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マンハッタンのてんとう虫

今週のクイズな人はニューヨークのマンハッタンからです。

写真はてんとう虫です。
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ニューヨーク市の綜合住宅ビルに70万匹のてんとう虫が放されました。てんとう虫はアブラ虫などの害虫を食べます。害虫を殺すために農薬を散布すると益虫も殺されます。これで農薬を使うことなく,害虫を退治することができると業者は言います。アブラ虫はシェラネバダ山脈の山麓の丘で採取され、冷凍保管されニューヨークまで運ばれました。一匹のてんとう虫は一日50匹のアブラ虫を食べるそうです。70万匹の虫はローアーウエストサイドでストイフェサントタウンとピータークーパービレッジの住宅地に放されました。
この話をファーブルおじさんが聞いたら何というだろうか。果たして結末はどうなるでしょうか。
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by daisukepro | 2007-10-28 00:02 | クイズな人

ビルマの民衆の敵

民衆の敵

今週のクイズな人は再びビルマのラングーンからです。
あの民主化デモから既に3週間が経っている。町にでればなにごともなかったかのように人々が歩いている。昨夜、ようやく夜間外出禁止令が解除された。だが、若き僧侶たちは拘禁されたまま、釈放されたと云うニュースはない。ジャーナリスト長井さんのカメラやテープはまだ返却されていない。日本政府は資金援助470万ドルの凍結で圧力をかけたが、その後、進展がみられない。外務省は何を交渉しているのだろうか。軍事政権スポークスマンが「観光ビザで取材するのが悪い」などと暴言を吐いているそうだが、許しがたい。c0013092_15332830.jpg

さて、写真の女性は石油が5倍に値上がりしたことに抗議して叫んでいる。石油の高騰はすぐに物価高にはねかえり、庶民の生活を苦しめる。日本は石油の輸入に毎年8兆円払っているが、倍に値上がりすると16兆円も払うことになる。人ごとではない。
今度の武力弾圧を受けた抗議デモのルーツは1988年にある。前年の87年にビルマ政府は平価切下げを強行した。たちまち民衆の預金は紙くず同然になった。この金融措置に反発して、最初は学生が立ち上がり、続いて、僧侶が隊列に加わり、そして市民が一斉蜂起して、全土で大規模な集会やデモが行われた。これを武力によって弾圧したのが現軍事政権なのである。3000人規模の死者がでたと伝えられている。
今回の石油値上げ反対、民主化デモは88年の民衆の反乱以来、ビルマではもっとも大きい抗議行動を誘発した。

経過を振り返ってみよう。
8月19日、ラングーンで最初のデモがあった。参加者はわずか400人であったが、軍隊の支配するビルマでは最初の大規模な抗議デモであった。「安定と平和を、不安と暴力をなくそう」が彼ら民衆の要求である。
軍政府は抗議を鎮圧するために、素早く動き、多数の活動家を逮捕した。しかし、デモは小規模ではあったが、各地で開催され続けた。
9月5日、パコックの町でデモが行われ、かなりの数の僧侶が参加した。しかし、軍隊は発砲してこのデモを弾圧しました。この武力行使で3人の僧侶が重傷を負った。
僧侶たちは政府官僚を人質にして政府に9月19日までに謝罪することを求めた。
しかし、期限までに政府からの謝罪はなかったが、僧侶たちは軍人とその家族の支援を取り付けて官僚を釈放、抗議運動が続行された。運動は再び,全土に広がりはじめた。
9月21日、全ビルマ仏教徒同盟は声明をだし、その中で軍政府を「人々の敵」と非難し「軍事独裁政権をビルマの土地から拭き取る」まで、抗議を続けると誓って、ビルマ中の人々にデモに加わるように呼びかけた。
これまでデモを黙認していた軍政府は反政府運動に発展することを恐れて、夜間外出禁止令を出し、一週間後に行動を起こすと警告を発した。
それでも、9月24日、ラングーンには数千人の僧侶が結集して大規模な抗議デモが行われ、これに野党の国民民主連盟が加わり、局面が大きく変わり始めた。
そして9月27日、再びラングーンの大規模デモに武力が行使された最悪の日を迎えた。
ビルマからの報道に目と耳を放すな!
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by daisukepro | 2007-10-21 15:41 | クイズな人

オークションにかけられた便座

今週のクイズな人は競売にかけられた便座です。便座は便座ですが、ただの便座ではない。コンコルドで御用達の便座だ。なので、結構な値がついた。c0013092_1964034.jpgコンコルドの就航は1969年3月、鼻の先が針のように鋭く折れ曲がったデザインは新しい航空機時代の先端を切り開くものとして期待された。c0013092_196932.jpg
しかし、この航空機は短命だった。17年間大西洋を横断する航路を飛びましたが、故障が多かった。ついに、2000年に墜落事故を起こし、113名の乗客乗務員が犠牲になった。そして、2003年にコンコルドはリタイヤーを余儀なくされ、航空界から姿を消した。デザイン優先の欠陥が指摘された。
今回のオークションは9月下旬、4日間フランス南西部で開かれた。発売中の部品は、対気速度指標、プレートと銀製食器セット、1.2トン車輪、マッハ-監視速度計とフロントガラス、コックピット器具、酸素マスク、手荷物コンパートメントドア、車輪を含みます - そして、写真の便座も売りに出された。2003年と4年のオークションでは一機の部品全部で50万ドル以上の値がついたそうだ。
便座買うなら金をくれ!
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by daisukepro | 2007-10-14 19:10 | クイズな人

ミャンマー軍事政権の証拠隠滅を許すな!

ミャンマー軍事政権の証拠隠滅を許すな

10月8日夜10時、テレビ朝日「報道ステーション」はヘルメットを付けた兵士が長井さんの遺体からビデオカメラ、デジタルカメラを押収する緊迫した映像を放送した。
この映像は反対側のビルから俯瞰で撮影したものである。命がけの盗み撮りであることが「声を出すな」という音声から伝わってくる。
カメラは表通りに面した路地周辺を俯瞰している。長井さんが射殺された場所からやや離れた路地であることが説明される。街路は混乱状態である。逃げ惑う群衆と兵士が入り乱れていて、発砲によるデモ鎮圧直後であることが分かる。路地の角で、群衆が黒山のように集まっている。兵士が銃などを振り上げて群衆を追い散らした。数人の兵士たちと残された男性の遺体が見える。
男性は茶色っぽいショートパンツをつけており、長井さんであることが確認出来る。兵士たちは長井さんを覗き込み、乱暴に長井さんの体を動かして所持品などをチェックしている。着衣が乱れて腹部が露出する。一人の屈強な治安部隊兵士が周囲に散乱した遺留品の中からビデオカメラらしきものを無造作に右手で取り上げ、押収して画面の右手に切れる。
c0013092_1346475.jpgもう一人の兵士がデジカメを拾い上げ、後を追って画面から切れる。手際がいい。
長井さんのすぐそばに軍用トラックが横付けになっていて、地面に敷かれた白いシートの上に置かれた押収品の中から、別の兵士が長井さんの青いポーチと黒色のポーチをつまみ上げトラックの荷台に放り投げた。
真相は明らかになった。長井さんを殺したのは流れ弾ではない。デモ鎮圧部隊は長井さんを狙っていた。取材するジャーナリスト長井さんの背後から武装兵士が接近し至近距離から発砲、長井さんを虐殺した。そして、遺体を路地に収容して、武力弾圧の証拠を隠滅するためにカメラを押収したのだ。
ミャンマー軍事政権の虐殺と証拠隠滅は許せない。許すな!押収した長井さんのカメラを返せ、テープを返せ!
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by daisukepro | 2007-10-09 00:58 | テレビ

「誰も行かないところに、誰かが行かなければ」

「誰も行かないところに、誰かが行かなければ」

TBSの報道特集(10月7日17時30分)で長井カメラマンのビデオテープが公開された。
c0013092_23124052.jpg最後の数時間、長井さんが見たものは何か。伝えたかったものは何か。死の瞬間まで放さなかったカメラは知っている。だが、残念なことに、私たちはその日のテープを見ることができない。カメラが軍事政権に押収されたまま返らないからだ。それでも、公開されたテープから緊迫したヤンゴン市内の状況が生々しく伝わってきた。その日、長井さんはガイドを伴って市街の取材に出かける。しかし、僧侶の姿は町中に一人もいない。長井さんは寺院を訊ねる。奇妙なことにそこにも僧侶の姿はまったくない。「何故ここにも僧侶がいないんだ」「知らない」「どこにいるのか」「しらない」とガイドは答える。「知らない?変じゃないか」「恐くていえない」「なんでそんなに恐いのか」「あんたのために言っているんだ」。長井さんは別の寺院も取材している。そこにも僧侶は一人もいない。再び長井さんは市街地に向かう。「そっちは危ない、行かない方がいい」「なぜ?」「そこは軍隊の通る道だ、本当に危ない」。軍隊の姿は見えないが、横道には車の影すらなく、人の子一人通っていない。道の行く手には通りが見え、通行人が行き交っている。「ここからは危ない」「なんで止めるんだ。俺はアフガンにもイラクにも行っている。心配するな」「危ない、行くな」「俺は行きたいところへ行くぞ」長井さんは静止するガイドを振り切るように、表通りに飛び出していく。長井さんはオレンジ色のローブをまとった若い僧侶に近づき話しかける。僧侶は緊張した様子で周囲を警戒しながら短く答える。数人の僧侶が大声で叫ぶ。街路はたちまち緊張が走る。「皆、でろ。出るんだ」道路には次第に僧侶たちが集まってきた。「デモをやるぞ、さあ、出るんだ」。長井さんはカメラを回しながら現地の人に「警官はどこにいるんだ」「あれか」「あれは違う」「警官はどこだ」と長井さん、手持ちカメラは現地人の間を抜けて裏路地を進む、その途中、録画は切れた。画面から姿こそ見えないが、軍隊がデモの周囲を固めている状況が生々しく伝わってきた。胸を締め付けられる。5日、サンケイ新聞の報道は「長井さんの遺体は帰国後、司法解剖された。その結果、長井さんは背後から撃たれ、銃弾1発が左腰背部から右上腹部に貫通していたことが判明。死因は肝損傷による失血死と特定された」と伝えた。司法解剖の結果は完全に射殺された決定的瞬間の映像と一致する。長井さんは権力の暴虐と闘う人々の姿を伝えようとして、デモの隊列の中に踏み込んだのだ。「誰も行かないところに、誰かが行かなければ」と。また一人、フリージャーナリストの尊い命が失われた。
デモに参加した僧侶たちは軍隊に検束され、100名以上の若い僧侶たちの安否はいまだ不明という。
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by daisukepro | 2007-10-07 23:13 | テレビ

ビルマ(ミャンマー)、ヤンゴンの抗議デモ

今週のクイズな人はビルマのヤンゴン(旧ラングーン)からです。
皆さんご存知のように、ジャーナリストの長井さんが兵士に射殺されるショッキングな映像がTV放送された。c0013092_23545580.jpg長井は抗議デモをビデオで取材中であった。銃を構えたひとりの兵士が長井さんに近づき、いきなり背後から発砲したのだ。銃弾は背中から腹部を貫通した。その瞬間、長井さんはアスファルトの路面にはじけとんだ。
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一週間前、ラングーンの雨上がりの車道を若い僧侶たちは一列に並んで歩き始めた。オレンジ色のローブをまとい托鉢を抱え、経文を唱えた。僧侶たちの素足は水たまりを踏んで進んだ。街の中心部にさしかかった頃、僧侶たちはこぶしを上げて「ガソリン値上げ反対」と叫んだ。待ち構えていたかのように兵士の一群が僧侶の隊列を襲った。ロープを投げて僧侶のひとりを捕獲すると街路樹に縛り付け暴行を加えた。このニュースはネットを走り、怒りがビルマ全土に伝わった。
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全国各地で僧侶たちの抗議デモは始まり、市民も隊列に加って、規模は次第に大きくなっていった。市民は鎖のように手をつなぎ僧侶たちを守りなが共に行進した。数万人にふくれあがったデモ隊が道一杯に広がった時に、催涙ガス弾が打ち込まれ、いきなり群衆に向かって銃弾が撃ち込まれた。そして、一人の兵士が長井さんを背後から狙い撃ちした。
その数時間後、抗議するために僧院に集まった若い僧侶たちを武装兵士が襲い、一網打尽にトラックで連行していった。僧院にはおびただしい血痕と脱ぎ捨てられたオレンジ色のローブが山積みに残されていた。
1988年、民主化を要求して立ち上がったデモを軍部が鎮圧、3000人の血が流されたことを私は忘れない。軍は政権を掌握した。血塗られた政権である。
その後、1990年に軍事政府は総選挙を行ったが、政府の意に反して、選挙結果はサンスーチー女史率いる国民民主連盟が圧勝した。しかし、軍事政府は民意を無視して政権委譲せず、政権に居座った。さらに、サンスーシー女史を自宅に幽閉して、政治活動の自由を剥奪するという近代ではまれに見る異常な事態が続いている。政府関連企業や建築関係の企業はODA経済援助で潤っているにも拘らず、ビルマ国民の大多数は貧困に苦しんでいる。(日本の援助が最も多く5年間で約2000億円)そして、今回、軍事政府はガソリン料金を一挙に5倍に引き上げることを決めた。これが抗議デモの引き金になったのだ。
写真の若い僧侶たちは無事だろうか。
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by daisukepro | 2007-10-01 00:03 | クイズな人