<   2010年 11月 ( 10 )   > この月の画像一覧

  ──映画人九条の会6周年の集い──   「民主党政権の危ない防衛政策と憲法」

映画人九条の会です。
 12月3日(金)の「映画人九条の会6周年の集い」が近づいてきました。
 この集いでは、山田朗先生(明治大学教授)に、「民主党政権の危ない防衛政策と憲法」と題して記念講演をしていただきます。
 今まさに、尖閣諸島事件や北朝鮮の砲撃事件が起こり、緊張が強まり、菅政権の外交・防衛政策に批判が集中していますが、一方で菅政権は、武器輸出三原則の廃棄や、自民党の防衛政策を丸のみしたかのような「新・防衛大綱」作りに突き進んでいます。
 多くの国民が今の政治状況に危機感を持っています。「民主党政権の危ない防衛政策と憲法」と題した山田朗先生の講演はまさに時期を得たものであり、聞き逃せない講演です。
 皆さま、12月3日の「映画人九条の会6周年の集い」にぜひご参加ください。

  ──映画人九条の会6周年の集い──
  「民主党政権の危ない防衛政策と憲法」


●日時/2010年12月3日(金)18:45~20:30
●場所/東京・文京シビックセンター5階・区民会議室C
      東京都文京区春日1-16-21 電話03-3812-7111
      地下鉄丸の内線・南北線「後楽園駅」徒歩1分/都営三田線・大江戸線「春日駅」徒歩1分
●資料代/500円

●講師/山田朗・明治大学教授「民主党政権の危ない防衛政策と憲法」

■主催/映画人九条の会
**************************************
映画人九条の会
〒113-0033東京都文京区本郷2-12-9
      グランディールお茶の水301号
電話 03-5689-3970 FAX03-5689-9585
URL http://kenpo-9.net/
メール webmaster@kenpo-9.net
[PR]
by daisukepro | 2010-11-30 07:39 | お知らせ

集まったヨ!東京の「九条の会」 

恒久平和を希求する都民
3000人が「東京・九条まつり」に結集!


c0013092_11244420.jpg

[PR]
by daisukepro | 2010-11-28 11:28 | お知らせ

東シナ海、黄海、日本海「辺野古に米軍基地はいらない」

東シナ海、黄海、日本海
「辺野古に米軍基地はいらない」
未来を切り開く歴史的選挙、沖縄県知事選、明日投票日!


c0013092_05546.jpg
(地図ウイキペディアより転載)
11月24日、北朝鮮が韓国のヨンピョン島に砲撃を加えたというニュースが1面トップ記事で報道された。テレビでは軍事専門家や評論家の面々が登場し始めた。
尖閣問題で日中関係と日本のコーストガードのあり方がクローズアップされていたが、核心にせまらないまま、マスコミの関心は北朝鮮に向けられた。視聴者の目はロンドンパリ状態である。
そこで、目を落ち着かせるために上記の地図を見て欲しい。3月、韓国哨戒艦「天安」沈没事件が黄海で発生し、9月には中国漁船拿捕、船長逮捕事件が東シナ海で起こっている。これらの連続して起こる奇妙な事件はいずれも日本のレフトウイングの公海上で発生した境界線と領土問題が背景なのである。この動向を横目で見ていたロシアもメドベージェフ大統領が国後島を訪問して北方領土問題に足を突っ込み始めた。いかにもロシアらしいずる賢いやり方と思うが、「北方4島に関して、領土問題はないのだから経済問題で話し合おう」などと主張している。これに対して菅政権は外交方針を持たないために有効な反論が出来ないでいる。東シナ海、黄海、日本海の三つの海の向こうには中国、朝鮮、ロシアがあり翼をひろげた感じに日本列島が存在し、そこには米軍が常駐している。太平洋の向こう側にはアメリカが控えている格好だ。上記地図でわかるようにこれが地理的プレゼンスだ。ご存知のように横須賀軍港にアメリカ第7艦隊の原子力空母ジョージワシントンが絶えず寄港している。横須賀軍港は扇のかなめになっているのだ。沖縄には米軍基地が集中して存在している。日米同盟や沖縄の基地が戦争を防ぐ抑止力になっているなどとNHKの解説委員がしたり顔で説明しているが本当にそうだろうか。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争、米軍は日本の基地から出撃して、軍事作戦を展開してきたが、戦争を抑止するどころか日本の基地を利用して戦争をしてきたというのが真実ではないかと思う。
28日に米韓共同の軍事演習をやるために空母ワシントンはc0013092_07268.jpg24日早朝、 横須賀港を出港して黄海に向かっている。興奮して吠えているケモノの鼻先でけしかけているようなものだ。アメリカが動き回れば回るほど騒ぎが大きくなるようにみえて当たり前である。28日は沖縄知事選挙の投票日だが、どちらの候補者が知事になるかによって、アメリカ軍の戦略目標に影響が出ることは明らかである。
このプレゼンスから見ると選挙の争点になっている普天間問題は沖縄の基地負担を軽減する問題などではなく、辺野古に新しい米軍基地と軍港を建設しようという米国に同意するかどうかの問題なのである。「基地交付金がこなくなると沖縄の経済は大変なことになる」などと言いふらしている人がいるらしいがもってのほかである。
アメリカ軍は住民の合意なき基地はつくらないと言っているし、沖縄県民の合意が得られなくても、グアム島移転計画は着実にすすんでいる。辺野古に新たな基地はいらない。明日28日は日本国民の圧倒的多数の意志を表明する歴史的選挙なのだ。
[PR]
by daisukepro | 2010-11-27 00:12 | 米軍基地

登戸研究所資料館のご案内 生化学兵器、電波兵器開発、紙幣偽造など戦慄の旧陸軍秘密研究所の真実

登戸研究所資料館のご案内
生化学兵器、電波兵器開発、紙幣偽造など戦慄の旧陸軍秘密研究所の真実

登戸研究所資料館は広大な明大生田キャンパス(農学部、工学部)内にある。 今年4月にオープンしたばかりである。入館無料、旧陸軍登戸研究所第2科で使用されていた建物をリニュアールして貴重な資料を展示している。c0013092_15271989.jpg


館長は日本軍オタクとして名高い山田朗明大教授です。展示は簡潔で分かりやすい。登戸研究所の組織は1科から3科まであった。1科は電波兵器、風船爆弾など物理学を利用した兵器の開発、2科は生化学兵器、スパイ用品などの開発、3科は偽造紙幣の製造が活動内容であった。暗室の流し台などは当時使用されていたものをそのまま残してある。偽造貨幣を製造していた3科の木造建物は老朽化しているがまだ現存している。 c0013092_15281638.jpg

旧陸軍は米国の報復を恐れて、占領される前にすべての資料を廃棄したため、残された資料は少ない。引き続き資料の発掘や証言を集め資料館の展示を充実させるることが重要だ。しかし、現在の展示でもこの研究所が何を目的にして設立されたのか、戦慄の事実が充分に認識できる。戦争の史跡として貴重なものである。捕虜を細菌感染させるなどの人体実験をしたと言われている731部隊もこの秘密組織の一部に組み込まれていた。しかし、これだけの戦争犯罪の疑惑があるにも関わらず、731部隊と同じにこれらの活動関係者がなぜ免責されたのか、展示では次のように解明されている。それは研究所が徹底的な証拠隠滅を図り、占領以前に秘密組織を解散した。そのために戦後アメリカ軍が研究所の施設を接収しても何も残されていなかった。また米軍は関係者を召還して尋問したが、逆に細菌戦情報、データーの提供と引き換えに彼らを免責処分にした。その結果、登戸研究所の非人道的兵器開発の成果が米軍に引き継がれて朝鮮戦争、ベトナム戦争に活用されたのだ。石井四郎中将ら秘密組織の指導責任者は自らの命をまもるために米軍にデーターを売り渡し、二重に人類を裏切ったことになる。戦争の真実、本質を明らかにするために、徹底的な真相解明こそが求められている。

見学は団体で予約すればガイドが説明してくれる。新宿から小田急線で急行にのり向ヶ丘遊園で下車、各駅停車に乗り換えて次の停車駅生田で降りる、南口から道沿いに左折して約10分歩くと、明大生田キャンパスの裏門にでる。そこで守衛さんに資料館を尋ねると親切に教えてくれる。向ヶ丘遊園からバスを利用すると明大の正門まで200円かかる。

開館 水曜~土曜10:00~16:00
日曜10:00~16:00 (事前予約がある場合のみ)
[PR]
by daisukepro | 2010-11-21 15:29 | 観光

サヨナラ 木村京太郎

さよなら京太郎

去る、9月13日、読売広告のプロデューサー木村京太郎さんのお別れ会が赤坂のホテルで行われ、約250名が参列した。行年58歳の若さだった。既に読売広告社は退職していたが東映アニメとピエロ、読売広告の3社合同で開かれた。
式次第は読経の代わりにジャズ生演奏、献花、会食、ビデオ上映、特に親しかった友人たちの言葉、親族のあいさつでお別れ会は幕を下ろし、参列者は三々五々赤坂の街に消えて行った。

 c0013092_1743243.jpg私はフジテレビの日曜朝9時の児童番組で7年間、東映企画者として京太郎さんと一緒に仕事をした。いわゆる、アニメではない実写の子ども番組である。広告代理店の仕事はテレビ局、製作会社、スポンサーの間で共同作業が円滑にすすめられるように気配りをしなければならず、それだけでも細かい神経と図太い精神の持ち合わせていなければ勤まらない。それプラス、企画意図を実現するための発想やキャラクターイメージを具体化しなければならない。京太郎さんはこれらの仕事を軽やかにこなして行くのである。それに、今風に言えばイケメンだったので、女性が放っておかなかった。
当時、映画界は児童を対象とした番組を「ジャリ番(組)」と業界用語で呼んでいた。その番組に携わるスタッフは劇場用映画のスタッフから差別扱いされていた。そもそも、映画界はテレビそのものを電気紙芝居呼ばわりして、映画5社協定を結び、自社俳優のテレビ出演を規制していた。その時代の名残である。「ジャリ番」はローバジェットで労働条件が悪いだけでなく、30分単位で制作されるため30分もの、60分のテレビ番組、これを一時間もの、「大人番」と呼びそれからもさらに差別されていた。それだけではない。この種類の番組には常識のようなもの、大人たちの目線で見て、子どもはこうあらねばならないという保守的なルールが存在していたのである。例えば、ヒローはタバコをすわない、立ち小便はしないなどである。

幸いなことに各社から集められた企画者集団は企業の立場を超えて、すぐに仲良くなった。神々の思し召しなのか、偶然なのかは分からない。もっとも、これは私ひとりの勝手な思い過ごしかもしれないが、類は友を呼ぶということわざを思い出す。わたしたちには共通の敵がいた。私たちは会ってから三日も経たずに、このコンサバティブな掟を打破して何か分からないが新しいことをやろう、それを今時の子ども達は待っているんだという勝手な思いを共有することになった。けれども、この共有する価値観に綱領や規約のようなものはなく、話し合う中で自然と同じ方向を向くという具合に仕事をした。なので、これを規制する側に取っては難しいことだったのか、視聴率が順調に伸びるに従って映画企業の管理職から放任される結果となった。しかし、これは言うは易く、幾重にも張り巡らされた関門を通過しなければ実現しないのだ。お庭番のような方も存在していたようであった。あるゴールデンタイムの番組では現場でプロデューサーを批判しようものなら、翌日はそのスタッフが呼び出されるということが続いたので、ガセネタを流して犯人をつきとめたりしたという話が伝わってきたりした。笑えない職場だったのである。この奇妙な職場が映画会社に存在した経緯は別の機会にするが、いずれは書くことになるだろう。

当時、情熱を燃やしてジャリ番組の制作に取り組んだ仲間は、あるものは社長になり、会長になり、またあるものは常務取締役になり、さらに顧問などになった。サラリーマンとしては出世コースを歩んできた人ばかりである。
テレビ局の取締役は京太郎さんが提出した企画書とメモ書きを持参してくれた。驚くなかれ、それは数十年前、この番組の最初の企画書であった。お別れ会では回顧ビデオが上映されたが、そこで現テレビ局の常務取締役は京太郎さんと当時の番組に登場して仲良くジュエットする場面が映し出された。あいさつで「あのころの現場は活気があった。いまは情熱があまり感じられない。現場に活気と情熱を取り戻したい」と話した。番組制作の要は脚本であるが、浦沢義雄という天才ライターは忘れられない。詩人だが、脚本の構成力は抜群であった。いまでも活躍していると思う。彼の発案だと思うが「人生は2度ない3度ある」というキャッチフレーズがあった。京太郎さんもこの言葉を好んでいたという。忘れがたい京太郎さん自身の言葉としては「時代から感性がずれたら、いつでもこの仕事を辞める」「キャラクターは死なない」である。

喪主の久美子さんから参加者には音楽CDがプレゼントされた。「チェットベーカー」の物悲しいトランペットが流れてきた。なかでも、彼は「マイファニーバレンタイン」を愛していたという。私たちの思い出となった職場は大泉の東映東京撮影所の外れにあったが、私たちが退職後、建物は解体され、いまでは映画館になっている。
[PR]
by daisukepro | 2010-11-18 17:05 | サヨナラ

尖閣ビデオ問題、映像をロイター通信に公開してなぜ国民に公開しないのか。まだある、非公開映像?

尖閣ビデオ問題、映像をロイター通信に公開してなぜ国民に公開しないのか。まだある、非公開映像?
c0013092_11341672.jpgc0013092_11331142.jpg
11月7日に同好会会員から指摘があったが、報道の推移を見ていたので、これまでアップを控えていたが、蟻地獄のような報道の方向にあきれて、当時、同好会が疑問に思っていたことを報告します。皆さん、どう考えますか。早速、ロイター通信にアクセスすると、流通したと言われている44分の映像の他に2枚の静止画像がアップされていた。一枚は海上保安庁の白いボートが中国漁船に向かっている、中国漁船は遠景なので船上にいる数人の人影が中国人か保安隊員か分からないが、二枚目の画像からは中国漁船上の人物がハッキリと識別でき、海上保安隊員であることが分かる。7〜8人は乗船している。静止画像だがスチール写真ではなくビデオテープの駒から取り込んだものである。だとすると元のビデオ映像が投稿されている可能性がある。つまり、中国船を停船させ、保安隊員が乗船して、拿捕するまでの映像があるはずである。海上保安庁は120分あるとされるテープの内容を明らかにして、どこまでが外交上、捜査上の秘密なので公開できないかその理由を明確にして国民に説明すべきではないのか。画像のキャプチャーにはハッキリと海上保安庁提供と明記されていた。(REUTERS/Japan Coast Guard/Handout)真贋はともかくとしてーー。
まったく、犯人と責任者さがしに明け暮れている日本政府とマスコミの姿勢はいかがなものかと思う。
[PR]
by daisukepro | 2010-11-12 11:37 | マスコミ

尖閣沖記録ビデオYOUTUBEに流出、世界中に公開



公開されたビデオのタイトルは「尖閣侵略の真実」提供はSENGOKU38、
c0013092_926333.jpg


SENGOKU38とは仙石官房長官を揶揄したものだが、菅政権の対処に批判があるグループかもしれない。投稿者はタイトルから考えると海上保安庁内部告発か、ナショナリストのグループに属する人物か、グループと推測できるが、定かではない。政府のリークじゃないかと中国が言うかもしれない。これもよくあることだ。記者クラブ取材からぬけだせないでいるTV映像メディアが、今度は一斉にYOUTUBEからの映像を恥じらいもなく編集して放送を始めた。
せっかく、並走するシーンがあるにもかかわらず、編集して衝突するシーンばかりを流す、そして海上保安庁OBをコメンテーターとして呼ぶ。当事者を専門家にして意見を求めるのだから、どうかと思う。だから映像が流失してもしなくても同じ答えしか返ってこない。「これは明らかに意図的に衝突してますね」「ひどいですね」そして、いつものように街頭インタビューをやり、編集したビデオを見せれば「わざとぶつかってますね」「なんで、こんな乱暴なことを許していいの」てなことになる。

しかし、流出ビデオからは少なくとも次のことが見えてくる。
流出映像は巡視船の乗組員がビデオカメラから中国漁船ミンシンリョウ5179を撮影したものである。撮影は手持ちで不安定な船上からのものである。巡視船は事件があった場合はビデオ撮影をすることになっているから常備したカメラもあるとも考えられる。確認できる巡視艇は「みずき」「はてるま」「よなくに」、この3隻の艦上から乗組員が3台以上のカメラが撮影を行っている。他の巡視艇がいたかもしれないが公開されたビデオからは不明だ。「よなくに」のカメラにはもう一人の乗務員の撮影している姿が映っているから、いずれの巡視艇にも複数のビデオカメラが撮影していたと思われる。

まず、巡視船が領海内で操業中と思われる漁船を発見する。周囲の巡視船に連絡をとり、逃走できないよう漁船の周囲を少なくとも3隻で取り囲む。そして、漁船に最も接近した「よなくに」から、「ここは日本の領海内だ。臨検するから停船しなさい」と警告を発する。ここからのビデオが公開された。逃げようとする漁船を並走しながら接近する。巡視艇は漁船を停船させようと進路を遮るようにして回り込む。路上でスピード違反車を白バイが停車させるのと同じだ。明らかに「よなくに」は執拗に中国漁船と並走、回り込んでいる。このように移動する船上から回り込んで漁船を撮影(移動パン)すると漁船が巡視艇に体当たりしてくるように見えるが微妙である。漁船が臨検から逃れようとしていたことだけは疑問の余地はないが「右に舵を取れば衝突しないで逃げられるからわざとぶつかってきたことに間違ない」という説明をききながら映像をみるとそのように見えてくるものだ。衝突が目的ならば何回もぶつけることが出来たはずだが、一回ぶつけてそのまま逃走しているのだから、明らかに逃走が目的なのだ。撮影者の声「ア、本船に当てました」乗務員の「本船停止、いまの位置を確認。今の位置確認」と叫ぶ声がすべてを物語っているように思える。

11月5日の読売夕刊には衝突後、中国漁船が右方向に「よなくに」と並走しながら逃げて行く別アングルからの写真が掲載されていたので周囲に他の巡視艇がいて漁船は取り囲まれていたことが分かる。だから中国漁船はギリの所で左に舵を切ったのだ。漁船の右前方には、おそらく「はてるま」だと思われるが別の巡視船がいたのである。巡視船「よなくに」の後部をすり抜け、包囲網から脱出しようとした。それが直進した理由かもしれない。

「みずき」への接触はさらに微妙で、漁船を停船させようと進路をふさごうとして接触したと見る方が自然だ。巡視船に接触すれば公務執行妨害になるから、漁船を拿捕することが出来る。テレビでも「よなくに」「みずき」との衝突前後の場面を遠景で撮影した客観映像が流れていた。これは「はてるま」船上からのものだとしている。中国漁船を取り囲んで追跡した巡視船は4隻と伝えた報道もあった。日本テレビの中国取材で「(取り囲まれたので)逃げるために仕方なかった」と漁師達が答えていたが、この見方の方が自然ではなかろうか。

 ここまで見ると、巡視艇が中国船を拿捕している映像や領海内に他の船が何隻いたのか知りたくなるではないか。それにしても、政府が何を隠そうとしていたか、このYOUTUBE映像からは分からない。巡視艇が並走して停船警告を出したことを隠そうとしたのか、隠蔽したことが日本を利するのか、中国を利するのか、それともアメリカの影があるのか、いまもって薮の中である。

 少なくとも政府が早期にやるべきことは犯人探しではなく、記録映像を公表しなかった理由と事件そのものを説明する責任があることだけは明白だ。今後、このような事件を多発させないためには、東シナ海領域での漁船操業に関するルールを中国政府と交渉して再確認することが重要だと思う。
そうしなければ事件が起こるたびにウオルトストリートジャーナルが伝えたように日本のウルトラ右翼(石原、前原、田母神)がマスコミで跳梁跋扈して「侵略、侵略」と叫ぶだろう。真相を隠そうとする政府と大本営発表に追従した報道姿勢が結果的にはナショナリズムをあおることにならないか、疑念を感じた。
[PR]
by daisukepro | 2010-11-06 09:33 | マスコミ

古賀文子・古賀忠雄回顧展案内

古賀文子・古賀忠雄回顧展案内(其の2)
古賀文子・古賀忠雄回顧展

c0013092_9142490.jpg

会期2011 年1 月24 日(月)~29 日(土)
会場フォルム画廊3 丁目ギャラリー
出品作古賀文子:100 号1 点、他30 号以下10 数点程度
古賀忠雄:小品2~3 点

古賀文子( 1934-2004 東京生まれ)は、フォルム画廊の創設者である福島
繁太郎氏(1895-1960)に発掘された油彩画家である。この時彼女は若干23
歳であった。福島氏は日本に初めて印象派以降の近代絵画を紹介した美術評
論家である。フォルム画廊は1949 年(昭和24 年)に開設されたが、彼女は
1957 年(昭和32 年)から2002 年(平成14 年) までにこの画廊で13 回の
個展を開催し、1997 年(平成9 年)フォルムアンコール展にも選抜された。
一方、公募展に於ける彼女の代表作には「秋のコレクション」がある。こ
の作品は文部省の手を離れ新生の気風にあった1958 年(昭和33 年)の第1
回日展で特選候補になったものである。
「秋のコレクション」(1958 年、190 × 130)
新生第1 回日展出品作。現存しない。この作品には以降の作品にさ
らに顕著に現れる逆遠近法の傾向が見られる。しかし、当時彼女は
その技法が東方正教会のイコン画にあることを知らなかった。
次に引用するのは、1960 年(昭和35 年)11 月10 に毎日新聞朝刊掲載の
土方定一氏による第3 回日展(洋画部の)評である。
孤立した作家
日本画の会場から洋画の会場にはいって驚くことは、ここでも同じよ
うに、べったりと横にのびている作品が多いことである。これはわず
かな間隔でべったり並べられている展示方法にもよるが、これらの作
品がひとつの画面として独立した世界をもって孤立していないからで
あろう。そして、会場を歩いていて感ずることは、個々の作家のちが
いはあるが、組織的に分けてみたらせいぜい五、六のグループに分け
られ、五、六人の作家が描いたとしても、それほど不思議には思わな
いのではなかろうか。題材の変化はあっても、作家の絵画的映像はそ
れほど変化がないことである。例によって、森田元子のかっ色の色調
のなかの朱の裸婦、ここのところの単純化した画面につやを加えてい
る小絲源太郎など、孤立した作家がめだってくる。新道繁のやわらか
な色感のある作品、古賀文子の「秋の花と海草」などの静物といった、
日展会場ではめだたない作品がかえって印象に残ることになる。
日展は、はじめからこのようだったのか、民営化から3 年たって再び官展
の気風に戻ったのか。少なくともその会場にはこの国における1960 年とい
う社会の空気は、流れ込んで来なかったのである。
古賀文子は自分の作品については、いくら人に促されようと決して語るこ
とはなかった。そればかりか、自分の描いたものに対して説明をしないこと
についても説明しなかった。1973 年(昭和48 年)、一水会を脱会し、1977
年(昭和52 年)には日展洋画選抜展に選ばれながらも、日展も離れる。彼
女は作品への感触を直接に伝えることできる個展のみを通じて作品を発表す
る道を選んだのであろう。
こうして極く狭い範囲の鑑賞者を選んだ彼女の作品は、国際的には通用し
たであろうか。彼女の作品が海外で展示されることはなかった。しかし、京
都在住時代(1961-1966)、外国人観光客を相手にする画商たちからの注文が
多かった。ハリウッド俳優のユル・ブリンナーが売約済みの絵をどうしても
欲しいとごねていた事もあったとか。
※ 次回(其の3)は展示作品の紹介を致します。
2
[PR]
by daisukepro | 2010-11-05 09:15 | お知らせ

古賀文子、古賀忠雄回顧展のお知らせ

古賀文子・古賀忠雄回顧展案内(其の1)
古賀文子・古賀忠雄回顧展

c0013092_11385754.jpg
会期2011 年1 月24 日(月)~29 日(土)
会場フォルム画廊3 丁目ギャラリー
出品作古賀文子:100 号1 点、他30 号以下10 数点程度
古賀忠雄:小品2~3 点

父、古賀忠雄(1903-1979 佐賀生まれ)は2 歳にして父を亡くしていたと
いう。地元に有田・鍋島・唐津の窯場がある関係から、父親代わりの兄から
やきものの絵付けを職とするよう申し渡されていたのであるが、本人は東京
美術学校(現在の東京芸術大学)を目指し彫刻家になることを希望した。
彼の作品の中でよく展示されるものは、「愛と心」と謳った、母子、少女や、
猫、鳥鶏など、身近な小動物、牛、仏像などの諸作品である。
「草原を行く」(1974 年、50 × 15.5 × 30.5)
骨董屋から見付けて来た収集家がテレビの「なんでも鑑定団」に出
して大当たりとなり、注目を集めた牛の彫刻と同型の作品。今回展
示される。
しかしながら、彼が官展に於ける地位をゆるぎないものにしたのは、何と
いっても、1940 年(昭和15 年)紀元二千六百年奉祝展作品「新鉱開発」、
翌年の国民総力決戦美術展に於ける受賞作品「独立ビルマ」である。1943 年
(昭和18 年)帝國芸術院賞受賞作品「建つ大東亜」は、同時受賞の宮本三郎
作品「山下・パーシバル両司令官会見図」と共に、戦争中の芸術家の戦意高
揚の二大作品だと言えるだろう。この時期の古賀忠雄の作品は筋骨逞しい労
働者などの男性像ばかりである。
一体、彼には、転向、そして敗戦後の最転向、という意識はあったのだろ
うか。この世代の多くは黙して語らないから、知る由もない。ただ、彼が究
極的に行き着いた世界の手がかりは、彼にはイデオロギー的な思考は全くな
いにも拘わらず、特高警察に捕らえらる以前の武谷三男と親交があったこと
だ。物理学者であり、思想家でもあった武谷の語る芸術論は、平たく言えば、
「アリストテレスよりも身辺の世界に目を向けよ」と言うことだ。芸術家は大
衆には作品でのみ答えあまり語ることはしないが、この頃のふたりの会話は
想像できそうである。
※ 次回(其の2)は古賀文子の紹介を致します。
[PR]
by daisukepro | 2010-11-04 11:41 | お知らせ

尖閣沖記録ビデオ、非公開の公開の疑問

c0013092_2302915.jpg尖閣沖記録ビデオ、非公開の公開の疑問

11月1日午前、衆参両院の理事ら特定の国会議員に尖閣沖ビデオが公開された。
(尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件のビデオを見るために集まった衆参両院の予算委員会理事ら=1日午前、東京・永田町、竹谷俊之撮影)
新聞報道などによると中国漁船が巡視船に衝突する模様が録画されていた。海上保安庁の巡視船「よなくに」、「みずき」に向かって中国漁船が停船命令を無視して衝突する前後のシーンが上映されたという。公明党国会議員が「巡視船が中国漁船を拿捕する強行接舷の場面を見たい」と質問すると海上保安庁長官が「みせられない、相手に手の内を見せることになる」(朝日新聞)と拒否したと伝えられている。勿論、一般公開はしないのでテレビ報道では視聴した国会議員らの証言に基づいてCG画像を作成して説明していた。
しかし、海上保安庁が恣意的に編集した映像を公開しても真相は不透明なので公開したことにならない。常識的に言って、公開を求めるのは真相が知りたいからである。
事件は必ず、きっかけがあって、行為があって、結末があるものだ。中国船がいきなり衝突や追突は出来ない。そこに至る原因があるはずだ。編集するなら少なくとも巡視艇が並走、警告、停船命令、衝突、拿捕という過程をピックアップして公開しなければ事件の真相は分からない。東シナ海で漁船が操業する場合のルールがあったはずである。
中国漁船側にも停船命令に応じられない理由があったかもしれない。このやり方の公開では真相は薮に中である。見えない所に真相は隠されている。メディアがそこを追求する姿勢は見えてこない。
このような真相を隠そうとする政府と大本営発表に追従した報道が結果的にはナショナリズムをあおることにならないか、疑念を感じた。
[PR]
by daisukepro | 2010-11-03 23:02 | 政治