<   2013年 08月 ( 6 )   > この月の画像一覧

2013年度JCJ賞受賞者のスピーチ集

2013年度JCJ賞

c0013092_20554345.jpg

この画像をクリックすると全受賞者のスピーチが視聴で来ます。span style="line-height:1.4;">
●大賞は該当なし●
〔JCJ賞〕 「標的の村~国に訴えられた東村・高江の住民たち~」
 〔受賞者〕 琉球朝日放送
 オスプレイ普天間基地配備強行に反対する沖縄県民の闘いを、国に〝標的〟にされた東村・高江地区の安次嶺現達さん一家を軸に描いたテレビドキュメンタリーである。普天間基地を完全封鎖した県民の歴史的な闘いを、5年8か月にわたる長期取材をもとに構成し、米安保体制に対する沖縄県民の怒りが限界を超え、爆発寸前の状況にある現実を抉り出し、告発した。
(2012年12月1日16:00~16:55)

〔JCJ賞〕 シリーズ東日本大震災「空白の初期被ばく~消えたヨウ素131を追う~」
 〔受賞者〕 NHKスペシャル取材班
 東電福島第一原発事故から早くも2年以上が過ぎた。爆発で放出された放射性物質のうち半減期8日のヨウ素131は、子どもの甲状腺ガンとの因果関係が科学的に立証されている。番組は、全国各地の科学者たちが住民の切実な要望にこたえようと、被ばくの実情やヨウ素拡散の正確な実態把握に取り組む姿を描き、放射性物質の危険性をあらためて伝えた。
(2013年1月12日21:00~21:50)

〔JCJ賞〕 新聞連載企画「原子力 負の遺産 核のごみどこへ」
 〔受賞者〕 北海道新聞取材班
 原発問題でも極めて深刻な「核のゴミ」問題に、多角・広範囲の取材と長期の連載で挑んだ。10万年以上の密閉が不可欠な「核のゴミ」を人類がどう取り扱っていくのか。核のごみや核燃料サイクル政策、放射能汚染などをテーマに、丹念で広範囲の取材で現状を浮き彫りにし、問題の所在を的確に伝えた。
(2012年4月から13年2月まで、第1部から第6部にわたり朝刊1面で連載)

〔JCJ賞〕 『ルポ イチエフ 福島第一原発 レベル7の現場』(岩波書店)
 〔受賞者〕 布施祐仁
 フリーライターの布施氏が、2011年3月の福島第一原発事故後、15回も福島に足を運び、事故処理に駆り出された労働者の過酷な実態を克明に描いた。「イチエフ」とは、福島第一原発の現場作業員たちの呼称。本書は7次に及ぶ下請け、孫請け労働者に粘り強く取材し、重い口を開かせている。過酷な労働条件のもと、労災事故の実態、日当や危険手当のピンハネなど命と引き替えに過酷な現場で「復旧」に当たっている労働者の実態を告発する。
(岩波書店 2012年9月27日刊)

〔JCJ賞〕 写真集『福島 FUKUSHIMA 土と生きる』(藤原書店)
 〔受賞者〕 大石芳野
 戦争や内乱、苦悩の中でも生き抜く人々を撮り続ける著者が2012年12月までの約1年半、福島の現地に通いつめ、取材・対話を繰り返して「土」を奪われた福島の人々の生を切り取った。約230枚の写真は、原発事故の非情さ、被災者の苦悩そしてその中から生まれる未来への希望の種をも写している。著者が「土と共に生きる人たち、染みついた放射能に抗い格闘を続ける福島の人たちと問題を共有し」あった記録である。
(藤原書店 2013年1月30日刊)

〔特別賞〕 相馬高校放送局の高校生たちが3・11大震災後に取り組む活動
 〔受賞者〕 相馬高校放送局
 3・11後の福島には、現代日本の矛盾が凝縮されている。原発事故や放射能について自由に語り話し合うことがタブーとされている。相馬高校放送局の生徒たちは音声・映像、演劇などの作品群を通して、その「禁」を打ち破った。「安全」「収束」の声に疑問をなげかけ、社会的現実を討論し見極め、今言わなければならないことを、心の奥底の不安、怒りとして表出した。日本の高校生の可能性を示す言論活動として評価される。

 
[PR]
by daisukepro | 2013-08-24 20:54 | マスコミ

JCJ8月集会での内藤功弁護士­の記念講演

2013年8月10日に行われたJCJ8月集会での内藤功弁護士­の記念講演です。1時間7分ですが憲法をめぐるせめぎ合いの中で­どう憲法を武器に闘うか。実戦を踏まえた貴重な講演です。
http://www.youtube.com/user/FmATVch

c0013092_22402720.jpg
c0013092_2238407.jpg

[PR]
by daisukepro | 2013-08-13 22:41 | 憲法

長崎市長平和宣言〈全文〉 長崎原爆の日

長崎市長平和宣言〈全文〉 長崎原爆の日

平和宣言を読み上げる田上富久長崎市長=9日午前11時4分、長崎市の平和公園、池田良撮影
[PR]

 68年前の今日、このまちの上空にアメリカの爆撃機が一発の原子爆弾を投下しました。熱線、爆風、放射線の威力は凄(すさ)まじく、直後から起こった火災は一昼夜続きました。人々が暮らしていたまちは一瞬で廃虚となり、24万人の市民のうち15万人が傷つき、そのうち7万4千人の方々が命を奪われました。生き残った被爆者は、68年たった今もなお、放射線による白血病やがん発病への不安、そして深い心の傷を抱え続けています。

長崎原爆の日「原点に返れ」首相あいさつ〈全文〉
 このむごい兵器をつくったのは人間です。広島と長崎で、二度までも使ったのも人間です。核実験を繰り返し地球を汚染し続けているのも人間です。人間はこれまで数々の過ちを犯してきました。だからこそ忘れてはならない過去の誓いを、立ち返るべき原点を、折にふれ確かめなければなりません。

 日本政府に、被爆国としての原点に返ることを求めます。

 今年4月、ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で提出された核兵器の非人道性を訴える共同声明に、80カ国が賛同しました。南アフリカなどの提案国は、わが国にも賛同の署名を求めました。

 しかし、日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました。人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。これは二度と、世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します。

 インドとの原子力協定交渉の再開についても同じです。

 NPTに加盟せず核保有したインドへの原子力協力は、核兵器保有国をこれ以上増やさないためのルールを定めたNPTを形骸化することになります。NPTを脱退して核保有をめざす北朝鮮などの動きを正当化する口実を与え、朝鮮半島の非核化の妨げにもなります。

 日本政府には、被爆国としての原点に返ることを求めます。

 非核三原則の法制化への取り組み、北東アジア非核兵器地帯検討の呼びかけなど、被爆国としてのリーダーシップを具体的な行動に移すことを求めます。

 核兵器保有国には、NPTの中で核軍縮への誠実な努力義務が課されています。これは世界に対する約束です。

 2009年4月、アメリカのオバマ大統領はプラハで「核兵器のない世界」を目指す決意を示しました。今年6月にはベルリンで、「核兵器が存在する限り、私たちは真に安全ではない」と述べ、さらなる核軍縮に取り組むことを明らかにしました。被爆地はオバマ大統領の姿勢を支持します。

 しかし、世界には今も1万7千発以上の核弾頭が存在し、その90%以上がアメリカとロシアのものです。オバマ大統領、プーチン大統領、もっと早く、もっと大胆に核弾頭の削減に取り組んでください。「核兵器のない世界」を遠い夢とするのではなく、人間が早急に解決すべき課題として、核兵器の廃絶に取り組み、世界との約束を果たすべきです。

 核兵器のない世界の実現を、国のリーダーだけにまかせるのではなく、市民社会を構成する私たち一人ひとりにもできることがあります。

 「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起(おこ)ることのないやうにする」という日本国憲法前文には、平和を希求するという日本国民の固い決意がこめられています。かつて戦争が多くの人の命を奪い、心と体を深く傷つけた事実を、戦争がもたらした数々のむごい光景を、決して忘れない、決して繰り返さない、という平和希求の原点を忘れないためには、戦争体験、被爆体験を語り継ぐことが不可欠です。

 若い世代の皆さん、被爆者の声を聞いたことがありますか。「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウオー、ノーモア・ヒバクシャ」と叫ぶ声を。

 あなた方は被爆者の声を直接聞くことができる最後の世代です。68年前、原子雲の下で何があったのか。なぜ被爆者は未来のために身を削りながら核兵器廃絶を訴え続けるのか。被爆者の声に耳を傾けてみてください。そして、あなたが住む世界、あなたの子どもたちが生きる未来に核兵器が存在していいのか。考えてみてください。互いに話し合ってみてください。あなたたちこそが未来なのです。

 地域の市民としてできることもあります。わが国では自治体の90%近くが非核宣言をしています。非核宣言は、核兵器の犠牲者になることを拒み、平和を求める市民の決意を示すものです。宣言をした自治体でつくる日本非核宣言自治体協議会は今月、設立30周年を迎えました。皆さんが宣言を行動に移そうとするときは、協議会も、被爆地も、仲間として力をお貸しします。

 長崎では、今年11月、「第5回核兵器廃絶―地球市民集会ナガサキ」を開催します。市民の力で、核兵器廃絶を被爆地から世界へ発信します。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故は、未(いま)だ収束せず、放射能の被害は拡大しています。多くの方々が平穏な日々を突然奪われたうえ、将来の見通しが立たない暮らしを強いられています。長崎は、福島の一日も早い復興を願い、応援していきます。

 先月、核兵器廃絶を訴え、被爆者援護の充実に力を尽くしてきた山口仙二さんが亡くなられました。被爆者はいよいよ少なくなり、平均年齢は78歳を超えました。高齢化する被爆者の援護の充実をあらためて求めます。

 原子爆弾により亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げ、広島市と協力して核兵器のない世界の実現に努力し続けることをここに宣言します。

 2013年(平成25年)8月9日

長崎市長 田上富久
[PR]
by daisukepro | 2013-08-10 09:47 | 核廃絶

「あの日」から68年目の朝が巡ってきました。松井 一實 広島市長の挨拶 

「あの日」から68年目の朝が巡ってきました。
c0013092_215568.jpg


 1945年8月6日午前8時15分、一発の原子爆弾によりその全てを消し去られた家族がいます。「無事、男の子を出産して、家族みんなで祝っているちょうどその時、原爆が炸裂(さくれつ)。無情にも喜びと希望が、新しい『生命(いのち)』とともに一瞬にして消え去ってしまいました。」

 幼くして家族を奪われ、辛うじて生き延びた原爆孤児がいます。苦難と孤独、病に耐えながら生き、生涯を通じ家族を持てず、孤老となった被爆者。

「生きていてよかったと思うことは一度もなかった。」と長年にわたる塗炭(とたん)の苦しみを振り返り、深い傷跡は今も消えることはありません。

 生後8か月で被爆し、差別や偏見に苦しめられた女性もいます。その女性は、結婚はしたものの1か月後、被爆者健康手帳を持っていることを知った途端、優しかった義母に「『あんたー、被爆しとるんねー、被爆した嫁はいらん、すぐ出て行けー。』と離婚させられました。」放射線の恐怖は、時に、人間の醜さや残忍さを引き出し、謂(いわ)れのない風評によって、結婚や就職、出産という人生の節目節目で、多くの被爆者を苦しめてきました。

 無差別に罪もない多くの市民の命を奪い、人々の人生をも一変させ、また、終生にわたり心身を苛(さ いな)み続ける原爆は、非人道兵器の極みであり「絶対悪」です。原爆の地獄を知る被爆者は、その「絶対悪」に挑んできています。

 辛く厳しい境遇の中で、被爆者は、怒りや憎しみ、悲しみなど様々な感情と葛藤(かっとう)し続けてきました。後障害に苦しみ、「健康が欲しい。人並みの健康を下さい。」と何度も涙する中で、自らが悲惨な体験をしたからこそ、ほかの誰も「私のような残酷な目にあわせてはならない。」と考えるようになってきました。被爆当時14歳の男性は訴えます。「地球を愛し、人々を愛する気持ちを世界の人々が共有するならば戦争を避けることは決して夢ではない。」

 被爆者は平均年齢が78歳を超えた今も、平和への思いを訴え続け、世界の人々が、その思いを共有し、進むべき道を正しく選択するよう願っています。私たちは苦しみや悲しみを乗り越えてきた多くの被爆者の願いに応え、核兵器廃絶に取り組むための原動力とならねばなりません。

 そのために、広島市は、平和市長会議を構成する5,700を超える加盟都市とともに、国連や志を同じくするNGOなどと連携して、2020年までの核兵器廃絶をめざし、核兵器禁止条約の早期実現に全力を尽くします。

 世界の為政者の皆さん、いつまで、疑心暗鬼に陥っているのですか。威嚇によって国の安全を守り続けることができると思っているのですか。広島を訪れ、被爆者の思いに接し、過去にとらわれず人類の未来を見据えて、信頼と対話に基づく安全保障体制への転換を決断すべきではないですか。ヒロシマは、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する地であると同時に、人類の進むべき道を示す地でもあります。また、北東アジアの平和と安定を考えるとき、北朝鮮の非核化と北東アジアにおける非核兵器地帯の創設に向けた関係国の更なる努力が不可欠です。

 今、核兵器の非人道性を踏まえ、その廃絶を訴える国が着実に増加してきています。また、米国のオバマ大統領は核兵器の追加削減交渉をロシアに呼び掛け、核軍縮の決意を表明しました。そうした中、日本政府が進めているインドとの原子力協定交渉は、良好な経済関係の構築に役立つとしても、核兵器を廃絶する上では障害となりかねません。ヒロシマは、日本政府が核兵器廃絶をめざす国々との連携を強化することを求めます。そして、来年春に広島で開催され る「軍縮・不拡散イニシアティブ」外相会合においては、NPT体制の堅持・強化を先導する役割を果たしていただきたい。また、国内外の被爆者の高齢化は着実に進んでいます。被爆者や黒い雨体験者の実態に応じた支援策の充実や「黒い雨降雨地域」の拡大を引き続き要請します。

 この夏も、東日本では大震災や原発事故の影響に苦しみながら故郷の再生に向けた懸命な努力が続いています。復興の困難を知る広島市民は被災者の皆さんの思いに寄り添い、応援し続けます。そして、日本政府が国民の暮らしと安全を最優先にした責任あるエネルギー政策を早期に構築し、実行することを強く求めます。

 私たちは、改めてここに68年間の先人の努力に思いを致し、「絶対悪」である核兵器の廃絶と平和な世 界の実現に向け力を尽くすことを誓い、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げます。

 平成25年(2013年)8月6日
 広島市長 松井 一實
[PR]
by daisukepro | 2013-08-08 20:54 | 憲法

8月10日・JCJ8月集会=JCJ賞贈賞式のお知らせ

【8月10日・JCJ8月集会=JCJ賞贈賞式のお知らせ】
日本ジャーナリスト会議は毎年夏に、優れたジャーナリズム活動を行った新聞やテレビ、出版関係のジャーナリスト・団体を表彰しています。
2013年度は福島県の相馬高校放送局の高校生らにJCJ特別賞を贈ることになりました。
生徒たちは演劇などを通じて、「原発」のことを自由に語れない問題などを投げかけ、原発事故が収束していない危険性を訴えてきました。
1958年度に創設されたJCJ賞で高校生が受賞するのは初めてです。

ほかに、
琉球朝日放送のテレビドキュメンタリー「標的の村~国に訴えられた東村・高江の住民たち」
NHKスペシャル・シリーズ東日本大震災「空白の初期被ばく~消えたヨウ素131を追う~」
北海道新聞連載企画「原子力 負の遺産 核のごみどこへ」
布施祐仁氏の「ルポイチエフ 福島第一原発レベル7の現場」(岩波書店)
大石芳野氏の写真集「福島FUKUSHIMA 土と生きる」(藤原書店)
の5作品がJCJ賞に選ばれました。

当日は会場で各受賞者からスピーチがあります。相馬の高校生も来ます。
現状報告や取材の苦労などが語られる予定です。
この8月集会は広く開かれた場で、学生や市民も含め、どなたでも参加できます。
◎JCJ8月集会・2013年度日本ジャーナリスト会議賞の贈賞式
日時:8月10日(土)午後1時から
場所:プレスセンターホール
    (東京都千代田区内幸町2-2-1日本プレスセンタービル10階)
     最寄は地下鉄・内幸町か霞ヶ関駅
記念講演:「憲法を語る」 弁護士・内藤功さん
参加費:1000円(学生500円、高校生以下は無料) 予約は不要です
主催:日本ジャーナリスト会議(JCJ)
    電話03・3291・6475
    メール jcj@tky.3web.ne.jp



c0013092_1582734.jpg
c0013092_158661.jpg

[PR]
by daisukepro | 2013-08-07 15:09 | マスコミ

降旗監督の最新作「少年H」を見る

 東宝本社の試写室で降旗監督の最新作をみました。c0013092_16513379.jpg
(写真をクリックするだけで監督少年Hを語るが見られます。)→
妹尾河童の自伝的長編小説『少年H』を映画化したものである。8月10日から東宝系で全国上映される。約1年の歳月をかけて制作された日本映画の大作の部類に属する。
 東京大空襲の7日後、3月17日未明、神戸は焼夷弾による無差別絨毯爆撃を受け、市中心部の西半分が壊滅した。爆撃ターゲット地域を囲むように爆撃、退路を断ってから絨毯爆撃を行うとい残虐なミッションであった。ジェノサイドである。計画は日本全土の主要都市で実行された。
 少年Hの家族も逃げ惑い、雨あられのごとく降り注ぐ焼夷弾爆撃の中を奇跡的に生き延びたのである。リアルに再現された空襲シーンはCG技法が駆使され、見応えがある。
再び戦争を起こしてはならないというスタッフキャストの思いが伝わってくる秀作である。
 映画のストーリを語ることは鑑賞の妨げになるので話せませんが、大型TVで見るよりこのような映画は劇場で見る方がいいでしょ!(父兄同伴の小学校生は無料にして欲しいものですね)
降旗監督、最新作「少年H」を語るというネットTV(自由メディア)が配信中です。映画公開前後にこのトークショーをご覧いただけると映画の魅力が倍増することうけあいです。
アドレス→
target="_blank">http://www.ustream.tv/recorded/36831151
http://www.youtube.com/user/FmATVch
[PR]
by daisukepro | 2013-08-05 16:41 | 映画