沖縄ノート(1)「基地依存」という誤解と蔑視 

坂本陸郎(JCJ運営委員;広告支部会員)

沖縄ノート(1)「基地依存」という誤解と蔑視 17/03/29

(本稿は主に安田浩一著『沖縄の新聞は本当に偏向しているのか』を資料とし綴ったものです。その他の著書からも引用しながら連載の予定です)

デマゴギー
 事実を歪める情報がネット上で散乱し、誤解と偏見を生んいる。それらが沖縄を理解するうえで、国民に影響を及ぼしてはいないだろうか。
 例えば、「基地の地主は年収何千万円なんですよ。みんな六本木ヒルズとかに住んでいる。基地がなくなると、お金が無くなるから困る。沖縄はそれでも本当に基地被害者なのか」といった著名人のまことしやかな発言内容がブログやネットで流れている。
 かと思えば、辺野古で新基地建設に抗議する人々に対して、「朝から酒を飲み、日当2万円をもらっている」という、とんでもないデマがまかり通る。さては、「米軍普天間飛行場は、もともと田んぼの中にあり、周りには何もなかった。基地ができると商売になると、基地の周りに人が住み出した」といった事実を歪めるものもあり、「辺野古基金には、中国からの工作資金が基地建設妨害勢力に流れている」といった荒唐無稽なものもある。
 これらの、米軍基地建設に反対する沖縄県民に向けられたデマゴギーが、沖縄県民のみならず、本土の国民の正しい理解を妨げている。

「基地依存」
 そのひとつが、「沖縄は基地がなければやっていけない」といった言説である。基地なしには沖縄の経済は成り立たないというものなのだが、果たして、そうだろうか。
 沖縄県の調べによれば、軍用地料、基地雇用者収入など基地関連収入の割合(基地依存度)は、現在わずか5%に過ぎない。たしかに、本土の高度経済成長と切り離されていた72年の復帰直後の依存度は15,5%だったが、その後は年々、依存度は低下している。
沖縄観光コンベンションビューロー会長で、沖縄きってのホテル業大手「かりゆしグループ」CEOの平良朝敬氏がこのように語っている。
 「基地の存在こそが、沖縄経済にとっては阻害要因だ。そもそも沖縄が米軍基地を誘致したわけでもない。“銃剣とブルトーザーで土地を奪って基地がつくられた。そうであるのに、”沖縄は基地で食っている“などという物言いが飛び出すところに、誤解というよりも、沖縄への蔑視が感じられます」。
続けて、「沖縄経済の市場規模は年間4兆円、そのうち基地関連収入は約2千億円です。全体から見れば、基地関連収入はさほど大きな額でもなく、当然ながら、それは沖縄が食っていけるだけの規模でもない。さらに、観光産業から見れば、非常に魅力的場所に米軍基地が集中している。これは実にもったいないことなんですよ。雇用も利益も生み出すことのできる場所に基地が存在することで、ビジネスチャンスを失っている」。

ビジネスチヤンス
 基地は経済発展の阻害要因だと平良氏は言う。では、基地が撤去されれば、どうなるのだろうか。
 平良氏は、2015年4月に返還された北中城村跡の大規模ショッピングモール「イオンライカム」を例として挙げている。
 ここでは、米軍の専用ゴルフ場だった跡地17万5千平方メートルに、県内最大の商業施設が建設され、大型スーパーをはじめ、220店舗が軒を連ね、複合型映画館も備わり、南国沖縄らしいリゾートの雰囲気が演出され、地元の買い物客だけでなく、内外から訪れる観光客にとっても名所の一つとなっている。
そこでは、米軍のゴルフ場だった以前に比べると、雇用は飛躍的に増大した。ゴルフ施設では日本人は38人しか雇用されていなかったのに、現在そこで働く人は約3千人である。集客数も、2016年には予想を100万人上回る1300万人となった。
 米軍の施設が返還されてのち一変したのは、この北中城村跡地だけではない。1987年に全面返還された那覇市の米軍牧港住宅跡地の「新都心地区」では、高層マンション、ホテル、それに県や国の出先機関、博物館、展示館、商業施設が立ち並び、そこは大都市の景観を呈するまでになっている。しかも、返還後の経済規模は、返還前の年間57億円から1624億円へと、約28倍に増大し、雇用も485人から1万6475人へと、約34倍となっている。平良氏は、新基地建設で揺れる辺野古にも、大型リゾート施設ができれば、数千人の雇用と数百億円の経済効果が期待できると語っている。

平和産業
 「観光は究極の平和産業だ」と、常々語る平良氏は、東京で大学生だったころ、神奈川県の湘南海岸を見た時、観光資源なら、沖縄は日本のどこにも負けないポテンシャルを持っていると確信したのだという。
 現在も、沖縄を訪れる観光客は増加の一途をたどっている。2015年に沖縄を訪れた観光客は776万3千人、前年比で70万4700人の増、率にして10%の伸びである。3年連続で国内国外ともに過去最高を更新した。特に、海外からの観光客は増える一方である。もちろん、基地を見ようと訪れる人はいないであろう。
 かつては、沖縄の経済は基地、公共事業、観光の頭文字を取って、「3K依存」とも言われてきた。だが現在は、確実に基地と公共事業への依存から脱却してきている。今後の経済発展も期待できるであろう。平良氏は、次のような展望を語っている。
 沖縄を中心とする半径3千キロ以内に約20億人、4千キロ以内に約30億人が居住している。そのアジア全域にわたる商圏は、今後の沖縄県の発展を約束しているといえるだろう。基地が全面返還された後の沖縄の変貌は、扇の要としての地理的条件からして有望なのである。

 


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# by daisukepro | 2017-11-12 22:09 | 沖縄

カタルーニャで75万人デモ 州政治家らの釈放求め

【パリ共同】スペイン北東部カタルーニャ自治州の独立問題で、反乱などの容疑で首都マドリードの司法当局に身柄拘束された政治家らの釈放を求める住民らが11日、州都バルセロナでデモ行進し、州警察推計で75万人が参加した。地元メディアが伝えた。

 デモ隊は「カタルーニャ共和国万歳」「自由を」などと書いたプラカードを掲げ、拘束されているジュンケラス前州副首相ら政治家8人、独立派の政治団体幹部2人の釈放を要求した。

 自治州は10月27日に州議会で「独立宣言」を可決したが、スペイン憲法裁判所は今月8日、違憲で無効とする判決を言い渡した。

 スペイン北東部カタルーニャ自治州の独立問題で、拘束された政治家らの釈放を求めて実施されたデモ=11日、バルセロナ(AP=共同)

 スペイン北東部カタルーニャ自治州の独立問題で、拘束された政治家らの釈放を求めて実施されたデモ=11日、バルセロナ(AP=共同)


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# by daisukepro | 2017-11-12 21:58 | 政治

公明地方、9条改正賛否明確化を 総括で要求 執行部は慎重姿勢

 公明党が先の衆院選を総括した10日の全国県代表協議会で、地方組織代表から安倍晋三首相(自民党総裁)が提案する憲法9条改正による自衛隊明記案への賛否を明確にするよう求める意見が出ていたことが分かった。党執行部は重要政策を巡り自民党との対立が明確になれば連立政権の基盤が揺らぎかねないとして、自民党の議論を見守る慎重な姿勢を示した。出席者が11日、明らかにした。

 協議会では、出席者が9条改正への党見解が曖昧として方向性を示すよう要求。執行部は「改憲を党是とする自民党と公明党が対立すれば、政権そのものに関わる話になる」と述べ、賛否を明言しないことに理解を求めた。

(共同)

 公明党本部で開かれた全国県代表協議会。中央はあいさつする山口代表=10日午後、東京都新宿区

 公明党本部で開かれた全国県代表協議会。中央はあいさつする山口代表=10日午後、東京都新宿区


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# by daisukepro | 2017-11-12 20:28 | 政治

爆風11

戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

爆風(11) 17/11/08

明日へのうたより転載

3、町ぐるみの玉砕
 8月25日朝、関東軍918部隊長林光道少将宛てにソ連軍から一通の命令書が届いた。開くと、①軍人、軍属の男子全員、②冬服着用、毛布1枚、10日分の食糧を携行して、③17時までに遼陽第二陸軍病院前に集結、④列車で海城へ行き他部隊と合流せよ、という内容。海城は遼陽から大連へ向かう途中の駅である。

 林部隊長は即座に将校会議を招集、東京陵と唐戸屯に分けて部隊を編成し、遼陽へ向かうよう指示した。東京陵組を本隊、唐戸屯組を支隊とし、本隊は林部隊長、支隊は吹野信平少佐が指揮を執る。出発時間は東京陵14時、唐戸屯13時とし、遼陽で落ち合った後集結地点の海城へ列車で移動する。

 庶務科の米田穣賢軍属は25日午前、「毛布2枚を持って午後2時までに広場に集合せよ」との伝達を受けた。米田は家族と食事をし水杯を交わすと妻に「お前も職業軍人の娘だ。分かっておろうが、もしソ連兵から辱めを受けるようなことがあったら3人の子どもとともに自決せよ。俺は多分シベリヤ行きだ」と言い渡した。妻は子どもたちに「お父さんの顔をよく見ておきなさい」と言い、広場まで見送った。

 工務科技手の武井覚一が受け取った命令は次のようなものだった。「男子17歳から55歳までの全員、14時までに火工廠酒保前のロータリーに集合せよ。携帯品は冬物衣類と食糧。行き先は不明」。武井は「いよいよ来るものがきた」との思いで、自宅に預かっていた女子挺身隊員2人を呼んだ。「私はこれから出かけるが、どこへ行くのか、どうなるか分からない。貴女たちにもどんな辛い苦しいことが待っているかも知れない。こんな思いをするくらいならいっそ配られた青酸カリを飲んでしまおうと思う時があるだろう。しかし決して飲んではいけない。とにかく生きて日本に帰ることだ」。

 妻には「お前もどんなことをしても日本へ帰れ。もし内地へ帰れたらどこに住むことになっても、本籍地の役場に行き先を知らせておきなさい。私は生きて必ず訪ねていくから」と言い、一同と水杯を交わした後、リュックサックを背負って集合場所へ向かった。

 空は快晴で広場はじりじり焼きつけるような日差しが照りつけていた。午後1時を過ぎる頃から荷物を担いだ男たちが続々と集まりだした。中には酒気を帯びた者もいる。群衆が100人を超えるころから広場に異様な空気が渦巻きはじめた。「戦争は終わったんだ」「戦闘要員でない軍属まで捕虜にするのか」「無防備て残された家族はどうなるのか」「部隊長は何している」「ソ連のいいなりなのか」など日頃考えられない部隊への不満が噴出し、不穏な形勢になってきた。


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# by daisukepro | 2017-11-12 20:12 | 爆風

爆風10

戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

爆風(10) 17/11/05

明日へのうたより転載

 唐戸屯に着くと事務所には煌々と電灯が点いていて男の人たちが物も言わずに書類を作成していた。すぐさま会計庶務科の千葉敏雄係員の指示で、ソ連に引き渡す物資の一覧表など関係書類をタイプする。仕事が一段落したのは午前8時を回っていた。川口雪乃は身も心もくたくただった。

 8月21日、ソ連軍本隊の進駐に先行してクリロフ中尉一行24人が車で乗り付けた。事前の指示で機関銃、小銃などの武器は唐戸屯工場の会議室に集められてあったが、一行はその前を素通りして食糧倉庫へ直行。彼らが真っ先に接収したのは乾パンの袋で、次は酒保に備蓄してあった食料品だった。

 敗戦の翌日16日午前、918部隊本部で将校会議が持たれた。席上林光道部隊長は「ソ連軍の進駐に際し、暴行等の危害から身を守るため婦女子をはじめ全家庭に青酸カリを配布したい」と提案。これに対して川原鳳策中尉が「青酸カリ配布は安易に死を選ぶことに通じる恐れがあるのでは」と意見を具申したが受け入れられなかった。火工廠技術研究所には約3キロの青酸カリが保管されてあった。

 火工廠事務員の佐竹数枝、森昌子は17日の出勤早々、バスで東京陵病院へ行くよう上司から指示された。病院に着くと一室に数十人の女子事務員が集められ、そこへ1匹の図体のでかい黒犬が引き出された。研究所の係員が犬に白い粉を舐めさせると、口から泡を吹きもがき苦しんで息絶えた。

 「これが青酸カリだ。今からこれをカプセルに詰める作業を行う。時間が限られているので終わるまで病院から出られない」と係員から告げられた。佐竹数枝ら女子事務員は無言のまま作業を始めた。直径5ミリ、長さ5センチのガラス管に0.5グラムの青酸カリを詰めて、アルコールランプの熱で口を閉ざす。ガラス管の真ん中にヤスリで切れ目を入れる。根気と注意力が要る危険な仕事だった。手が粉に触れると慌てて消毒薬で手洗いした。

 その夜は徹夜し、2時間の睡眠をとって翌日も作業は続いた。こうして子ども用も含めて1万本のカプセルが製造され、22日までに隣組を通じて全家庭に配られた。結果は川原中尉が指摘したように、死が人々の身近に存在することになり、多くの悲劇を生むことになった。 

 

 


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# by daisukepro | 2017-11-12 20:07 | 爆風

爆風9

戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

爆風(9) 17/10/31

明日へのうたより転載

 新京駅に着いた。照明弾が炸裂し近くで銃撃の音もする。駅員の話では、線路を挟んで満軍との交戦中だという。「吉林からここまで日本人の集団が列車で来るなんて信じられない。これからも責任は持てない」と駅員。家族たちはとりあえず持参の弁当を開くことにした。長友中尉は依然音信不通だ。他の主人は戻ってきて家族と食事をしているのに。いさ子は不安な気持ちで子ども3人と弁当を囲んだ。
 
 この時、長友たち将校は機関車の運転室にいた。満人の運転士はもうこの先には行かないと言う。軍刀に手をかけて運転士を脅したが首を縦に振らない。どうしたものか。1人の将校が軍服の内ポケットから財布を取り出した。札ビラを押し付けて説得し、やっと運転続行を承知させた。

 列車はゆるゆると動きだし、昼近くになって四平路というところまで来た。砲弾の音も遠のく。やっと危険地帯を脱出したらしい。工員の1人が「長友中尉のご家族はいますか」と弁当を取りにきた。いさ子は夫の無事が確認できてほっと胸を撫で下ろす。貨車の扉を開けて大きく息を吸った。

 停まる駅ごとに列車は難民の集団に取り囲まれた。「この汽車はどこへ行くのですか」「日本は敗けたのですか」「私どもはどうなるのでしょう」と口々に問いかける。「敗けていません。あの放送はソ連のデマです。しっかりがんばりましょう」と励ますだけで、これらの人々を置き去りにして列車は進んだ。

 17日午後5時、列車は懐かしい遼陽駅に着いた。林廠長をはじめ火工廠の幹部が出迎えてくれた。家族の1人が「ソ連のデマに惑わされて危うく敗戦を信じるところでしたよ」と笑顔で言うと、林廠長は何も言わずに下を向いた。やはり日本の敗戦は本当だったのだ。いさ子は真実を悟った。でもこれが遼陽到着後でよかった。逃避行の途中だったら、みんな落胆してどうなっていたか分からない。いさ子は夫の腕を掴みながら「ソ連のデマ」説を流したのは夫たちだったのではないかとふと思ったが口には出さなかった。

 8月18日の深夜午前2時、会計科タイピストの川口滝乃は吉野寮で睡眠中「電話ですよ」と芦田寮監の奥さんによって起こされた。電話は唐戸屯の事務所からで「すぐ来るように」とのこと。車は出せないという。こんな夜中に東京陵からどうやって行ったらいいのか。川口タイピストは覚悟を決めて通りに出る。疾走するトラックの前に命がけで飛びだして乗せてもらった。


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# by daisukepro | 2017-11-12 19:59 | 爆風

爆風8

戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

爆風(8) 17/10/26

明日へのうたより転載

 夜中1時頃、長友中尉が濡れ鼠になって帰宅した。ほっとして、一体私たちはどうなるのと聞くと「がんばってここまで来たが日本はもはや敗ける。918部隊に帰り最後のご奉公だ。遼陽に着くまで何があるか分からない。まさかの場合は日本人として恥ずかしくない行動をとるようお前も覚悟して欲しい」と言う。いさ子は「覚悟はできております」と答えた。

 一睡もしないで夜が明けた、遼陽へ帰る将校、技手、工員らとその家族数百人で部隊をつくり、龍単山駅で貨車20輌に乗り込んだ。長友中尉は家族と離れて別車輛へ。10時になってやっと新京へ向け列車はのろのろと動き出す。吉林までは普通20分なのに1時間もかかった。駅には包帯を巻いた負傷兵が集団で列車を待っていた。苦痛と絶望の目がいさ子たちに何かを訴えかける。だが何もできない。

 長い停車、いつ動くのか。じっと待ついさ子たちのところへ「重大放送があるのでそのまま待機するように」との指示が伝わってきた。いよいよソ連への宣戦布告か。人びとは決意を固めた。そこへ田宮技官が部隊司令部から戻ってきて「日本は無条件降伏しました。ただ今天皇陛下のお声で放送がありました」とみんなに告げた。一同晴天のへきれきの思いで声もなくうなだれた。

 しばらくして列車は吉林駅のホームを滑り出した。長友中尉は戻ってこない。果たしてこの列車に乗っていることやら。いさ子は心細さに3歳のわが子を抱きしめた。貨車の中は蒸し風呂のようだ。列車は高粱畑の中をゆるゆると進む。午後3時頃田宮技手が再び伝令に来て「先ほどの放送はソ連の謀略だった。いよいよソ連に宣戦布告だ」と息を切らせながら言って歩いた。意気消沈していた家族たちは新しい光を見出したように奮い立った。

 夕方から雨が降り出し、たちまち土砂降りなった。ガラスのない貨車の窓から雨水が降りこんでくる。毛布で窓を覆ったが効果はない。暗くなった。雷鳴か砲弾か、バリバリドーンという音がする。突然列車が停止した。「日本軍新潟県部隊何某であります。ただ今満軍が反乱を起こし、ここまで逃げてまいりました」と報告、何人かが列車に乗った様子だ。

 《満軍は日本の友軍だったはずだが》といさ子たちは不安になった。そこへまた伝令が来て「子どもを絶対に泣かせるな」との指示。もしこの列車にこれだけの日本人が乗っていることがばれればいつ満人に襲われるかも知れないということだ。今まで日本に服従していた満軍、満人が一夜にして豹変したのだ。


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# by daisukepro | 2017-11-12 19:51 | 爆風

爆風7

戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

爆風(7) 17/10/22

明日へのうたより転載

 居合わせた人々は直立不動の姿勢で泣いた。満人もともに泣いた。武井技手は満人傭工たちを集め「君たちも今日まで我々に協力し、日本のため満州国のため懸命に働いてくれた。本当にありがとう。君たちも聞いたように日本は敗けました。長い間の協力にお礼を言います。と頭を下げた。午後2時頃、部隊本部よりの伝達で満人傭工は全員退社させた。

 工場の一角が騒がしい。ある若い中尉がそこら辺を鞭で叩きながら「今の放送は陛下のお声ではない。あれは敵の謀略だ。みんな仕事を続けろ。騙されるな」と喚いている。そこへ林廠長から「作業はすべて中止せよ」との命令が伝えられた。喚いていた某中尉も静かになった。

 武井技手は午後3時、工場の全従業員を集め次のように訓示した。「我々のこれからの運命はどうなるか分からない。戦争に敗けたのは我々が彼らより能力において劣っていたからではない。敗けたのは物量が不足していたからである。人間性においても智能においても彼らに劣るものではない。戦争に敗けたからといって自ら三等国民、四等国民になり下がることはない。玉音放送にあった通り、耐え難きを耐え忍び難きを忍び、軽挙妄動することなく日本人の誇りをもってこれからも行動していただきたい。長い間皆さんには随分無理なことを言ってきたが、戦争に勝ちたいとの一念からであり許していただきたい」。

 庶務科の吉岡等少尉は敗戦翌日の16日、満人傭工・苦力の責任者を呼集し敗戦の事実を告げた。さらにこれからのことについて「工場が閉鎖されたので全員辞めてもらう。列車の手配はできないので各自適宜帰郷してほしい。帰郷費用はできる範囲で支給する」と説明、倉庫に保管してあった食糧、衣料品を分配した。これを受け取って、数千人の満人傭工・苦力たちは全員混乱なく火工廠を去っていった。

 火工廠から吉林に派遣されて新工場建設にあたっていた長友安中尉の妻いさ子は、8月14日夕方夫の帰りを待って夕食の支度を始めた。外は篠突く雨である。玄関が激しく叩かれ、急いで出ると町内会の通達文書を渡された。「明15日午前8時龍単山駅に集合し列車で遼陽本部に帰隊する。荷物は1人2個、主人のみ軍用行季可、食糧3日分携帯のこと」。一体何事が起こったのだろう。いさ子は隣家の田宮技手夫人と相談して、とりあえず荷物づくりにかかった。長女の恵子(13)が手つだってくれた。


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# by daisukepro | 2017-11-12 19:44 | 爆風

爆風6

戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

爆風(6) 17/10/21

明日へのうたより転載

 満州西部のハイラル方面から進攻したソ連軍は、12日にも新京に達することが想定された。一方蒙古方面からの敵は11日には赤峰を陥れ、錦州に迫りつつある。この勢いでは13日夕刻にも火工廠の前面に出現する可能性があった。火工廠の関東軍918部隊は、通化に異動した総司令部からの命令を受けるべく、再三手を尽くしたが駄目だった。こうなっては林部隊長の権限で作戦を立てるしかない。

 将校たちが召集された会議で示された方針は次のようなものであった。①迫りくる敵にできる限りの損害を与える、②火工廠の施設を一切敵に使わせないため破壊し尽くす、③敵の捕虜になる前に、婦女子を先頭に最後は全員玉砕する。敵にできる限りの損害を与えると言っても、918部隊はそもそも戦闘を目的としていない。武器といえば数丁の機関銃とあとは小銃と軍刀くらいしかない。抵抗はたかが知れている。結局は、工場を破壊し全員玉砕するというだけの絶望を絵に描いたような方針だった。

2、日本敗戦
 8月15日朝、猪野健二雇員、岸田義衛会計科員ら数人は、奉天の様子を探るべくトラックで東京陵を出発した。正午に重大放送があると聞いていたので、途中の煙台という部落に立ち寄り、屯長さんの家でラジオを聞かせてもらった、天皇が日本の敗戦を宣告したことが分かった。悔しいとか悲しいとかいう先に、これからの日本はどうなるのか、自分たちはどうなるのか、が心配だった。とりあえずそのまま奉天に向かったが司令部は空き家同然だった。夕方帰路につき激しくなる風雨の中をトラックを走らせた。

 技術将校の稲月光中尉は8月15日正午、工場の控室で他の将校や技手たちとともにラジオを囲んで「重大放送」を聞いた。初めジージーピーピーと雑音だけだったが、やがて「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」という天皇の言葉が聞き取れた。どうやら戦争は負けたらしい。稲月中尉は火工廠の部隊本部へ急いだ。ちょうど本部会議室から林部隊長以下が出てくるところで、どの顔も悄然としていた。稲月中尉はすぐ各工場を回り、敗戦の事実を報せ、軽挙妄動をしないよう注意して歩いた。

 東京陵第一工場では12日から連続3日、徹夜で急造地雷の製造に必死に取り組んでいた。工場責任者の武井覚一技手は15日11時半に、工場事務所のラジオを事務所全体に聞こえるよう調整して玉音放送を待った。事務所には事務員、班長のほか満人たちも集まっていて足の踏み場もない状態。やがて放送が始まり日本の敗戦が明らかになった。

 

 


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# by daisukepro | 2017-11-12 19:38 | 爆風

爆風5

戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

爆風(5) 17/10/19

明日へのうたより転載

 朝になりギラギラした太陽が照りつけてくる。貨車なので窓がない。室温はどんどん上り、気分の悪くなる乗客のうめき声がする。病人が出ても手当のしようがない。ただ耐えるのみだ。新京から一昼夜かかって11日の夜10時に奉天に着いた。

 井上技手は奉天で鞍山行きの客車に乗り替えることができた。これで遼陽へは行ける。しかし遼陽に着いても東京陵までの交通手段が不明だ。一つ手前の張台子からなら歩くのが可能だ。そう考えて張台子で下車、漆黒の満人部落に入っていった。小高い山があった。ここで関東軍が抵抗線を引くらしく兵士たちが陣地を構築していた。満人部落では深夜だというのに男たちが何事か話し合っている。そのそばをびくびくしながら通り抜ける。東の空が明るくなる頃やっと東京陵に着きほっと胸を撫で下ろした。

 勤労奉仕学徒(勤奉学徒)として火工廠に派遣されていた奉天工大生の伊藤信は、8月12日、部隊本部前の広場に集合を命じられた。そこで林廠長から「勤奉学徒も部隊とともに行動をとり、最後までソ連軍に抵抗する。各自覚悟を決めよ」と訓示された。

 8月9日朝、東京陵第一工場の西村秀夫中尉が官舎で目を覚ますと近くでサイレンが鳴っている。急いで身支度をして部隊司令部に顔を出した。既に多くの将校がいて、彼らからソ連軍参戦の報を聞かされた。壁に掛けられた満州の大地図には、堤防を突き破った洪水のようなソ連軍の進攻ぶりが矢印で示されていた。国境を固めていたはずの関東軍は無抵抗だったようだ。

 その場で火工廠防衛の作戦会議が始まる。林部隊長から「既に掘られているたこ壺塹壕に潜んで敵戦車を待つ。迫ってきたら爆薬を抱えて突入する。1台でも多くの戦車を破砕し、もし生き残ったら陣地中央の高台に結集して玉砕戦法で戦う」との訓示。西村中尉はこの玉砕戦法に違和感を覚えた。

 西村中尉の妻は間もなく初めての子を出産する。「家族を朝鮮に疎開させる列車が出る」という情報が広がっていた。西村中尉は妻を疎開させることを考えたが《朝鮮までの鉄道はソ連軍の脅威に晒されている、そもそも朝鮮そのものが安全かどうか分からない》と思いなおし、しばらくこちらで様子を見ることにする。同じような迷いを持つ家族が寄り集まってこれからの事態に対処することになった。

 



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# by daisukepro | 2017-11-12 15:45 | 爆風

爆風4

戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

爆風(4) 17/10/15

明日へのうたより転載

 関東軍火工廠は全国の造兵廠から転勤者を募った。王子陸軍造兵廠でも募集が行われ、父はそれに応募した。30代半ばで中国大陸へ海を渡るのはそれなりの決断を要したはずだが、多分給料や住宅などの待遇がよかったからだと思われる。1940年に単身で赴任し、その年の12月に二女栄子が生まれるのを待って家族を呼び寄せた。42年に三女悦子が生まれ、45年8月時点で母は3ヵ月の身重だった。

 吉林の満州電化に硝酸工場を建設するため出張していた井上富由技手は、8月9日払暁、部屋の窓が急に明るくなったのに驚いて飛び起きた。とりあえず硝酸工場の建設現場に急ぐ。空から照明弾が落とされているようだ。時折爆発音も聞こえる。アメリカのB29かと思った。照明弾は落下傘に吊り下げられていた。その落下傘が近くに落ち、拾うと粗末な木綿生地にロシア語が。ソ連の空爆だと分かった。

 翌10日、出張目的を終えて遼陽へ帰るため、最寄りの龍胆山という無人駅へ行った。10時頃、定刻遅れの列車がきたので、とりあえず新京へ向かう。途中吉林市内を窓から見たが、爆撃の被害は分からなかった。新京に着いたが、駅員の話ではすべての列車が停まったままで運行の目途は立たないという。仕方がないので、駅を出て関東軍総司令部で様子を聞くことにした。

 しかしどの部屋にも人影はない。たまたま兵器部の部屋を覗くと、火工廠から出向いたきたという柳尚雄中尉がいた。情勢を聞いてみると「戦況はすこぶる悪い。ソ連軍が今日、明日中にも新京に到着するかも知れない。総司令部は昨日通化に向けて出発した。鉄道は全面停止だが、本日10時に軍人、軍属の家族を避難させる列車が動くかも知れない」と的確に答えてくれた。

 この時柳中尉は「自分はしばらくここで様子をみるつもりだ。火工廠東亜寮の自分の部屋に拳銃が置いてある。何かの時に役立たせてほしい」と井上技手に言った。柳中尉は独身で寮住まいだった。井上技手は火工廠に戻ってからも拳銃の件を忘れていた。後にこの拳銃が悲劇を生むことになる。

 司令部を出ると通りは家財を積んだ荷車や馬車で混乱していた。とにかく駅まで歩き、列車の動くのを待つことにする。9時頃、ホームを外れた線路に有蓋貨車が停まった。老人と女子どもを中心にした日本人の集団がが乗っていた。井上技手は無理を言って割りこませてもらう。列車は真っ暗な中をのろのろ走りだした。

 

 


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# by daisukepro | 2017-11-12 13:02 | 爆風

爆風3

戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

爆風(3) 17/10/14

明日へのうたより転載

 弥生町、朝日町には火工廠で働く軍属とその家族が住んでいた。陸軍軍属には傭人、雇員、判任官、高等官という階級があった。軍隊でいうと傭人、雇員は上等兵までの兵卒、判任官が軍曹、曹長などの下士官、高等官が少尉以上の将校である。

 関東軍火工廠を管轄するのは918部隊だが、戦闘部隊とは違って一般兵卒はいない。林光道少将(廠長)が部隊長で、将校、下士官が工場各部署の管理運営に当たっていた。工場の生産工程には軍属の技官(高等官)、技手(判任官)が配置され、武器弾薬製造の現場を監督した。工員、事務員、守衛などの一般従業員も軍属(傭人、雇員)で、工場にはそのほか満人傭工と呼ばれる中国人労働者が働いていた。

 官舎はそれぞれの身分、階級によって分けられ、軍属の場合は朝日町が雇員、弥生町が判任官で高等官は曙町となっていた。朝日町は吉野山の麓のなだらかな傾斜地にあった。西側に国民学校と病院、南東の方角に火工廠工場の高い塀が見えた。煉瓦づくりの平屋で、焼打ちや火災の類焼に備えて敷地が広い。玄関の引き戸を開けると靴脱ぎ場と2畳の小上がり、南向きの6畳間が2部屋並び、北側は4畳半の座敷と台所と風呂場。厳寒に耐えられるよう頑丈な二重窓で各部屋に暖房用スチームが通っていた。

 私の一家はこの朝日町の官舎に住んでいた。父は陸軍軍属で身分は雇員、火工廠の職場は庶務科警戒。つまり工場の守衛だった。父戸塚陽太郎は1906年(明治39年)生まれの39歳。出生地は茨城県結城郡菅原村大字大生郷133番地(現常総市大生郷町)。30年(昭和5年)に09年生まれの母せんと結婚して上京、北区王子にあった陸軍造兵廠に就職。33年に姉和子、37年に私章介が生まれた。

 私が生まれた年に日中戦争が始まる。戦争遂行のためには武器弾薬の補給が必須条件だ。大規模な製造工場の建設が急務とされ、陸軍造兵廠直轄工場として関東軍火工廠が開設された。場所は満鉄の遼陽駅から20キロほどのところで、工場、住宅、付属施設などの敷地は約1,000万坪(3,300万㎡)。敷地内に山あり川あり満人部落ありで、満人の耕作地も含まれていた。

 関東軍はこれらの土地を現地農民から有無を言わさず取り上げた。現在の沖縄における米軍基地と同じである。ここに関東軍918部隊の将校、軍属、それらの家族など1万人の日本人町が形成されたのである。 

 


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# by daisukepro | 2017-11-12 12:44 | 爆風

爆風2

戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

爆風(2) 17/10/12

明日へのうたより転載

 


新京の関東軍総司令部
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新京は地図上の長春
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8月9日朝、火工廠連絡将校の鈴木弓俊少佐は耐酸材料に関する調査のために撫順にいた。ラジオでソ連参戦を知り、空襲警報の鳴る中駅へ急いだ。火工廠に帰着すると林光道廠長から、命令受領のため新京の関東軍総司令部へ行くよう命じられた。往きの列車は順調で一等車の個室でゆったりできた。


 新京駅に着き総司令部に直行したが、建物は白い煙に覆われていた。庭で大量の書類を燃やしているのだ。部屋には人影がなかった。参謀室の扉を開けると1人の将校がウイスキーを傾けていた。命令受領を求めたが要領を得ない。諦めて総司令部を出て駅に向かった。駅は避難する軍人の家族でごった返している。やっと大連行きの列車に乗ることができ、通常の数倍時間をかけて遼陽に戻った。

 総司令部の模様を林廠長に報告すると、今度は奉天の第三方面軍司令部へ行くよう指示される。鈴木少佐は息つくひまもなく和泉正一中尉とともに奉天へ向かった。司令部では司令官の後宮(うしろく)淳大将に面会できた。鈴木、和泉両名が、火工廠防空強化のため高射砲の増設を具申したが「その余裕はない」と断られた。

 鈴木少佐の報告を聞いた林廠長は自ら状況把握のため奉天に行く決断をした。随員は政井中尉他1名で、矢口清一輸送班長が車を運転した。奉天に着くと司令部は慌ただしい雰囲気に包まれており、書類を焼却している光景も見られた。第三方面軍司令官後宮大将から事情説明があり、「ソ連軍に対して徹底抗戦する。そのために火工廠は対戦車急造爆雷の製造を急ぐこと」との命令を受けた。

 対戦車急造爆雷とは、直径30センチほどの木箱に鋳鉄の椀と黄色薬を装填し、これに柄をつけてソ連軍戦車に投げつける。うまく当たれば戦車を破壊できるというのだが、実行されないうちに日本の敗戦になった。対戦車兵器としてはほかに夕弾式急造地雷もあった。石油缶より一回り大きい爆缶を導火線の遠隔操作で爆発させる。実験では戦車のキャタピラを粉砕し、威力が実証されたがこれも使われなかった。

 ソ連軍は急速度で南下していた。数日で火工廠に達する恐れがある。火工廠部隊司令部は11日、住民に対戦車用たこ壺型塹壕を掘るよう命じた。翌12は晴天の日曜日、弥生町、朝日町の人たちは吉野山の麓に集まり、家族総出で穴掘りにあたった。地盤は固い。粘土質なので水分を含めば柔らかになるのだが、乾燥しているのでスコップもツルハシも受け付けない。大変な苦労をしてやっと塹壕を完成させた。(写真 地図などはダイスケプロが勝手に加えたものです。)


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# by daisukepro | 2017-11-12 12:33 | 爆風

爆風

連載が待ち遠しい。読みやすくわかりやすい。皆さんにもおそすわけいたします。


各位どの
超豪華コースを借り切ったトランプ=安倍のゴルフ遊びに怒り心頭の皆様、お願いがあります。私のささやかな経験と取材ですが、今、私のブログで敗戦時の満州を徹底探査した「爆風」を連載しています。「戸塚章介」で検索すると私のブログが出ます。「マスコミ九条の会」のホームページにもアップされています。既に11回になりますがまだまだ続きます。これから山場になるところです。ぜひお読みになって感想など寄せていただければ感謝感激です。なおこれまでの分をワードでまとめたものを添付して送ることもできます。希望者はどうぞ。厚かましいお願いですが、どうかよろしくお願いします。 戸塚

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戸塚章介
shosuke765@yahoo.co.jp
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戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

爆風(1) 17/10/11

明日へのうたより転載

 日本敗戦から72年、私が満州から引き揚げて71年になる。終活の意味も込めて敗戦から引き揚げまでを詳しく辿ってみたい。種本は非売品・会員限定頒布の『関東軍火工廠史』後編。関東軍火工廠の在籍者とその家族の、敗戦から引き揚げまでの体験を綴った手記を集めて編集したもので、発行者は「遼陽桜ケ丘会」。1980年(昭和55年)9月1日刊行で、A5判689ページである。
 年号表示は西暦に統一したが、人名、地名は手記に書かれたものをそのまま記した。種本のほかに、私の記憶、父母から聞いた話を随所に挿入した。どのくらい長いものになるか不明だが、いずれにしてもこれでもって私のルーツ探しの決定版としたい。
      ◇    ◇     ◇     ◇     ◇     ◇
1、ソ連参戦
 1945年8月9日未明、ソヴィエト極東軍は国境を越えて満州の日本軍への攻撃を開始した。以後、160万在満日本居留民は突然襲った爆風に身を晒されることになった。

 この日関東軍火工廠の林光道少将(廠長)はラジオのニュースでソ連の参戦を知った。すぐに総司令部より何らかの命令があるものと待っていたが、簡単な公電以外は何もない。後に分かったことだが、新京にあった関東軍総司令部は朝鮮との国境に近い通化への移動中で、的確な命令を発することのできる状態ではなかった。満州国皇帝愛新覚羅溥儀も同行しており、新京は既に首都としての機能を放棄していた。

 この「新京撤退、通化移動」は規定の極秘作戦だった。満州国中央政府国務院総務庁の古海忠之次長は44年10月、関東軍池田純久参謀副長に呼ばれて「これから私が伝える事柄は軍の最高機密に属し絶対極秘である」と釘を刺された上で、次のような決定事項を通達された。

 「関東軍は伝統的な対ソ攻撃作戦を取り止め、満鮮一体となっての全面持久防衛作戦に切り替えざるを得なくなり、東辺道に立て籠もる作戦をとる。日ソ開戦となれば関東軍総司令部は通化に移動し、関東軍に命令し、朝鮮軍を区処することを決定した」。

 こんな作戦計画があったとは、少将の地位にある林廠長さえ知らなかった。関東軍100万の兵力は、十分ソ連と戦えると信じていた。

 



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# by daisukepro | 2017-11-12 08:37 | 爆風

ETV特集「熱き島を撮る 沖縄の写真家 石川真生」  

ETV特集「熱き島を撮る 沖縄の写真家 石川真生」

 11月11日(土) 23:00〜00:00

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「ステージ4」のがんと闘病しながら活動を続ける沖縄の写真家・石川真生(まお)さん(64)を支援しようと、友人などが治療費や制作費を募っている。支援プロジェクト名は「生きろ!撮れ!石川真生!」。過重な米軍基地負担を背負わされる沖縄の人々を被写体として追い続ける石川さんの情熱的な生き方への共感が支援の輪を広げている。作品の写真を通して「生身の沖縄」を多くの人に見てもらいたいとの願いも込められている。

 石川さんは米軍統治下の沖縄で生まれ、本土復帰(1972年)直後から基地の島で暮らす人々を撮影してき…(毎日)

番組内容

沖縄にこだわり、沖縄に生きる人々を撮り続けてきた写真家、石川真生。写真家人生40年を過ぎた今、16世紀から現在に至る“沖縄の歴史”を創作写真で表現する作品“大琉球写真絵巻”に取り組んでいる。しかし今年2月、真生の体に腫瘍が見つかり、手術することになった。番組では、写真絵巻の続編である“現代の沖縄”の場面を撮影する真生に密着。そこには、真生だからこそ表現できる“沖縄の中のオキナワ”がある。


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# by daisukepro | 2017-11-12 00:20 | 沖縄

しかとご覧あれ!希望の党の運命やいかに(戸塚章介)

しかとご覧あれ!希望の党の運命やいかに 17/11/11

 希望の党の共同代表選は、対立候補の大串博志氏を39対14で制した玉木雄一郎氏が当選した。「希望共同代表玉木氏」「分裂回避が課題に」(11日付『毎日』)。「憲法改正や野党連携を巡る玉木、大串両氏の隔たりは大きく、党内での路線対立は続きそうだ。分裂含みの党を玉木氏がまとめられるかが課題となる」。

 玉木共同代表は1969年生まれの48歳。09年に民主党から出て初当選、民進党幹事長代理などを務めた。その玉木氏、共同代表が有力視される中、11月10日付の『週刊金曜日』でインタビューに応じている。聞き手は『岳南朝日新聞』元争議団の片岡伸行さん。エッセンスのところを拾ってみる。

 片岡「希望の党は野党なのか自民・公明政権の補完勢力なのか」
 玉木「明確に野党です。われわれは安倍一強の自民・公明政権を倒すために合流しました」
 片岡「戦争法と9条改憲を容認するかどうかがポイントですね」
 玉木「一部メディアが(希望の党は)安保法制容認と言っていますが『安保法制については憲法にのっとり適切に運用する』ということです。小池代表も『9条への3項追加は容認しない』と言っています」

 片岡「希望が安倍改憲に協力するようなことになれば『排除』発言のときのように急速に国民の支持を失い、希望自体が空中分解する可能性もありますよ」
 玉木「安倍政権を利するようなことはしないということだけはお約束します。それでは野党が分裂した意味がない。(今回選挙の)得票率を見ても、すでに野党による政権交代の準備はできているのです」

 玉木氏の言う「野党による政権交代」の論拠はこうだ。まず議席は、立憲、希望、無所属で120超、これは郵政選挙時の民主党110より多い。比例区の得票率は自民の33%に対し、立憲(20%)と希望(17%)を合わせれば37%にる。――ま、計算はその通りだが単なる数合わせではねえ・・・。

 玉木氏は「安倍一強政治許すまじ」「われわれは安倍政権を補完する改憲勢力ではありません」と強調し、政策の柱を「現実的な外交・安保政策」「格差・貧困を是正し中間層を豊かにする経済政策」「情報公開を徹底し税金の無駄遣いをなくす」の3点におくという。この政策を見る限り「安倍一強政治」とどこが違うのか分からない。おれは片岡さんの言うように早晩化けの皮が剥がれて「空中分解」する運命にあると思うのだが。


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# by daisukepro | 2017-11-11 20:24 | 政治

「4条件」審査せず(赤旗)

 安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人「加計学園」(加計孝太郎理事長、岡山市)の獣医学部新設を認める答申を、文部科学省の大学設置・学校法人審議会が出しました。審査では厳しい意見があいつぎ、答申も“条件つき”でした。愛媛県今治市が国家戦略特区に提案した「国際水準の獣医学部」とはいえない実態が浮き彫りに。それでも、林芳正文科相はすみやかに認可すると表明しています。安倍政権はどこまで、ゴリ押しを続けるのか―。(原千拓、三浦誠)


写真

(写真)加計学園が建設を進める岡山理科大獣医学部=10日午後、愛媛県今治市

是正意見が相次ぐ

 「大学設置審はもともと設置基準の最低ラインでしか審査しない。加計学園の申請は、最低基準に到達するのさえ苦労している」。大学設置に詳しい文科省関係者はそう指摘します。

 審議会では第1次審査で是正を求める意見が相次ぎ、「警告」がつきました。警告は、法令に抵触するか、内容が不明確な場合に付される「是正意見」が5件以上ある場合が対象です。

 とくに教員体制については、厳しい意見が出されました。

 ―臨床系の教員については高齢層に偏りがみられる

 ―実習を補助する立場の助手がまったくいない

 ―カリキュラムの実現可能性に疑義がある

 教員体制について答申は、「留意事項」を記し、引き続き改善を求めました。獣医学部は6年間の履修が必要です。開学から6年たつ前に退職年齢を超える専任教員の割合が「比較的高い」ので改善せよ、というのです。

 獣医師養成系大学の教員事情に詳しい関係者は、「加計学園は他大学の獣医学部を定年退職した教員が多いと聞いている」といいます。

 教員体制が不安定ならば、新設認定の大前提が崩れます。

 国家戦略特区による獣医学部新設は、今治市のほかに京都府と京都産業大学が表明していました。

 今治市のみを選んだ理由について山本幸三地方創生担当相(当時)は参院内閣委員会(6月)で、日本共産党の田村智子副委員長の質問にこう断言しました。「今治市は専任教員を70人確保するとしている」「すぐにでも開学できる」

 すぐ開学できるどころか、実際には開学後も不安が残る内容だったのです。

 先の文科省関係者は、あきれた口調でこう言います。「設置認可で一番大切なのは、教育をする教員の体制。せっかく入学しても卒業する前に教員が定年になるのでは学生が困る。他大学を定年した教員ばかり集めても、『国際水準の獣医学部』なんてできるわけがない。文科相は認可を思いとどまるべきだ」

図

実習体制にも不安

 答申には、獣医師になるための実習にも留意事項が付されています。大学に付属する動物病院で外来診療する動物の確保などです。

 国立大学のある獣医学部教授は、こう疑問を呈します。「教育のためには、動物の症例が少なくとも年間1万件は必要だ。今治で果たして年間1万もの動物が診察にくるのか」

 現状で定員が最も多いのは、麻布大学の120人。加計学園の獣医学部は、それを超える140人で国内最大規模となります。

 獣医師養成系がある既存の16大学は現在、国際水準の教育を目指しています。欧州に比べて日本は、実際に動物を診察や治療する臨床教育が弱く、これを克服するため、各大学が相互に協力して新たに参加型実習をはじめています。

 前出の教授は、加計学園の実習内容も懸念します。答申が、一度に実習に参加する学生を分散するなど工夫が必要との留意事項もつけているからです。

 この教授は指摘します。「一グループを数人に分けて実際の業務に入っての実習が必要だ。これをするのは既存大学でも大変。140人も学生がいて大丈夫か。文科相は認可をせず、計画を練り直させたほうがいい」

「4条件」審査せず

 もともと文科省は、獣医学部の新設を告示で禁じてきました。獣医師行政を所管する農林水産省が、獣医師の需給は足りていると判断しているためです。農水省は現在もこの判断を変えていません。

 加計学園の獣医学部はあくまでも国家戦略特区の規制緩和による「特例」です。特例をつくる前提として安倍内閣は2015年6月、既存の獣医師養成でない構想が具体化すること、既存の大学では対応が困難な場合など、「4条件」を閣議決定しました。

 しかし設置審では4条件を審査しませんでした。当時、文科省事務次官だった前川喜平氏は、文科省内で4条件を検証していないと証言しています。

 文科省や設置審で4条件が審査されていないならば、資格がないのに試験をうけて、「合格」と判断されたようなものです。

 疑問がいっこうに解消しないにもかかわらず、林文科相は加計学園の学生募集に配慮してすみやかに認可を出そうとしています。これほどまでの“特別扱い”は、安倍首相の「ご意向」があるからではないのか―。

 安倍首相は総選挙中に「丁寧に説明する」としましたが、街頭演説でこの問題にいっさいふれず。選挙後は国会での説明を回避しています。加計理事長も「会見の予定はない」(同学園)としており、疑惑はいまだ晴れません。

 関係者が説明から逃げるなか、真相解明のためには国会での証人喚問は不可欠です。

国民に十分説明を

前川前文科次官が談話

 文部科学省の前川喜平前事務次官は10日、大学設置・学校法人審議会が加計学園の獣医学部を認める答申を出したことについて、ただちに認可すべきではないとの談話を公表しました。

 前川氏は、安倍内閣が閣議決定した「4条件」を同学園の獣医学部が満たすかどうかを設置審は判断しておらず、再確認する必要があると指摘しました。

 また獣医学部新設が認められた過程で、不公正や国家の私物化があったのではないかという疑念が国民のなかにあると強調。「総理のご意向」により、初めから「加計ありき」で「腹心の友」にだけ特別な恩恵を与えることが決まっていたのではないかという疑念に、「政府は正面から十分に説明を尽くさねばなりません」と述べています。



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# by daisukepro | 2017-11-11 11:22 | モリカケ事件

加計孝太郎氏を証人喚問することが必要だ。(赤旗)

日本共産党の笠井亮政策委員長は10日、国会内で記者会見し、学校法人「加計学園」の獣医学部新設を認める文部科学省の審議会の答申について「問われているのは設置基準に適合しているかどうかの問題ではない。それ以前の加計疑惑の問題だ」と厳しく指摘しました。

 笠井氏は、疑惑解明なしの設置認可は「とんでもない加計隠しだ」と批判。世論調査でも国民の7割が説明不十分と回答しているとして「ただちに国会の審議をやるべきだ」と求めました。審議では「キーパーソンといわれる方々、特に加計孝太郎氏を証人喚問することが必要だ。安倍首相自身にかかわる疑惑であり、首相出席の質疑が不可欠だ」と強調しました。また、文科相に対しては獣医学部新設を「認可すべきでない」と述べました。

 「どういう疑惑が未解明か」との質問に、笠井氏は「答弁が食い違ってきている」と指摘。特に、安倍晋三首相が、獣医学部新設を要望してきたのが加計学園だと知ったのは今年の「1月20日」だとした点について「腹心の友である加計孝太郎氏との関係で、信じがたい話」と述べました。

 また、「総理のご意向」などと書かれた文科省の内部文書や総理周辺の動きなどをあげ「この問題をしっかり解明しないことには国民は納得しない」と述べました。


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# by daisukepro | 2017-11-11 11:16 | モリカケ事件

そうしなければ、第2、第3、第4の行政の私物化が起こるだろう(前川喜平)

設置審の答申を受け、前川喜平・前文部科学事務次官は毎日新聞の取材に応じ、「林芳正文科相は認可すべきではない」との見解を示した。政府の国家戦略特区諮問会議が昨年11月に獣医学部新設の規制緩和を決めた経緯に触れ、「(昨年11月の)諮問会議に議論を差し戻すべきだ」と指摘。特区のプロセスが安倍晋三首相の意向をそんたくして「ゆがめられた」との認識を示し、「まじめに再審査したら、落とされるだろう」と語った。

 前川氏は設置審が答申で課題として示した「留意事項」にも触れ「定年間近の教員が多い。(最初に入学する学生の)卒業前に先生が辞めるのなら無責任だ」と強調。「博士課程もないのに先端研究ができるわけがない」と加計学園の教育体制に疑問を投げかけた。また、地元自治体から学園に交付予定の96億円の補助金について「確実に入ってくるのか。根拠が薄弱ではないか」と問題視した。

 さらに、一連の問題について「政府は国民が忘れてくれるのを待っているのだろうが、国民のみなさんが今後も疑惑を追及するかどうかにかかっている。そうしなければ、第2、第3、第4の行政の私物化が起こるだろう」と述べた。【青島顕、杉本修作】



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# by daisukepro | 2017-11-11 11:11 | モリカケ事件

加計獣医学部新設「可」 当初計画に修正重ねる(毎日)

学校法人「加計(かけ)学園」が運営する岡山理科大の獣医学部新設を巡り、文部科学省は十日、同省の大学設置・学校法人審議会が林芳正文科相に新設を「可」として認める答申をしたと発表した。林文科相が近く認可し、来年四月に開学する見通し。設置審は当初の計画に対し、抜本的に見直す必要があると「警告」を出していた。学園は実習計画などの修正を重ね、新設を認める答申にこぎ着けた。

 ただ、学園の加計孝太郎理事長の友人である安倍晋三首相が主導する国家戦略特区制度を活用した手続きが、「加計ありき」だったとの疑念は拭えておらず、野党は特別国会で首相の説明責任を追及する。

 文科省は今回から、審査意見を公表し、設置審が五月の審査当初から実習計画や教員組織などで七件の是正意見を付けていたことが判明。五件以上で警告、最終的に一件でもあると原則不認可となる。

 実習計画については、設置審は当初、入学定員百六十人の大規模な実習を円滑に実施できるのか、二班に分かれて行う実習の時間割が適切に組まれているのか-などを疑問視。学生や教員の配置計画、実習先との連携体制などの説明を求めていた。八月にも、「短期集中型」の実習計画を全般的に見直すよう求める是正意見を付け、判断を保留して審査を続けた。

 教員組織の面でも高齢層に偏っていると是正を要求。学園側は定員を百四十人に減らし教員を七十五人に増やすなどの改善策を出し、最終的に大学設置基準を満たしたと判断された。

 しかし、学生の実技経験の質的・量的充実を図ることや、病原体を扱う実習は学内規定を整備して安全に行うことなど八件が留意事項として残った。留意事項は開学後も六年間、確実に履行されているか調査が続けられる。

 獣医学部は文科省が定員を抑制しており、国家戦略特区による規制緩和で五十二年ぶりの新設となる。獣医師養成系の大学は全国十七校目で、定員百四十人は最多となる。

 加計氏は十日、学園のホームページに「愛媛県、今治市とともに構造改革特区で十五回、国家戦略特区で一回の計十六回に及ぶ申請の結果、ようやく答申が発表された。ご支援いただいた皆さまに厚く御礼申し上げる」とのメッセージを公表した。

(東京新聞)

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# by daisukepro | 2017-11-11 11:04 | モリカケ事件

学校法人「加計(かけ)学園」が運営する岡山理科大の獣医学部新設を巡り

学校法人「加計(かけ)学園」が運営する岡山理科大の獣医学部新設を巡り、文部科学省は十日、同省の大学設置・学校法人審議会が林芳正文科相に新設を「可」として認める答申をしたと発表した。林文科相が近く認可し、来年四月に開学する見通し。設置審は当初の計画に対し、抜本的に見直す必要があると「警告」を出していた。学園は実習計画などの修正を重ね、新設を認める答申にこぎ着けた。

 ただ、学園の加計孝太郎理事長の友人である安倍晋三首相が主導する国家戦略特区制度を活用した手続きが、「加計ありき」だったとの疑念は拭えておらず、野党は特別国会で首相の説明責任を追及する。

 文科省は今回から、審査意見を公表し、設置審が五月の審査当初から実習計画や教員組織などで七件の是正意見を付けていたことが判明。五件以上で警告、最終的に一件でもあると原則不認可となる。

 実習計画については、設置審は当初、入学定員百六十人の大規模な実習を円滑に実施できるのか、二班に分かれて行う実習の時間割が適切に組まれているのか-などを疑問視。学生や教員の配置計画、実習先との連携体制などの説明を求めていた。八月にも、「短期集中型」の実習計画を全般的に見直すよう求める是正意見を付け、判断を保留して審査を続けた。

 教員組織の面でも高齢層に偏っていると是正を要求。学園側は定員を百四十人に減らし教員を七十五人に増やすなどの改善策を出し、最終的に大学設置基準を満たしたと判断された。

 しかし、学生の実技経験の質的・量的充実を図ることや、病原体を扱う実習は学内規定を整備して安全に行うことなど八件が留意事項として残った。留意事項は開学後も六年間、確実に履行されているか調査が続けられる。

 獣医学部は文科省が定員を抑制しており、国家戦略特区による規制緩和で五十二年ぶりの新設となる。獣医師養成系の大学は全国十七校目で、定員百四十人は最多となる。

 加計氏は十日、学園のホームページに「愛媛県、今治市とともに構造改革特区で十五回、国家戦略特区で一回の計十六回に及ぶ申請の結果、ようやく答申が発表された。ご支援いただいた皆さまに厚く御礼申し上げる」とのメッセージを公表した。

(東京新聞)

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# by daisukepro | 2017-11-11 11:04 | モリカケ事件

こけたレポート30 石蕗の花


こけたレポート30

 石蕗(つわぶき)の鉢植えを買い求めた。蕗に石の字で石蕗(つわぶきと読む)徘徊コースに花を売る店あり、数日シャッターが下りていた。「日陰でも日向でもいいですよ」と店主が言う。五十路の男だ。豊島ヶ丘の東端は護国寺、山門から一直線に音羽通りが江戸川まで伸びている。西向きの端には7つの坂がある。名はない。石蕗坂と名付けようか。こけた111日目は11月11日(iphone6)


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# by daisukepro | 2017-11-11 08:49 | コケタレポート

大学設置・学校法人審議会は九日、林芳正文科相に新設を「可」として認める答申をした。

 

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学校法人「加計(かけ)学園」(岡山市)が愛媛県今治市で計画する岡山理科大獣医学部新設の可否を審査する文部科学省の大学設置・学校法人審議会は九日、林芳正文科相に新設を「可」として認める答申をした。文科省が十日、発表した。設置審は留意事項として、教員が高齢に偏らないようにすることなど八項目を学園側に求めた。林文科相が近く認可し、来年四月に開学する見通し。

 林文科相は十日午前、閣議後の記者会見で「答申を尊重し、速やかに判断したい」と述べた。「一月までの国家戦略特区におけるプロセスの判断が覆るものではない」とも言及した。

 獣医学部の新設は、一九六六年の北里大以来、五十二年ぶり。獣医師養成系の大学は全国十七校目で、入学定員は最多の百四十人。文科省は「獣医は充足している」と新設を認めてこなかったが、安倍晋三首相が主導する国家戦略特区制度が活用された。野党は「加計ありき」で特区選定の手続きが進められたとして、引き続き追及する方針。

 文科省は、設置審による審査意見も公表。設置審が五月、是正を求める七つの意見を学園側に伝え、抜本的に計画を見直す必要があると警告していたことが判明した。特区選定で考慮が必要とされたライフサイエンス(生命科学)など三分野の獣医師の需要動向についても、学園の説明が不十分だと指摘していた。

 学園側は六月、定員を当初計画していた百六十人から百四十人に減らすとともに、企業や自治体へのアンケートを基に需要は十分見込まれると回答。だが、設置審は八月にも実習計画を全般的に見直すよう是正意見を付け、判断を保留。学園側が実習時間を増やすなど再修正し、設置審は最終的にクリアしたと判断した。

 ただ、実習を充実させ、教員七十五人の年齢構成が将来にわたって偏らないようにすることなど八項目の留意事項を付けた。

 計画は、今治市と愛媛県が二〇一五年六月、特区での獣医学部新設を国に提案。今年一月、事業者に加計学園が選ばれた。

 計画を巡っては、特区を担当する内閣府の幹部が「総理の意向」などと文科省側に早期開学を促す内容の複数の記録文書が判明。学園の加計孝太郎理事長は安倍首相の友人で、首相周辺による選定過程での関与が取り沙汰されていた。

<解説>開学後にも多額の公金

 加計学園の獣医学部新設に文部科学省の設置審のゴーサインが出たとはいえ、「加計ありき」の疑念が払拭(ふっしょく)されるわけではない。

 設置審は審査の過程で、学園の計画に数々の是正を迫り、政府が学部新設に必要な四条件の一つに挙げる獣医師の需要にも疑義を示していた。客観的な需要見込みが示されないまま、獣医学部新設が国家戦略特区に認定されていた疑念が深まる格好となった。

 地元の愛媛県今治市は、学部新設のため加計学園に九十六億円を補助する。行政手続きをゆがめ、甘い見通しのまま開校するのであれば、そのツケを払わされるのは地元住民や学生たちだ。そして国から大学には毎年、助成金として多額の公金が流れることになる。

 「安倍晋三首相の友人、加計孝太郎氏が理事長を務める加計学園に便宜を図ったのではないか」と、野党が国会で追及を始めて八カ月がたつ。首相や政府内に特区選定にかかわる内部文書を調べ直し、プロセスをつまびらかにしようという動きはうかがえない。

 今月下旬にも特別国会の審議が本格化する。衆院選後、安倍首相は会見で「これからも国会で質問があれば丁寧に答えたい」と答えた。首相でなければ説明できない部分は多い。「聞かれれば」という受け身の姿勢ではなく、率先して国民の疑念を解消する責任がある。 (中沢誠)

(東京新聞)

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# by daisukepro | 2017-11-10 23:40 | モリカケ事件 総理大臣の犯罪 

日本、不名誉な化石賞のダブル受賞

 【ボン共同】世界の環境保護団体で組織する「気候行動ネットワーク」は9日、地球温暖化対策の前進を妨げている国を指す「化石賞」に、日本と、「先進国」をそれぞれ選び、ドイツ・ボンの気候変動枠組み条約第23回締約国会議(COP23)会場で発表した。日本は先進国にも含まれるため、不名誉な化石賞のダブル受賞となった。

 日本が単独で選ばれた理由は、トランプ米大統領が来日した際、2017~18年に米国と協力して石炭火力発電所と原発の建設を世界に広げることに合意したため。先進国は、歴史的に温室効果ガスを大量に排出してきたにもかかわらず、削減目標の引き上げに消極的なため。

 COP23の会場で開かれた「化石賞」の授賞式=9日、ドイツ・ボン(共同)

 COP23の会場で開かれた「化石賞」の授賞式=9日、ドイツ・ボン(共同)


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# by daisukepro | 2017-11-10 15:53 | 地球温暖化

こけたレポート29


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こけたレポート29


 冬至の日が過ぎて、トランプ武器商人がトップセールスをやっている。戦争の匂いは中東から北東アジアへ。こけた翁の1日は歩行リハビリから始まる。本日は金曜日、なごみカフェの日だ。そのカフェはO診療所の3Fにある。一杯のコヒのみに立ち寄る。満席の盛況。開店一周年記念福引券で3番が当たる。空くじなしが嬉しいね。机に立てかけた杖が倒れないような工夫がしてあり、運営する人々のこころが伝わってくる。こけた翁は感慨ひとしお、夢がかなった思いだ。コヒカップから平和の匂いが立ち昇る。こけた110日目(iphone6)




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# by daisukepro | 2017-11-10 13:54 | コケタレポート

(税金は)武器より社会保障に(赤旗)

安倍晋三首相は2017年度までの「待機児童ゼロ」目標を先送りにしました。国内課題をないがしろにする一方、6日の日米首脳会談では「米国製の武器を大量に買え」との要求に唯々諾々と従う姿勢をみせました。2014年度末以降の第2次安倍政権から、すでに米国からの武器購入総額は1兆6244億円に上ります。本来ならばこの税金は、99%の国民の社会保障のために使われるべきです。

 定員90人の認可保育園増設にかかる国費は1カ所あたり約1・2億円です。政府換算によると、2017年度の待機児童は約2万6千人。オスプレイ3機分(約342億円)で解決する見込みです。安倍政権は同機を17機取得しました。

 また、「北朝鮮の脅威」を口実に導入をねらう、弾道ミサイル迎撃システムの「イージス・アショア」は1基800億円です。全国をカバーするために2基必要だとしており、1600億円にも達する巨費をつぎこもうとしています。この金額を月額3万円(年36万円)の給付型奨学金に回した場合、約44万人の学生に支給することができます。

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# by daisukepro | 2017-11-10 09:52 | 戦争

ザ・思いやりパート2上映会(映画人九条の会)

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# by daisukepro | 2017-11-10 09:28 | お知らせ

戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員) 憲法学者による共産党の評価

戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

憲法学者による共産党の評価 17/11/07


 『週刊金曜日』11月3日号で中野晃一と植野妙実子が対談している。丸々4ページで読みでがある。植野妙実子さんは最近結成した「憲法学者と市民のネットワーク(憲法ネット103)」の呼びかけ人。今回の総選挙で共産党が果たした役割についての2人の指摘が鋭い。長い引用だがご勘弁を。

 中野「(前略)共産党や社民党との選挙協力が見込めたからこそ、立憲民主党は結党できたのです。実際、立憲民主党から前職の候補者が立った選挙区では、共産党が候補者を下ろしてくれました。それがなかったら、もうどうにもならなかったはずですよ。バラバラのままで」

 植野「確かに、議席は減らしてしまいましたが、共産党の協力は今回の選挙で、とても大きな役割を果たしたのは間違いありません。小選挙区制度での、一つの闘い方を示したのではないでしょうか。私の周囲では今回、『今まで共産党に投票したことはなかったけれど、立憲民主党の候補者がいなかったので初めて共産党に入れた』という話も聞いています。こうしたことから、共産党に対する一種のアレルギーみたいなものもかなり減ってくると思われます(後略)」

 中野「市民が政治に参加するようになって、共産党も変わってきましたね。それに今回、共産党は21議席から12議席になりましたが、見方を変えれば、立憲民主党のためにあんなに候補者を下ろしたのにこの議席を取れたのは、初めて投票した人も相当獲得したのだろうと思います」

 「市民が政治に参加するようになって共産党が変わった」という中野さんの指摘には賛成だが、おれは、市民が政治に参加するよう働きかけたのは共産党だと思っている。反原発、秘密法、戦争法、共謀罪と市民運動は予想以上に広がり結束が強まった。そして今度は市民運動の高まりの中で共産党が変わった。これは日本の社会変革の運動にとって歴史的な出来事なのではないだろうか。

 選挙後の国会での首班指名で共産党と立憲民主党が同じ名前を書けなかったとか。枝野代表が共産党の連合政府構想を拒否したとか、なかなか道はデコボコしていて先が見通せない。そりゃそうだ生まれも育ちも違う政党がそんなに急に歩調を合わせられるわけがない。逆に急にべったりされたら気持ち悪い。

 



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# by daisukepro | 2017-11-10 00:03 | 政治

COP23の議論 温暖化対策の実効性を高めよ(赤旗主張)

ドイツのボンで国連気候変動枠組み条約第23回締約国会議(COP23)が、17日までの日程で始まりました。地球温暖化対策の新しい国際的枠組み「パリ協定」の発効から1年―。2020年に開始する同協定の実効性を高めるためのルールづくりの促進や、各国の温室効果ガスの削減目標を引き上げる仕組みの議論が焦点です。世界各地で気候変動による被害が相次ぐもとで、温暖化の進行を抑えるために参加国が役割を果たすことが求められます。

「迅速な行動」が課題

 COP23が開幕した6日、国連の世界気象機関(WMO)は、今年の世界の平均気温が観測史上3番目に高くなる見通しだと発表しました。命を奪う可能性がある熱波にさらされる人の数は2000年以降、1億2500万人増加したことも明らかにし、警鐘をならしました。

 会議では海面上昇による海岸浸食や塩害の被害を受けてきた南太平洋の島国フィジーが初めて議長国を務めます。同国のバイニマラマ首相は開会あいさつで「世界は、破壊的なハリケーンや火災、干ばつ、氷の溶解、農業を見舞う変化といった、食料安全保障を脅かす極端な気候変動の渦中にある」「世界に訴えたいのはパリで定めた方向性を維持することだ」と力説しました。温暖化に歯止めをかける「迅速な行動」は切迫した課題です。

 パリ協定は2020年以降の温暖化対策の国際条約で、平均気温の上昇を工業化前(1850年ごろ)に比べて、2度より十分に低く抑え、1・5度に抑えることをめざす目標を掲げました。今世紀後半の早い段階で温室効果ガスの排出量を「実質ゼロ」にする―森林や海などの吸収分を上回る温室効果ガスを排出しない―ことを決めるなど「歴史的合意」と評価されています。

 「先進国」だけでなく途上国を含むすべての国が削減目標をもって取り組む合意をしたこともパリ協定の特徴です。批准国の数は約170カ国にのぼります。

 今回の会議の任務は協定にもとづいて各国の主張を集め議論しながら、18年にルールの文書を策定する作業を進めることです。過去の工業化で温室効果ガスの排出を続けてきた日本など先進国が歴史的責任を踏まえ指導性を発揮し、すべての国が取り組みを強化できる仕組みを作る必要があります。

 6月にトランプ米政権がパリ協定脱退を表明しましたが、規約上脱退が可能になるのは2020年です。離脱表明に対抗し米国内の州政府、都市、大学、企業などがパリ協定の約束を守る意思を表明しています。米国の離脱に追随する国もなく、孤立するトランプ政権の立場も問われます。

削減目標の引き上げを

 日本の後ろ向きの姿勢は問題です。安倍晋三政権の温室効果ガスの削減目標は、30年までに「13年比26%減」です。これは国際的な基準である1990年比に直すと18%減にすぎません。抜本的な引き上げが求められます。

 パリ協定に逆行する石炭火力発電所の建設ラッシュを中止することは急務です。原発と石炭火力発電を「重要なベースロード電源」と位置づけた14年の基本計画の撤回など、エネルギー政策の根本的な転換にふみきるべきです。



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# by daisukepro | 2017-11-09 11:11 | 地球温暖化

核兵器禁止条約を考える

20171028ピースデポシンポジウム
7月7日国連で採択された核兵器禁止条約に日本政府は未加盟だ。
北朝鮮と米日政府が朝鮮半島の緊張を高めている中で、
私たちは核の傘に代わる安全保障政策を深め提起する。ピースデポとWCRP主催。
FmA自由メディア 撮影・編集:大場 広報:小林・はた

下の文字をクリック
https://www.youtube.com/watch?v=uWNTflObxCA&t=5456s
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# by daisukepro | 2017-11-08 19:41 | 核廃絶