映演労連ニュースによると風雲ラピュタ城主と労組委員長解雇撤回闘争で和解が成立したそうです。詳しい報告が出たらお知らせします。(発見の会)以下9月15日付け11号ニュースの転載です。
ラピュタ須賀委員長解雇争議、和解なる! ──10月13日にラピュタ闘争中間報告集会── ラピュタ支部・須賀委員長の不当解雇事件は、東京地裁の仮処分裁判を舞台に和解交渉が続いていましたが9月7日、解雇を撤回したうえで合意退職し、解決金を支払う、という内容で和解が成立しました。職場復帰はなりませんでしたが、常軌を逸した経営者相手の闘いとしては大きな成果です。皆様の篤いご支援、本当にありがとうございました。 でもラピュタ闘争は終わりません。鈴木周三さん(ラピュタ支部組合員)の一方的賃金ダウンと残業代未払い問題、不当労働行為の制裁を求める闘いはこれからも続きます。働くものの権利と正義を貫くために、ラピュタ闘争にさらなるご支援をお願いいたします。 なお、ラピュタ闘争支援共闘会議は10月13日(水)18時45分より、東京・文京区民センター3D会議室でラピュタ闘争の中間報告集会を行います。ぜひご参加ください。 続報、風雲ラピュタ城、労組委員長解雇事件
解雇予告で指定された1月16日は仕事のシフトがなかったので、委員長は1月18日朝10時、支援団体と弁護士が付き添って出勤した。 (写真は最近のラピュタ)同月20日、ラピュタ労組と支援団体は阿佐ヶ谷駅前で抗議のためのビラ配布を行って解雇撤回を訴えた。昼休み時間であったため、足を止めて、訴えをきく市民がいた。また事情説明を求める市民の姿もあった。「いまどき、こんなひどい社長がいるなんて信じられない」「山猫軒(ラピュタの中に付属しているフランスレストラン)で友達と食事をする約束をしたけれど行くのをやめようかしら」「社長の顔が見たい」など反響があったという。労組員の話によると18日朝、委員長が劇場に入ろうとすると中から川辺社長が出てきて「ここはウチの敷地だ。あんたは社員じゃないんだから出てけ!」支援者に向かって「あんたらのような薄汚いウジ虫とは話をしない」と入り口の柵を閉め「出て行かないなら営業妨害で警察をよぶぞ」と口汚くののしった。労組員が法によって定められた「離職票」の発行を求めると「出さない」と拒絶、その後、弁護士とだけなら話すというので弁護士が柵の中に入って話し合ったが離職票の発行は認めなかった。 そのため、委員長は失業保険の給付が受けられず、路頭に放り出された状態になった。 解雇を撤回させるまで断固たたかうが、このような無法ものは許せない。是非支援して欲しいと組合員らは訴えた。 抗議先FAXは03−5327−7655 ラピュタ代表取締役川辺龍雄 激励先はラピュタ支部を支える会 電話03−5689−3970 風雲ラピュタ城 労組委員長に解雇通告!
またまた、ラピュタ城で異変が発生した。 ラピュタ労組委員長は映写の仕事をしているが、突然解雇が通告されたのだ。 昨年の暮れ、退社の際、いつものようにタイムカードを打刻しようとすると裏に紙片が貼付けられていた。「勤務態度不良なので年明け1月16日付けで解雇する」と書いてあった。その日が明日1月16日である。 解雇理由は勤務態度不良としてあるが、誰の目にも労使紛争の仕返しであることは明白だ。解雇権の乱用、労働組合敵視の無法行為としか言いようがない。 労働委員会で不当労働行為が審議中であり、まもなく命令が下ることになっているのだからなおさら不法性が明らかだ。 で明日、労働組合と支援団体は解雇無効を求めて就労闘争に立ち上がることになった。負けてたまるか。続報を期待されたし。 風雲ラピュタ城異変 その後
「天空の城ラピュタ」は宮崎アニメの代表作である。その名ラピュタを借用して阿佐ヶ谷で映画館(ラピュタ阿佐ヶ谷)を経営している男がいる。名前は才谷遼、本名川邊龍雄(57歳、大分県)、三里塚闘争を題材にした漫画を書いたこともあるらしい。映画館の他にフランス料理のレストラン(山猫軒)、アニメ出版社(フユージョンプロダクト)、アニメ学校、地下小劇場(ザムザ阿佐ヶ谷)などを経営している。若松孝二監督の映画「飛ぶは天国もぐるは地獄」のスタッフ(製作)に参加、配給がフユージョンプロダクトとなっているが、仕事ぶりは分からない。 自称新左翼、父親がシベリヤ抑留者とかで左翼思想の影響を受けたという。昔は共産党に一票を入れてきたが、いまは支持していないそうだ。ジブリの高畑勳、映画評論家の山田和夫氏にアニメ学校の講師を依頼していることや共産党関係者を知っていることを自慢げに話す。もっとも、山田和夫氏を共産党文化部長などと呼んでいるところから見るとかなりずさんな知合いかもしれない。自称が多いので正体はつかめない。(写真はラピュタ阿佐ヶ谷、風雪を感じる) しかし、この男の行くところなぜか紛争が絶えない。労働審判、東京都労働委員会、東京地裁民事裁判など、まるで裁判のコンビニストアーである。なぜこの人物は人から訴訟を受けるのだろうか。 2007年の12月に次のような新聞記事が掲載された。「長時間労働と社長の叱責で出版社アルバイトの女性従業員が鬱病になり、自殺するという事件があったが、家族からの訴えで労働基準局は一審を逆転、過労死と認定した」この会社は才谷が経営するフユージョンプロダクトなのだ。 しかし、過労死と認定されても、この社長は反省するどころか、「本人と職場同僚がわるい」と遺族には素知らぬ態度を取り続けた。怒り心頭に達した遺族から損害賠償を訴えられ、現在、係争中である。2009年、つまり、明々後日の8月24日午後一時半、東京地裁で第2回目の審問が開かれる予定だ。才谷社長が出廷すればこの奇怪なる人物を生で見ることが出来るかもしれない。遺族支援のための傍聴歓迎。 労働災害が認定されたその年、ラピュタ従業員から才谷社長の女性従業員に対する暴言暴力行為が目に余るので暴力差し止め訴訟が起こされた。翌年2008年1月22日、裁判長から従業員に対して暴力、暴言を禁じる完璧な判決が下った。さすがにその時は謝罪したが、組合員や従業員に対する暴言はやまず、今度はラピュタ労働組合から不当労働行為で東京都労働委員会に提訴された。申立人らの審問が終わり、才谷社長の審問の番がやってきたが、経営困難を口実に出廷を拒んできた。しかし、ついに、7月13日、第2回の審問が開かれる運びとなった。 都庁舎34階にある審問室の傍聴席には10名程、支援者らしい人々が開廷を待っていたが、突然、20代の若い女性が15名ほど入ってきて後部席に陣取った。司法研修生ではなさそうだ。社長の噂がひろがっているのか、か弱い女性に暴力を振るう「女性の敵」だけのことがある。それとも近ごろ若い女性のブログで裁判傍聴記がはやっているが、その軍団かなと思った。 冒頭、弁護士の主尋問により才谷社長の陳述が始まった。 そのほとんどが、政治団体と労働組合の区別がつかず、共産党攻撃に終止する奇怪なものだった。そのはず、組合への組織介入は申立人らの陳述で立証済みであるばかりか、事実関係はご本人も認めているからだ。反対尋問に移る前に裁判長は休憩を宣言した。 傍聴人もほとんど退席したが、若き女性軍団の一人が私の肩を叩いた。 「おじさん、さっきからこの裁判を聞いているのですけど、何を争っているのかさっぱり分からないのですが教えて」と笑顔でいう。 話を聞くと女性たちは某有名私立大学生であり、法律の勉強をしているゼミの生徒で労働委員会の実習にきたのだ。申立人らが事件の争点とあらましの説明を終えた頃、委員会が再開された。申立人側弁護人の反対尋問だ。一問一答は長くなるので省略するが、背後の女子大生たちは事件のあらましを理解したらしく、社長が弁護士に追及されて答えに窮するとくすくす笑いが聞こえてきた。 弁護士は組合員に対するボーナスの支給差別、賃金カットの事実関係にしぼって追及する方針のようだった。社長は組合員だからではなく、アルバイトだから支給しなかったと弁明したが、組合結成以前に支給していたことは認めた。また、組合に対する暴力行為に話が及ぶと、「組合委員長が暴力をふるったことを前提なら認める」と声を荒げる始末で女子大生たちの失笑をかった。多くの陳述は弁護人がたずねてもいない支離滅裂な罵詈雑言、共産党攻撃に終始した。間もなく、こそ泥まがいの犯罪にに等しい時間外賃金不払いの地裁判決も下る。見学した女子大生は間違いなくラピュタやフユージョンを就職先に選ぶことはないだろう。 工場の門前から憲法は消え、職場で闘わない限り憲法がよみがえることはない。 「損害賠償請求裁判東京地裁526号法廷、8月24日13時半」はお忘れなく。次回都労委は9月10日14時が予定されています。 イラン映画「少女の髪どめ」の靴とブルカ 近ごろ、映画館へ出かけることがめっきり減った。都心までの交通費は馬鹿にならない。映画の上映時間が2時間強、往復の時間を加算すると3時間はかかる。気づいてみれば映画をテレビで鑑賞する機会が増えることになった。 北京オリンピックを契機にテレビを買い替えた。サッカーの試合やスポーツ中継を大きな画面で観戦することが目的だった。しかし、いまではテレビは映画鑑賞に利用している。劇場と比べようもないが、ブラウン管テレビ時代より受像機の機能は改良された。特にハイビジョンは優れている。映画鑑賞するのに問題はない。 ケーブルテレビ局から月末、翌月の番組表が送られてくる。事前にこの番組表をみて映画の放送時間をチェックしておく習慣ができた。見損じた映画を発見することが多くなった。 映画の後半を過ぎた頃、昔見たことに気がつくこともしばしばある。けれども、結末を思い出すことができない。そのため、いついかなる映画も新鮮に鑑賞することができる。年のせいだろう。 BSでは一般的評価の定まった旧作が放送になるが、CSは編成担当者がマニアックなのか、買い付けの予算が不足なのか「何でも鑑定団」的掘り出し物が多い。有料のチャンネルは除くとして、「ムービープラス」、「ララテレビ」などはよく利用する。 我が家には韓国ドラマバフが一人いるので、その時間帯は避けなければならないが、さすがに深夜2時から朝の4時までとなるとチャンネルは独占できる。また、放送は1回限りということがなくおおむね3回は再放送するから録画しないで済む。 批評を書くためには録画が必要だが、録画を頻繁にしすぎたために1年足らずでハードデスクがパンクした。修復の費用は2万円かかるという。新しく買い直す資金が捻出できない状態が続いている。 年金生活の悲しさ、レコーダーはまだない。 ![]() 朝食後、なにげなくCSの番組表を眺めていると「少女の髪どめ」というタイトルが目に止まった。 放送時間が若干過ぎている。TVをつけると中東あたりの建築現場が映った。しばらく見ているとロケ場所がテヘラン郊外であり、イラン映画であることが分かってきた。しかも、建築現場はアフガン人難民労働者が無許可で働かされている。季節は厳冬、建築労働者に暖かいお茶を配る仕事をしている青年が主人公らしい。 いま、テヘランは大統領選挙をめぐり混乱が続いている。衝撃映像がYOUTUBEで世界中に発信された。横たわって動かない少女の体から血が流れる。抗議デモに参加した少女は民兵に狙撃されたのだ。隣国のイラクでは駐留している米軍が都市部から撤退を開始、バクダッド市民は歓喜の声を上げた。アフガン北部ではアメリカ軍が再びタリバン掃討作戦を展開している。中東地帯の受難は続く。映画はイランの労働現場を映し出している。ヒロインの少女はアフガン難民の娘だ。私はいつの間にか物語の中に引き込まれた。 映画は3つの小道具を扱っている。ひとつはアフガニスタンの少女が落とした髪どめ、もうひとつは水たまりに足を取られて脱げた少女の靴、足跡、そして最後に少女はベールで顔をつつみ、アフガンに帰って行く。ベールはブルカと呼ばれている。台詞がなく、表情と行為だけで心の奥の闇や複雑な立場を表現できるのは映画や演劇の醍醐味である。この監督は詩人だなと思った。 検索してみるとイラン映画の巨匠マジッド マシディ監督だった。2001年度製作、2003年日本ヘラルド映画が輸入配給した。2001年といえばあの9、11の同時多発テロが発生した年であり、10月にはアメリカ軍のアフガン空爆、11月には侵攻が始まった年である。おそらく911以前に映画は製作されたものだろう。 実はマジッド マジディ監督には袖ふれあうていどの縁があった。「運動靴と赤い金魚」(1997年)という作品がある。 ある日、友人のシナリオ作家から手紙が届いた。「いや、おどろいた、世界には同じようなことを考える人がいるもんだ」とかかれてあり、 「運動靴と赤い金魚」で少年が透明なポリ袋に買った金魚をいれて家に走って帰てくるシーンが出てくるが、自作のテレビ番組のシナリオにそっくりだというのだ。20年も前の話だがその番組の題名は「殺人金魚」という。少年は祭りで買った金魚をぶら下げて家に走って帰る。家に戻った少年は親の目から金魚を隠すために水洗便器の中に入れておくが、親に見つかり金魚は下水管に流されてしまう。やがて、その金魚は下水道で巨大な殺人金魚に成長して、人を食い殺すという現代寓話だ。その導入部で使われたのが赤い金魚である。友人のシナリオ作家が詩人であることは言うまでもない。 イラン映画「少女の髪どめ」の原題は「バラン」、「雨」の意味です 。原題から推測すると監督が印象的に使った小物は「靴とブルカ」ではないだろうか。それは別離のシーンに使われている。「靴とブルカ」は心の奥にいつまでも残り、少年は生涯忘れないだろう。また逢う日はこないけれども、少年の「草原の輝き」となるだろう。 7月28日の「ララテレビ」で深夜1時30分から再放送されます。ケーブルテレビやスカパーなどに加入していることが条件というのが残念ですが、オススメ映画です。 ![]() 8月下旬渋谷UPLINKでロードショーされます。 「発見の同好会」のオススメです。今年の夏はこれだね。監督も30代です。 この本は主人公の飯田さんの著作です。映画を見る前か、後で必ず読むと映画が倍楽しめる。話し言葉なので活字嫌いのあなたでも読みやすいよ。(岩波現代文庫)制作の背景 内容 | 01:03 飯田さんを撮りはじめたきっかけは、 正直あまりにもアホな(?)モノです。 企画を担当したスタッフ(撮影:若尾です!)が、 都内の心霊スポットを紹介した雑誌を見ている際に“スガモプリズン”の存在に 興味を持ったのが、そもそものはじまり。 スガモについて書かれた飯田さんの著作に感銘を受け、 東条元首相らスガモで処刑された戦犯たちや、 後に政財界のトップに君臨し、歴史に名を残した人々 とは異なる、一人の元BC級戦犯に、我々は出会いました。 飯田さんの半生は、およそ半世紀後に生まれた我々には想像をつかぬ程、 波瀾万丈で重厚な“物語”に満ちていました。 そして、いわゆる“イデオロギー”に絡めとられない意志の力、 タフでチャーミングな人間性を前に、 アウトプットの形も見えぬまま撮影は始まりました (主なスタッフは皆、フリーランスとして映像制作に関わっていますが、 ジャーナリストでも映画製作者でもありません)。 振り返ると、要するに飯田さんの“生き様”に惹かれたのかなと。 “戦争”“薬害”“昭和という時代”“個と公”“家族”…。 当ドキュメンタリーには様々なテーマが内包されていますが、 まずは、長きに渡って昭和の闇と戦い続け、 86歳となった現在も懸命に模索を続ける『飯田進という物語』 を知ってもらいたいと考えています。 (文:ディレクター 伊藤) WOWOWがクエスト〜探求者たち〜という番組をシリーズ放送している。ものづくりに人生をかけて探求し続ける人々を記録したドキュメンタリー番組である。分かりやすくまとめられているので、気軽に楽しめる。3月29日、日曜日朝9時、タイトル「100歳の映画監督、オリヴェイラの情熱」が放送された。100歳の高齢にも関わらず映画を撮り続けるマノエル・ド・オリヴェイラ監督の情熱はどこにあるのかというのが、このドキュメンタリー作品の最初のモチーフであるらしい。
これまで、監督作品を見る機会がなかったが、番組放送後、作品を見たいという衝動にかられた。杖に頼ることもなく歩く監督の後ろ姿もチャーミングだった。監督がベルリン映画祭で特別功労賞を受賞したこともあって記者会見場には世界中の記者が集まっていた。(日本からはこのドキュメント取材チームのみ)ある女性記者の質問にオリヴェイラ監督がみせた厳しい表情が印象に残った。女性記者は次のように質問した。「この作品で監督が観客に見せたいことは何ですか」、 監督の答えは要約、次のようなものだったと思う。 「私は観客という言葉は嫌いです。わたしには観客とは椅子という意味です。私は人々と共に映画を作っています。人々は個性がありそれぞれ違い、また、同じです。それぞれの嗜好や感性が違うように、私にも好みがあります。それに答えるのは難しいこことです」 壁に背を凭れかけながら、腕組みした記者が弁解した。 「私は観客を人々という意味で使ったのです」 それを聞いて、監督は耐えきれなくなったのか 「今日はこのへんにしときましょう」と記者会見を打ち切って立ち上がった。この気まずいやり取りを聞きながら、私は昔の日本映画業界で使われていたある言葉を思い出した。それは観客動員という単語である。日本映画産業は毎年産業統計を発表してきた。全盛期の頃、観客数を観客動員数と記述していたことがあった。統計用の業務用語だから、観客の個性を軽視しているわけではないと言われればそれまでだが、嫌いなことばであった。軍隊用語では学徒動員などと使用されて、印象が悪い。現在ではさすがに観客動員数は入場者数に改まっているが、作品の価値観を興行収入で計っていることは今も昔も代わりない。つまり日本映画産業は観客を椅子と考えているのだ。作品をつくる立場の監督として、観客という言葉 を忌み嫌うのが何となく分かる気がした。もう一つ印象に残ったことばがある。 それは録画できなかったので不正確だが「河の流れは昔の水ではない」である。監督の最初の作品はポルト市を流れるドウロ河岸で過酷な荷揚げ労働を強いられていた人々の姿を撮影した短編ドキュメント映画である。当時はドン・ルイス鉄橋の上を汽車が渡っていたが今は自動車が走っている。奴隷のように働いていた人々の姿はすでになく、高架橋の下を滔々とドウロ河は流れている。風景としてのドウロ河は昔と同じだが、流れ行く水は同じではない。私はこれが監督の反体制、反権力的歴史観ではないか、作品の底辺を流れる骨ではないかと思った。この言葉から受けた直感です。これが監督作品を見たい私の理由である。さて、次週の土曜日、これも早朝に再放送があるというので、親しい人々に鑑賞をすすめたのだが、WOWOWに登録している人が意外に少ない。20人目にやっとサッカー好きの友人を発見。地獄で仏にあったようだ。早速録画を頼んだ。その後、幸いなことに同じチャンネルでオリヴェイラ監督特集が放送される。ポルトガル映画史に残る監督が作った作品、どんな映画だろう。見るのが楽しみだ。 「チェ38歳の革命」を見た。「ゲバラが何を考え、何をしたか。できればゲバラはどんな人だったかを知りたい」がこの映画を見たいと思う人の共通の認識だろう。今、私たちはグローバル資本主義が崩壊して行くのを目の当たりにしている。ゲバラはアメリカ資本主義と生涯かけて闘った。映画は観客の期待に応えることができるだろうか。
![]() この映画はエルネスト チェ ゲバラが殺された直前の2年間を題材に選んだ。ゲバラはボビリア日記を残していた。 映画前編の原題は「アルゼンチーナ」である。 ゲバラは1928年アルゼンチン生まれのアルゼンチン人である。医学(ハンセン氏病)を学び、友人と二人バイクで南米縦断の旅にでた。ブエノスアイレスからアンデス山脈を越え、ベネズエラまでの1200キロの旅であった。ゲバラの思念が南米縦断旅行で培われていたことは映画「モーターサイクルダイアリーズ」で描かれている。ゲバラは貧困の敵がアメリカ資本主義であることをみぬいていた。旅の終わりにゲバラは言った。「僕はもう僕でない。少なくとも昔の僕ではない」と。大学を卒業後、ゲバラはグアテマラで医師を続けるが、グアテマラの社会主義政権がCIAの支援を受けた勢力に政権を奪われ崩壊すると、失望してメキシコに渡った。そこで亡命中のカストロと出会い、共にキューバ革命を闘うことになる。そしてバチスタ軍事独裁政権を倒した。そのご、カストロにあの著名な「決別の手紙」を送り、キューバを去って、単身コンゴ、そしてバリエントス軍事政権が支配するボビリアにわたり、反政府ゲリラ戦に加わった。 ベトナムではアメリカ軍の北爆が続いていた1967年10月9日、ゲバラはボビリア政府軍によって逮捕、銃殺された。CIAが関与したと言われている。ゲバラは「第二、第三のベトナム戦争を」と叫び、南米同時革命を主張していた。「中南米諸国は議会制民主主義による革命の条件はない、武器をもって闘うしかない」というのがゲバラの考えだった。けれども、ゲバラはベネズエラ民衆が反革命を打倒し、チャペス大統領のもとで社会主義国家を目指していることやベトナム人民の勝利をついに見ることはできなかった。60年代、日本でもその端正な風貌から革命家として全共闘世代のヒーローであった。「祖国か、死か」「政権を取ることが目的ではない。その後に何をやるかだ」 キューバ革命の果実はカストロが記者の取材に答えている。「キューバでは教育は大学まで無料、医療、介護、地代は無料だ。キューバには字のかけないものはいない」 しかし、アメリカはカストロ政権を敵視して経済封鎖を始めた。ソ連崩壊後、キューバに投資を始めた外国資本を制裁するために国際法違反の法律(ヘルムズ パートン法)を作り、いっそう経済封鎖を強化した。そのために、キューバは経済危機が深まった。特に食糧不足はキューバ人民に深刻な打撃を与えている。 これから「39歳別れの手紙」を見に映画館へ行こう!銀座では日劇3で17日まで 全国上映中 38歳(前編)はシャンテシネで上映中です。
映画感想三連発+三分の一『ブーリン家の姉妹』(イギリス映画)公開中
ネタバレあり、観賞後に読んでください。 デヴィ夫人のブログを訪ねた。「デヴィの独り言独断と偏見」http://ameblo.jp/dewisukarno/と表示してある通り、正直な偏見に満ちている。勿論、憲法改正して自衛隊を防衛軍にすべきと独断している。「みなさん、ごきげんよう。わたくしもブログとやらをやらせて頂くことにいたしました。」ブログは女子学習院の生徒がお使いになるあいさつで始まる。セレブを気取っている。「いまは白塗りのTVタレント風情だが、元は大統領夫人なのよ」とでもいいたげである。マスコミは今でも「蝶々夫人」とオペラの題名もどきに「デヴィ夫人」と夫人付きで紹介している。でもどこか、お里が見え隠れする。そのいかがわしいところが人気をよんでいるらしい。デヴィ夫人はなかなか数奇な運命をお持ちの方なのである。本名はデヴィスカルノ、元スカルノインドネシア大統領の第3夫人。スカルノ失脚後、フランスに亡命、いつの間にか母国日本に戻ったのである。日本名を根本七保子という。スカルノ元大統領との間には一人娘がいる。赤坂の高級クラブ「コパカバーナ」でスカルノ大統領が見初めたということになっている。 そのデヴィ夫人がイギリス大使館の試写会に招かれた。映画は「ブーリン家の姉妹」だった。 ![]() 「イギリス王国のこのすさまじい歴史、史実に感嘆致しました。 今まで私は女の子を産んだ妻(女王)を処刑したことで知られる へンリー8世を冷酷な男と思っていましたが、 この映画で彼に対する思いがまったく変わりました。」 と感想を述べた。そしてさんざんストーリーを説明した。最後に宣伝、「すばらしいコスチュームも楽しめます。イギリスの叙情あふれる美しい風景が目に映ります」。さすがデヴィ夫人の面目躍如たるものがある。で、どんなものかと平民の私は池袋の映画館に下駄履きででかけた。 原題はThe Other Boleyn Girl、フィリッパ・グレゴリーの小説である。ブーリン家の長女アンがヘンリー八世に嫁ぎ、女王になった。娘を生んだが不倫と反逆罪で斬首刑になったことぐらいはイギリス人でなくても知っている。娘のその後の話は映画「エリザベス」にもなった。 さて、映画「ブーリン家の姉妹」は姉妹に感情移入してみるとすこぶる面白い。 よくできている。絶対権力に踊る人びとの目がギラギラと輝き、緊張感が途切れることはない。原題にある通り、ブーリン家のもうひとりの娘とアンの視点から絶対君主ヘンリー八世が描かれている。欲しい女性を獲得するためには何でもする。光源氏が権力者になったようなものだからそりゃー大変だ。宗教上離婚が認められていないにもかかわらず、ヘンリー八世は法律と宗派を変えてしまう。そして離婚。女王を追放して、おれのものになれとアンに迫るのだ。何でもありだ。 そして、このような王朝絵巻はギリシャ時代から、腐るほどある。物語に格差はあるがお世継ぎと権力の座をめぐってドロドロしたドラマになっている。今日に至るまで世界中で継承している。映画は原作通り、女性が好むようなストーリーを展開する。ヘンリー八世は残酷な男ではない。血も涙もあると描いている。果たして本当でしょうかね。デヴィ夫人、スカルノ王朝はどうでしたか。聞きたいものだ。 池袋シネリーブル(日活系)ほかで上映中 題名の+三分の一の解題;スペクタクル映画「レッドクリフ」のことだ。冒頭から戦闘シーンが長々と60分ほど続いたろうか、なぜか馬のお産のシーンがこれも長々と続く。三国志は大好きだが、そこで耐えられず、劇場から撤退した。時間の無駄だ。
映画感想三連発+三分の一『ボーダータウンー報道されない殺人者ム』(2006年アメリカ映画)公開中(ネタバレあり、後半は観賞後にお読み下さい)
映画は傑作です。けれども、アメリカでは公開されなかった。なぜだろう。 それは、この映画が事件の本質をするどく追及しているからです。ストーリーはシカゴの女性ジャーナリストがメキシコに派遣されるところから始まります。国境の町ファーレスで発生した連続女性殺人事件の取材です。約10年の間にファーレスで500人以上の若い女性が殺害された。行方不明者をカウントすると事件数は5000件に及ぶ。しかし、犯人は逮捕されていない。映画でも実話と同じに犯人が逮捕される設定になっているが、複数いる共犯者は上がらない。事実、組織的犯罪の可能性もあるが、真相は闇の中だ。いまでも、惨殺遺体があがるという。ファーレスの近郊にはマキラドーラ制度によって設立された外国の家電や自動車などの組立て加工工場が密集している。その工場に地方やスラム街から雇われた若い女性労働者が働いている。安い賃金、三交代制の長時間労働など劣悪な労働条件、単純な労働の繰り返しで,いくら経験を積んでもスキルアップは無い。使い捨てである。日本のトヨタの派遣労働者と状態はかわらない。ファーレスは富裕層が居住する地区とスラム街、マフィアが支配する夜の繁華街がある。現地ロケと思われる画面は緊張感がある。監督がこの地域の出なので、現地以外のロケセットでも選定にリアリティがある。権力、マスコミを追及するこの作品内容で、しかも外国で撮影許可をとるのはかなり難しい。まず、政府機関、警察の許可がいるし、場合によっては現地企業、マフィア、地主などの了解と資金が必要になる。 監督は朝日新聞のインタビューに「ロケバスが銃撃を受け、カメラが盗まれた。それは恐ろしいことだが、この映画が真実を撮影した証明だ。」と答えた。ジェトロの資料を読むと、マキラドーラ制度はメキシコが国境地帯における雇用対策として1965年に制定された。アメリカの企業だけでなく、日本のメーカーも参加している。メキシコに多国籍企業を誘致する為にメキシコ政府が認定した輸出企業に対して原材料、設備、部品などを免税する制度である。その結果,この国境地帯に大手メーカーの工場が乱立したのだ。1994年アメリカと北米自由貿易協定(NAFTA)が締結され、マキラドーラによる税制優遇措置は失効したが、メキシコ政府は2000年に生産促進措置(PROSEC)を制定していまでも優遇措置は継続されて生産は続いている。 ドラマは女性ジャーナリストが真実を追究する中で行政や企業の癒着、警察権力の妨害などが描写されて事件の背景に迫って行く。みずから危険な囮になって犯人を逮捕、記事を書き上げた。しかし、期待は裏切られるのである。 事件の真相があきらかになり、事件の背後に潜む過酷な労働実態や北米自由貿易協定の仕組みが暴かれることを多国籍企業は恐れ、マフィアや警察権力をつかって隠蔽を図ろうとする。 被害者の若き女性と見えない権力と敵地でひとり立ち向かって行く。女性ジャーナリストをジェニファーロペスが迫力ある演技で見せてくれる。スタッフ、キャストの心意気に拍手を!必見の映画です。 10月18日公開。東京・日比谷のシャンテ シネなどで上映中 < 前のページ次のページ >
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