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ゲゲの晋三と言論統制のはじまり。

ゲゲの晋三と言論統制のはじまり。

デモを鎮圧するため、閣議に自衛隊出動を提案した昭和の妖怪、岸信介の孫の安倍晋三が日本の総理大臣になることが確定的になった。昭和の妖怪は孫のゲゲの晋三となって甦り、権力を手中にすることになる。国民に降り掛かる死の灰は梁塵に堆積して文化を浸食することになるだろう。水木しげるのゲゲの鬼太郎は妖怪退治のヒーローだが、ゲゲの晋三はヌラリヒョンの一味だ。ゲゲの晋三にとっての美しい国、千年王国の建設が始まる。そのために始めることは言論統制と教育基本法(理念)の改悪だ。既に国会議員だけでなく全国からの妖怪が永田町を目指して集合しつつある。コイズミは得体の知れない人物だったが、次期総理はれっきとした妖怪の血脈を継いだウルトラ国粋主義者だ。岸信介はA級戦犯で巣鴨の刑務所入りしたが、釈放されるとすぐ自主憲法制定同盟を結成して、後に顔が鳥に似ていることからバードライクフェイスと呼ばれる総理大臣になった。ゲゲの晋三言語録を読むとコイズミの言語録より国家主義的歴史観が脈打っている。「国のために死ぬことを宿命ずけられた特攻隊の若者たちはーー死を目前にした瞬間、愛しい人を思いつつも、日本という国の悠久の歴史が続くことを願ったのである。(美しい国へ)」だから「一国のリーダーがその国のために殉じた方々の冥福を祈り、手を合わせ、——るのは当然、次のリーダーも当然果たさなければなりません」と靖国参拝を肯定、「A級戦犯は国内法的には犯罪者ではない」と流れは一貫して国家主義そのまんま東である。石原慎太郎をはるかに凌駕している。
さて、靖国参拝に反対にしている加藤紘一議員宅に放火テロが起こったが、この風潮は各界で起こるだろう。同好会員が下記のワシントンポストの署名記事を送ってくれた。

記事の概要は、「日本国際問題研究所発行のオンライン新聞で、玉本 偉・編集長は論文で、首相の靖国公式参拝や反中国報道の動きをとらえ日本の新タカ派的国粋主義に警鐘を鳴らした。ところが、産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・古森義久氏は、その論文を反日だと決めつけ、彼に“極左のインテリ”というレッテルを貼った。古森委員の攻撃は、それだけにとどまらなかった。彼は、日本国際問題研究所の理事長・佐藤行雄氏に、税金で玉本編集長を雇っていることに対する謝罪を要求。これを受けた佐藤理事長は、24時間以内に、オンライン新聞を閉じ、産経新聞に対し『今回の事態を厳しく反省し、編集体制を一新したい』と謝罪文を寄せた。」
玉本さんは朝日新聞の記者やNHKの番組製作担当者のように左遷されるのだろうか。二つの事例は言論圧殺を狙った卑劣な行為であることに大差はない。
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by daisukepro | 2006-08-30 15:14 | 政治

「カミカゼ・コイズミ」

新設「掘り出しフリマ」

「発見の同好会」は「こんなのみーつけた!」市場を新設しました。公設市場ではありません。投稿自由です。
無駄なものでも捨てるのはしのびない、ゴミくずの中にも宝はある。価値観を変えよう。世界中からゴミベタを集めて、ゴミ屋敷を建設して「美しくない国へ」行こう!


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スイスの新聞「ノイエチュウリヒャーツアイトング」紙、2001年8月18日掲載、「Kamikaze-Koizumi」小泉靖国参拝を批判する漫画http://homepage3.nifty.com/htaguchi/index.html
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by daisukepro | 2006-08-28 13:01 | 自由市場

インドネシアの大震災、その後

今週のクイズな人はインドネシアのジャワ島からです。

ジャワ島の大震災から2ヶ月が経ちました。地震王国の日本としては他人事でありません。
地震と津波で数千人が死亡しました。しかし、人々は苦難から立ち上がり再建に取り組んでいますが、日本の新聞が伝えることはまれです。地震の規模、被害、そして日本人が含まれているかどうか。それで終わりです。c0013092_12241666.jpg写真の少女の名はアユちゃんです。
家族は津波を避けるために何マイルも走って逃げましたが、村にもどった時には家の残骸だけが残っていました。「私の家はどこにあるの!」アユは叫びました。
アユちゃんは地震で精神的ショックを受けましたが、隣人たちが支えています。
アユちゃんは現在、類似した精神的外傷を負った300人の他の子供たちとセンターに通っています。そして、そこで、彼らは遊び、絵を描き、読み、歌うことができます。精神的ショックを受けた人々に対するアフターケアーも元の生活を取り戻すためには大切なことです。

追記、カトリーヌで被害を受け、いまだに架設住宅で生活している貧しい人に対してニューオリンズ州政府は今月下旬を期限に倒壊した住宅の強制撤去を開始するそうです。居住権のある土地は永遠に失われることになりそうです。ブッシュ政権は素知らぬ顔です。これが構造改革小さな政府の正体です。アメリカが自公政権の明日の姿を教えてくれます。
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by daisukepro | 2006-08-27 12:24 | クイズな人

メキシコ映画「イノセントボイス(12歳の戦場)」

メキシコ映画「イノセントボイス(12歳の戦場)」
エルサルバドル内戦は軍事政権と反政府ゲリラとの間で1980年から12年間続いた。国連は児童に関する権利条約を何回も繰り返し制定して禁じているにも関わらず、少年兵はおよそ20万人が存在する。
映画の主題歌になったフォークソング「ダンボールの家」を聞いて、少年の頃の実体験をもとにオスカー・トレスが脚本を書いた。c0013092_3412894.jpg
ある日、政府軍の武装した兵士が、小学校を取り囲む。全校生徒を校庭に並ばせ、少年たちの名を呼び上げる。強制連行だ。少年たちの恐怖が伝わってくる。夜間は外出禁止、政府軍と反政府ゲリラとの闘いは全土に広がり、昼夜を問わず、至る所で銃撃戦が展開される。財力、体力のあるものは国外に脱出することが出来るが、貧しき者、老人、子ども、身障者、女性は生活の場から逃げ出すことは不可能だ。主役の少年チャバは11歳、彼の父は家族を残してアメリカへ脱出した。母とチャバは妹たちを守り、内乱を生き抜かなければならない。当時の国連条約は15歳以上に規制はない。その年齢に達すれば、政府軍に徴兵される。政府軍の兵士になればゲリラ戦に参加している父を射殺するかもしれない。それがいやなら、身を隠すか、亡命するか、反政府ゲリラに志願するしかない。どちらが優勢か、戦況はわからない。しかし、次第にチャバの家族にも戦闘の厳しさが押し寄せてくる。政府軍を支援するために米兵がチャバの村にも進駐してくる。ゲリラ掃討作戦は日増しに激しくなってくる。焼き討ち、ゲリラの処刑———ベトナム、アフガニスタン、で繰り広げられた残虐行為と同じ、イラク、レバノンではいまも住民を巻き込んで地獄の日々が続いている。戦争は勝つか、負けるか、勝つためには何でもやり、利用する。人命の軽視はやがて少年たちの命をも戦争に勝つために捧げよと迫る。それは、かつての日本軍の姿そのものである。米兵を見つめる住民の目は憎悪に光っている。
7万5000人の戦死者をだし、12年の後、ゲリラと政府間で平和協定が成立して、ようやく内戦は終止符を打つ。国連の平和維持活動の成功例としているが、どうだろう。映画「サルバドル」を見る限り、そうは思えないのだが、
映画「イノセントボイス」は母と子の愛情で結ばれた深い絆で、戦場を生き抜くドラマを悲しくも力強く歌い上げている。主題歌「ダンボールの家」が闘った民衆の心を歌っている。アメリカが支援した政府軍はこの歌を禁止した。「信じられないが、奴らにや、犬にも学校があるそうだ。犬には新聞紙を噛むなと教えている。だけど、奴らは俺たちに噛み付いている」
どこかで、上映している映画館があったらぜひ見てください。
監督 : ルイス・マンドーキ
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by daisukepro | 2006-08-25 03:42 | 映画

イギリス映画「ホテル・ルワンダ」(イタリア、南アフリカ合作)

イギリス映画「ホテル・ルワンダ」(イタリア、南アフリカ合作)

この映画は南アフリカのルワンダ で起こった内戦(1990〜94年)を題材に製作された。民族間の紛争がエスカレートして、少なくとも80万人が虐殺されたと伝えられている。フツ族によるツチ族の大量虐殺は94年4月から100日間に行われた。1日平均8000人が殺害されたことになる。想像もできない数字だ。現在も戦犯の訴追裁判が続いているという。(救いは判決に死刑がないことか)c0013092_16164887.jpg
なぜ、このような大虐殺が行われたか、その原因を知りたいところだがこの映画からは推測するしかない。映画は偏見と憎悪がエスカレートするとどんな恐ろしいことが起こるか克明に描写している。ルワンダの四つ星(フランス企業系)の支配人と家族、難民の迫りくる恐怖からの脱出劇として構成されている。敵か、味方か、裏切り者かしかない極限状況からの脱出、手にあせ握ってみることができる。
「キリングフィールド」、「エルサドバドル」、「シンドラーのリスト」、「ブラックホークダウン」———これらの映画を見ると、どちらが正義かは別にして、戦争になれば民衆は「人を殺してはいけない」という基本的なモラルに対するイマジネーションを失い、残虐な行為ができ、繰り返すことができるか、直視に耐えない現実を思い知らされことになる。
フランスやベルギーなどの植民地支配の影や、ラジオから繰り返されるアジテーション、周到に準備された虐殺であったことは表現されている。国連軍の平和維持部隊が事態に対して無力であったことも読み取れる。ただ、アメリカの司令官の描写には疑問点が残った。
これらを指揮命令した指導者、戦争犯罪人を許すことは出来ない。ヒットラー、東条英機
スターリンとポルポト、その閣僚たちと同列の人間たち。どこか、地の果てに合祀するしかない。
監督・脚本・製作/テリー・ジョージ(白バラの祈りの脚本に参加)
主演/ドン・チードル(好演、次回作に期待)
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by daisukepro | 2006-08-23 16:19 | 映画

「下駄履き映画館」のすすめ

「下駄履き映画館」のすすめ

映画館「早稲田松竹」は高田馬場にある。邦洋混映、2本立て興行の常設館である。昔ながらの映画館が生き残っている。見落とした話題の映画を見るためには重宝、2本で1300円(学生1100円)はお得、毎月1日は800円、シニア、小学生、身障者は900円、ラスト1本は800円など料金を工夫している。
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ここ10数年の間でインデペンデントの映画館は廃館に追い込まれた。大都市圏の駅前などで2、3館はあった。いまではほとんど見当たらない。パチンコ店などに姿を変えた。TVの普及、さらにDVD、ホームシアターが普及したことなどの影響で仕方がない。時代の流れだなどと云う人がいるがそうだろか。
ローカル線は国鉄民営化によって切り捨てられた。横町の商店は大店法の規制が緩和されたことによりシャッターを下ろさざるを得なくなった。どこの駅前にも大型店舗のチェーン店が並んでいる。インデペンデントの映画館は大都市中心の興行寡占化によって、軒並み切り捨てられたのではないか。ルアンダのように大量虐殺をくらったようなものだ。しかも、長期興行などで上映作品が大作に偏る。最大の被害者は観客である。高い画一料金を払い、その上往復の電車賃を支出しないと映画館で映画を見ることができない。裕福な人々は自宅にミニシアターを増設できるが、電車賃を計算しながら生活する階層は映画館には行けない。わが町に「下駄履き映画館」があれば幸せ。夕方から身なりを気にせず、下駄やサンダル履きで、4時間かけて、2本だて映画を堪能する。帰り道、100shopでインスタントラーメンを買い求め、感動した場面を思いうかべながら四畳半でごろ寝する。あとは疲れて、いつの間にか眠る。これが、本当の映画ファンなのかもしれない。
さて、早稲田松竹の2本は見応えがある2本立であった。「ホテル・ルワンダ」「イノセントボイス」 ルアンダとエル・サドバドルの内戦を題材にした問題作、実話を土台にしながら映画的処理も的確に運んで、冗漫なところがひとつもない。飽きさせない。(感想は次回に譲る)
JR高田馬場駅を降りて、早大に向かって歩く。500メートルほどのところに映画館はある。
入場料金は自動販売機で購入する。駅前で毎日新聞が早実Vの号外を配布していたので、受け取り記念に持ち帰った。
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by daisukepro | 2006-08-22 14:54 | 映画

続「亀田弁慶ボクシングショーと高校野球決勝戦」

続「亀田弁慶ボクシングショーと高校野球決勝戦」

早稲田実業と苫小牧の熱戦をながら試聴だったがしばしば仕事を中断して見ているうちに
TVの画面に釘付け、板付けかまぼこ状態になった。投手の表情が読めるようになると勝敗はどっちでも良くなった。両方に勝って欲しいが、ゲームなのでルール違反になる。多分、負けたチームの方が得することが多いだろう。学閥郷土は親の敵と云った人がいるが高校野球は別だ。今日もこれから両方を応援しよう。けれども、世間にならい地元東京をひとまず応援することにしよう。ゲームを楽しむためにーーーー。
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c0013092_12562435.jpg亀田弁慶の試合をTBSが夜中に放送した。対戦相手のインドネシアフライ級チャンピオン・バエスにはなぜか現役王者という冠がついている。変だな。元チャンピオンに元を付けるのが普通、現チャンプはチャンプでいい。このチャンプの戦歴、25戦で18勝4敗3分けと紹介されているが、噂では1勝1敗1分け、3戦しか経験がないとか。この目で確かめるしかない。ゴングが鳴る、25戦の戦歴あるボクサーが最初から腰を引いている。考えられない。1分もあったかどうか、力の入っていない亀田弁慶のパンチが顔に当たる(さわる)と待っていたかのように倒れた。やっぱり、噂は本当だったか。最後はリングを舞台にした亀田弁慶のカラオケワンマンショーだった。アンコールに答えて2曲も歌った。試合はカラオケショーの前座だったのか。TBSはこんないかさまショーを放送して恥ずかしくないのか。
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by daisukepro | 2006-08-21 12:35 | マスコミ

続日本映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」

続日本映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」

脚本担当の「担当」の謎を解明しよう。
企画発表の記者会見で監督と石原知事とこんな応酬があった。
「新城監督と(脚本意図に)相違があった場合、都知事をやめて監督をしようかと…」と知事が牽制すると監督が「石原さんの監督作は3本、僕は5本。石原さんがあまり口をだしてきたら、監督の座を譲り、僕が都知事をやろうかな(笑)」と<応酬>して、会場を笑わせたという。
同じ譜面でも演奏者や指揮者によって違った音楽に聞こえる。映画の場合、監督の裁量の範囲はさらに大きくなる。脚本が悪ければ良い映画は出来ないが、良い脚本ならば良い映画になる可能性は大きくなる。
実製作の場合、脚本を改訂する必要がしばしば起こる。好みの問題は別にして、テーマについては両者の考え方の一致がなければ、改訂は出来ない。映画は完成してみなければわからない。たったひとつの表現で価値観を逆転させることが出来る。
この映画の場合、作者たちが特攻作戦の命令によって知覧の基地から飛び立ち、若い命を失った青年たちの悲劇をどんな立場で、どのようにとらえているかが重要になる。
監督と脚本家の間で解釈に相違があってあても、映画は出来る。
石原知事は企画意図を次のように語った。「特攻は志願ではなかった—鎮魂と国家民族の再生のために書き残したい」
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「戦争という過酷な時代にあって、それぞれが愛した者たちのために迷わず、あるいは迷いつつ、苦しみつつも敢えて自ら死んでいった若者たちの鎮魂のために、現代のそれよりもはるかに美しく、はるかに濃い密度の彼らの青春の賛歌でもあります—特攻隊を謳歌するわけでなく、トメさんの目から見た青春群像を描きだしたい」
赤紙一枚で招集され、志願することを命令され、何のために自爆しなければならないか、自問自答して、それぞれが遺書を書き残して自ら死んでいった。それがこの映画の題名になっている。
c0013092_17724100.jpg冗談を装っているが石原発言はドスが利いている。「私の意向通りでなかったら、私が監督をやります」とは「監督を更迭しますよ」と同義語なのである。そこで、「脚本改訂にも口を出しますよ」がこの脚本担当というポジションなのである。
軍令部、参謀本部そして大本営が指揮命令して、その実行部隊はどのような卑劣な手口で純粋な青年たちを自爆に追い込んでいったか。特攻では約7000人、戦艦大和には3000人、玉砕、死の行進、沖縄の郷土防衛隊など小中学生を自爆テロに編成、実行させた。この恐るべき組織的戦争犯罪は命令でありながら志願として扱い、自らの責任を回避するという狡猾な手段が使われた。中国では2000人の部下を国民党の軍隊に売り渡して、自分たちだけ逃げ帰った将校がいる。
沖縄では終戦が迫ってきたある日、ひとりの日本軍将校が名護小学校にやってきた。そして、12歳の少年の耳元でささやいた。「君はこの美しい沖縄の郷土、愛する家族や友人のために死ねるか」とーーーー。
戦後、生き残った将校たちは沖縄各地に郷土防衛隊の碑を建立した。いずれも少年たちの自爆テロを「郷土を守った美しい行為」として賛美している。
将校たちは少年たちを賛美すれば命令し、そそのかしたという自分たちの卑劣な行為を薄めることができるとでも考えているのだろうか。靖国神社はそれらの総和的象徴である。知覧記念館を訪れ、涙した小泉内閣総理大臣は本日10日早朝、雨の中、靖国神社参拝を決行した。小泉がいかに弁明しようとも、二度と戦争を起こしてはならないという口でイラクに自衛隊を派遣した最初の総理大臣である事実は消せない。相手の立場、人の痛みを分からない小泉の内心など誰が信用するか。
制作者は賛美するだけの映画にはしないと語っているが、石原脚本と映画はこの題材をどう描くであろうか。特攻隊員たちの無念がどれだけ伝わるか、見てやろう。
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by daisukepro | 2006-08-15 17:18 | 映画

メキシコの貧困、地方格差

今週のクイズな人はメキシコからである。

メキシコ、グワナファト州のエルグサ−ノは虫食い状態の過疎の町になっている。住民に殆ど仕事がなく、アメリカなど海外に出稼ぎに行くしか働く機会がない。残された人々は海外からの送金をたよりに暮らしている。
写真の女性はナターリアさんです。94歳です。彼女が39歳のとき彼女の夫はアメリカに働きに出ることを決めました。c0013092_1412154.jpg彼女は国境まで彼を追っていきましたが、それが夫を見た最後でした。11年の結婚生活で12人の子どもを育てましたが、8人の子どもを栄養失調でなくしました。
彼女はジャガイモ、イチゴ、綿、コーンなどを暮らしてきましたが、ここで生活することが出来ず、ついに移住を決意することになりました。
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by daisukepro | 2006-08-13 14:10 | クイズな人

アメリカ映画「ワールド・トレード・センター」と航空機爆破計画

アメリカ映画「ワールド・トレード・センター」

8月10日、アメリカ映画「ワールド・トレード・センター」のプレス試写会に出かける。
日本公開は10月上旬、主演ニコラス・ケージ、監督オリバーストーン、脚本アンドレア・バーロフ、9・11の瓦礫の下から奇跡的に救出された二人の港湾警察官の記事をベースに製作された。c0013092_19283541.jpgニューヨークの象徴であるツインビル、「ワールド・トレード・センター」の名がそのまま映画の題名になっている。5年前、2001年9月11日、このビルがテロ攻撃を受けて崩壊し、2000人以上の命が失われた。航空機が突入する瞬間から、ビルが崩壊するまでを世界中のテレビが一斉に報道した。計画的に準備しても、こうは撮影できない絶好のカメラポジションから事件が中継され、編集されて、繰り返し報道された。世に言う「セプテンバー・イレブン」、この日からアメリカは逆上した。ブッシュがこれは犯罪ではなく戦争であるなどと断定して、世界にテロ戦争と呼ばれるあたらしいカテゴリーが生まれ、人類は無限地獄に引きずり込まれた。この場所はグラウンドゼロと呼ばれ、この映画はテロ戦争の原点の物語である。オリバー監督は実録映画のセオリーに従って、事実の時系列を追って描写していく。この手法をとれば、事件の背景を語らずに済む。
その日に限れば、人々は何が起こったか知るすべもなく事件に巻き込まれて行く恐怖がそこにある、観客はその結末を知っている。だから、ディテールの描写に期待する。観客は知りたがる。そのとき具体的に何が起こったか。そのとき被害者は何を感じたか。どう対処したか。なぜ生き残って、どのように救出されたかなどである。家族はどうしていたか。そこに、テロと闘った勇気ある人々の真実の人間ドラマがあるという組み立てである。監督、カメラ、音響、そして脚本は総て観客の好奇心を満たすために十分な技能を発揮している。
2時間半の映画が終わり、かなり疲れる。客席に奇妙な沈黙が走る。司会者の女性は感動の余韻に浸っていると思ったらしいが、そうとはいえない奇妙な空気が流れていた。
極限状況から生還した彼らはヒーローかもしれない。映画にはひとりの異様な人物が登場する。彼らを救出するきっかけになったひとりの海兵隊員である。確かに海兵隊員が最初の発見者であったことは事実かもしれない。映画では神、キリストが彼を救出に導くのである。彼は「海兵隊は人の命を救うためにある」という。そして、ラストのナレーションは「彼はイラクに行った」である。はたして、彼は人を救うためにイラクに従軍したのだろうか。私にはこの映画の制作意図はもうひとつ別の狙いがあるような気がしてならない。5年経つと人々は冷静になってこの事件を振り返ることが出来る。報復の連鎖が更なる地獄を生むことも知っている。
試写会の最後にゲストが登場する。生還した警察官ウイル・ヒメノご本人である。少し太めだが良く似た俳優が選ばれたものだ。彼は西洋の哲学者の言葉を引用して、こう挨拶を締めくくった。「何もしないことは犯罪である。傍観することがいちばんわるい。テロに対して闘おう」
その結果、既にイラクでアメリカ兵の死者は2500人を超え、イラク市民の死者は4万人をはるかに超えている。招待客は複雑な思いで席をたった。
同じ日の新聞報道では、イギリスの公安組織MI5が米国への航空機爆破計画を摘発し、テロリスト容疑者21人を逮捕したと発表した。
ビッグカメラ有楽町店の7階、よみうりホールにて
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by daisukepro | 2006-08-12 19:18 | 映画