<   2013年 01月 ( 11 )   > この月の画像一覧

初雪、最後の希望

初雪、最後の希望

最後の望みとみるか、雪解け遠からじと思うか。
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by daisukepro | 2013-01-27 10:02 | 有路地の出来事

成瀬巳喜男 - 君と別れて/Mikio Naruse - Apart from You(1933)

成瀬巳喜男 - 君と別れて

/Mikio Naruse - Apart from You(1933)



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by daisukepro | 2013-01-26 19:51 | 映画

成瀬巳喜男 - 腰弁頑張れ/Mikio Naruse - Flunky, Work Hard!(1931)


成瀬巳喜男 - 腰弁頑張れ

/Mikio Naruse - Flunky, Work Hard!(1931)
成瀬監督は「小津は二人いらない」といわれた。こっちも「生まれては見たけれど」に劣らないできばえだ。志賀直哉と林芙美子はどちらも偉大な作家だ。比べる方がどうかしてる。好き嫌いなら成瀬監督を選ぶね。好きずきだからなんとでも言える。


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by daisukepro | 2013-01-26 19:21 | 映画

成瀬巳喜男 - 限りなき舗道/Mikio Naruse - Street Without End(1934)

成瀬巳喜男 - 限りなき舗道/Mikio Naruse - Street Without End(1934)

「小さい頃からの、世の中は裏切るものだという考えが、まだ残っている」(成瀬巳喜男)


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by daisukepro | 2013-01-26 08:15 | 映画

成瀬巳喜男 - 夜ごとの夢/Mikio Naruse - Every-Night Dreams(1933)

成瀬巳喜男 - 夜ごとの夢

/Mikio Naruse - Every-Night Dreams(1933)




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by daisukepro | 2013-01-25 10:41 | 映画

百翁のデジカメ散歩

c0013092_12544979.jpg百翁のデジカメ散歩




顔は知らない。30年間、毎週一回はお住まいの前を通る。
ある日、軒先に私製のポスターが貼り出されているのに気がついた。それがこの写真である。センターに黒柳徹子の写真が配置され、無数のデジカメ写真が取り囲んでいる。タイトルはデジカメ散歩、ことしも…デジカメをつづけます…いのちのかぎり…とメーセージがあり、最後に赤字で2013.1と日付、そして百翁と署名してあった。散歩の道すがら目についた花々、都電、猫などが愛しむように撮影されている。卒塔婆の写真から護国寺や雑司ヶ谷の墓所が散歩のコースであることが分かる。横断歩道の白いストライプスを横切るように長くのびた黒い影が唯一の自画像である。
学生時代にLiaison d'etreという言葉がは流行っていたなあ。サルトルか何かの哲学用語で何が存在を規定するかという意味で使われていたような気がする。実存主義も遠くなりにけり、小説家大江健三郎のみ脱原発デモの先頭に立っている。
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by daisukepro | 2013-01-19 12:56 | 有路地の出来事

NO OSPTREY 東京集会

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NO OSPREY1月27日
東京集会


沖縄直訴
 首都圏は代々木集会と官邸直訴成功させ
 地方でも安保ノー、防衛軍のー、憲法擁護結合して行動起こそう!

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by daisukepro | 2013-01-18 23:52 | お知らせ

「原発と人権」ネットワーク発足

「原発と人権」ネットワーク発足
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by daisukepro | 2013-01-17 11:44 | お知らせ

JCJ三月集会「安倍ブラック政権の正体」のご案内

「安倍ブラック政権の正体」
jcj三月集会 
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by daisukepro | 2013-01-16 09:04 | お知らせ

さんもーる大塚の苦難

ああ、愛しの「さんもーる大塚」
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 商店街「さんもーる大塚」は山手線JR大塚駅で下車、南口を出ると丘陵の北側斜面に扇型に広がっている。駅前広場を都電荒川線が弧を描いて路面を走って早稲田方面に向かっている。商店はなだらかな斜面に犇めくように立っていてそれぞれが暮らして来た。かつては映画館も3館あった。息子たちが始めてスクリーンを見て「大きなテレビだな」と言ったのも懐かしい。映画館は日本映画と洋画興行で住み分けていたが、大塚鈴本キネマと大塚名画座が焼き肉、居酒屋などが入った雑居ビル、大塚ヒロキ映画劇場がパンチンコ店に様変わりした。大塚駅の高架線の下がレンガ造りのトンネルになっていて、そこが都電大塚駅の発着所であり,立体交差していた。画学生がよくイーゼルをたて油絵を描いていたものである。

 JR高架沿いに三業地の料亭や芸者の置屋などが巣鴨近くまで軒を連ねている。「さんもーる大塚」の中に天祖神社があり、その周辺は牧場で牛が鳴いていたという。もっとも、これは明治大正のこと、かなり前の事だから想像もつかない。隣の池袋には西武,東武という大型デパート、大型量販店が林立している。西武鉄道、東武鉄道が乗り入れ地下鉄丸ノ内線、副都心線、有楽町線が地下を走り、東京でも一二を争う巨大ターミナル駅に化けた。バスと路面電車と山手線しかない大塚とはえらい違いだ。
池袋周辺の古い木造モルタルのアパートが老朽化しては次々と解体されて姿を消して行く。近ごろは高層マンションが立ち並び、消えたのは建物だけでなく人情風情もシャボン玉のごとく空に消えいて行った。大塚とは格差が広がるばかりである。
 オレは新宿に用事がある時は大塚駅まで歩いた。さんぽーる大塚の商店が立ち並ぶ坂道を抜け,鳥居をくぐると駅前広場になる。通りがかりにすぎないが、いろいろな事件に出会ったりした。ある日の昼下がりのことである。商店街の出口付近で左側の店から、突然、小柄な男が飛び出してオレの左脇を駆け抜けた。初老の男が追いかけて来て叫んだ。「まてえー」「逃げてもダメ、待ちなさい」小柄な男は身を反らせて路地を右折し、息をぜいぜい言わせながら追跡者も男を追って曲がっていった。店の中をのぞくとタバコ類が乱雑に積まれていて開店前のタバコ屋のようだった。もちろん、店の中は誰もいなかった。
「万引きかな」
 山手線内回りの電車に飛び乗ると車窓から広場の向こうに「さんもーる大塚」の商店街がみえた。目撃した追跡劇が微笑ましく、いつまでも脳裏にのこり、この道を通るたびに思い出した。

 正月、散歩がてら鳥居のところまできた。考え事に熱中していたので、ふと見上げてオレは土肝を抜かれた。怪獣が白い歯をみせてオレを飲み込もうとしているではないか。近づいて見上げる。頭に二本のオレンジ色の角を生やした怪獣がいた。オレは頭上からのしかかってくるように感じた。「さんもーる大塚」がのみ込まれるのではないかと思った。しかしそれは改築中の大塚駅ビルであった。二本の大型クレーンが夕日に光っていた。大塚駅周辺の風情も消滅するのではないかという予感に震えた。




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by daisukepro | 2013-01-04 21:23 | 裏路地の怪人