
狂気の沙汰である。戦争は悲惨の極み。ヒロシマ、ナガサキ、東京大空襲を忘れたのか。
c0013092_16364756.jpg焼夷弾を消すためにバケツでリレーして水をかける訓練をしたひとも、防空壕は安全といわれ逃げ込んだ人々も炎が3000度もあることを知らされず、みな焼き殺されたではないか。核爆弾や毒ガスが雨合羽やマスクで防げるか、自主防災組織の充実で防げるか、まず提案した者が実験してみたらどうか。イラクの惨状をみれば、国民がどんな目に遭うか明らかではないか。
災害は忘れた頃にやってくる。自然災害に対する対策は必要だが、戦争は人災だ。あらかじめ防ぐことができる。そのために、政府は何をすべきか議論をつくしたか。その指針を示すことが先ではないか。
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by daisukepro | 2005-03-26 00:52 | 憲法

NHK問題「独立と中立」

門奈 直樹立教大学教授の提案を紹介します
自民党の安倍晋三議委員は「放送の公平中立」としばしば発言しますが、「独立」とは決して言いません。イギリスのマスメディアのあり方と比較して考えてみましょう。

「イギリスではBBCも他の民放も、詳細な「放送ガイドライン」を作り 市民に公表しています。番組を商品と考えれば、商品には効能書や説明書があ るように、「放送ガイドライン」はBBCの番組制作の姿勢を視聴者に示し、 その上で番組を見てもらう説明書の意味合いがあります。さらにBBCも他の 民放も政府の介入があれば、「ガイドライン」を武器にして闘います。
 アフガンやイラクで戦争が起こると、そのつどBBCは戦争報道ガイドライ ンを作り、公開しました。企業の社会的責任として、視聴者に番組制作方針を 公開したうえで、視聴してもらいます。
 NHKにも「ガイドライン」はありますが、倫理規定の性格で内容も非公開です。  日本の放送法では「公正・中立」といいますが、イギリスの原則は、中立 (ニュートラル)ではなく、公平(インパーシャリティ)、公正(フェアネス) です。「インパーシャリティ」は偏らず多様な視点を提示することです。
 イギリスでは1930年代から新聞界でも「中立」とは言わず、「インディ ペンデント」(独立)が原則とされてきました。「中立」は左右の真ん中とい う意味で、左右の極がどちらかに触れれば、真ん中も移動します。イギリスで は放送番組はバランス感覚をもって制作されなければならないとされています。
 その場合、一つの番組の中でバランスをとるのではなく、編成全体の中で多 様な意見を提示していくのが、「公平」であり「公正」です。
 イラク戦争報道では、BBCもエンベッド方式の従軍記者を送り込みました。 しかし、それ以上の数の非従軍記者を派遣しました。
 日本のマスコミでは従軍記者は社員で、戦場などの現場取材はフリーに任せ ました。BBCでもフリーの記者を使いますが、正社員と同じ条件で扱われな ければならないと決められています。あまりにも日本はフリー記者を劣悪な条 件で使いすぎます。
 イギリスのブレア政権のイラク戦争情報操作疑惑を報じて、問題となった 「ギリガン事件」に抗議して辞任したダイクBBC会長は、もともとブレア首 相の盟友でした。
 BBC会長になってからの彼はブレア政権からの戦争肯定のイラク報道要求 をつき返しています。
 この「ギリガン事件」を好機として捉え、BBCを攻撃しているのが『サン』 や『タイムズ』など、ルパート・マードック傘下のメディアです。マードック はBBCの民営化を狙っています。BBCの国際的な放送網がほしいのです。
 「NHK民営化論」は市場の論理から出ています。イギリスでは商業放送で も、企業が個々の番組を丸ごと提供することはできません。スポットCMしか 認められていません。そうした事実も考慮されなければなりません。
 今回の問題を機にNHK民営化論が強まるのは危険です。またNHKは社会 的責任として情報公開すべきです。そして市民的立場でのフォーラムを立ちあ げ、NHKのあり方を根本から討議する必要があります」(立教大学教授)
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by daisukepro | 2005-03-09 08:16 | 憲法