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坂本陸郎(JCJ運営委員;広告支部会員)  沖縄ノート(14)土地強奪の手口「騙し」  18/04/24

坂本陸郎(JCJ運営委員;広告支部会員)

 沖縄ノート(14)土地強奪の手口「騙し」  18/04/24

 沖縄の人々は、沖縄戦の体験と戦後のアメリカ軍の占領支配をとおして、それまでの軍というものに対する理解を改めざるを得なかった。日本軍も占領軍も住民を守ることを目的としていなかった。敗戦直後、一時は、米軍が日本軍に代わる救世主であるかのような期待を住民は抱いたのだが、その期待は裏切られた。日々の生活の糧であり命綱であった田や畑を、占領軍は無慈悲にも銃剣とブルドーザーによって次々と奪っていったからだった。
 本格的土地強奪は、1952年に那覇市上之屋一帯と小禄村具志から始まったのだが、その後も、住民は米軍のそのような無法に抵抗した。小禄村では、武装兵に包囲されながら、老若男女が総出でブルドーザーの前に座り込んだ。
 そのような住民の抵抗に手を焼いた占領軍政府は、強奪の一方、さまざまな「騙し」を手口として使った。キリスト教徒であるはずの軍幹部、米兵に人を欺く行為に罪悪感はなかったのだろうか。米兵たちは、「シマグアー(島人奴)」という差別用語をしばしば使った。彼らには、基地を造るためであれば、直接的暴力であれ、「騙し」であれ、許されるという非道にたいする無感覚と差別意識があった。その「騙し」の手口とはどのようなものだったのか。

「騙し」その1
 米軍は、伊江島に飛行場を建設し、島全体を実弾演習場にする計画を立てていたのだが、住民の抵抗を避けるために、次のような手口を考え付いた。銃剣を突き付け、ブルドーザーを使って田畑を掘り返すと抵抗が生じるからである。
 1953年のある日、日系の米兵が集落の各戸を訪れ、「これは朝鮮やそのほかの国でも行っている」と説明し、「土地調査」への協力を依頼した。伊江島の住民は本島での土地取り上げの事実を知らされていなかったのか、それを素直に信じて、私有地を案内して回った。その時、日系米兵は、案内の報酬を後日支払うために必要だ、などと言って英文の書類へ捺印させた。伊江島の住民が押印すると、日系米兵は立ち去った。それ以来、その日系米兵は姿を消している。
 実は、この書類は土地取り上げに異論がないとする同意書であった。住民が英文を理解できないことを利用した「騙し」であった。伊江島の住民は臍を噛んだ。これは日系米兵を使って信用させる悪質な手口の一例である。これは詐欺行為であった。

「騙し」その2
 1953年初夏のある日、小禄村役場に2人の米兵がやって来て、土地係の前で、つたない日本語でしきりと話し出した。「ミズナイ、グシブラク、ミズホシイ、アメリカ、ミズタンクアル、グシブラク、ヨロコブアル、ユー、ワカッタアル、オーケー」。
 具志部落には生活上の水が充分にない。住民は給水施設をほしがっている。だから、米軍は水をたくわえることができるタンクを提供したい、住民は喜ぶだろう、という意味らしい。
 それに応えて、役場の係が相手に合わせて、「ミズホシイアル、アメリカ、ミズタンク、ナゼヤルカ」と応じる。その時、英語が聞き取れる女性が土地係のところに来たので、米兵は英語で説明を始めた。
 ―小禄飛行場の米軍は水を貯えるタンクをたくさん持っている。現在、飛行場に水道を敷設する計画があるのだが、高嶺村あたりの水源地から水を引くために小高い丘が必要だ。具志部落後方の丘が適当である。具志部落にも水道を敷いてやるから、タンクを据え付ける場所として、具志部落の丘を提供してもらいたい。―
土地係員が、「即答はできない。住民に計ってからでなければ」と、当然の応えを返すと、米兵は、「アス、ハナシワカル、アル」と、納得した様子で帰っていった。
 どうせアメリカがやることだ。簡易水道程度だろうが、ともかく設計図を見る必要があると係員は判断して、翌日米兵が来るのを待つことにした。
その翌日、役場の係員が米兵に、具志部落後方の丘を貸してもよいが、その前に具体的な計画を示してほしいと伝えると、米兵は嬉しそうに、計画については担当者が後日説明すると言い残して、「ユー、ハナシ、ヨクワカル、アリガト」を何度も繰り返して去っていった。
 それから4、5日後に、その具志部落後方でなにやら工事が始まった。しかも、その工事がとてつもない大工事らしいと、請け負った土建業者が話している。受注した彼らにも工事の計画は知らされていないようだった。しかも、役場には未だに何の説明もない。
 おかしなことに、水源地から水を引く工事らしきものは行われていない。そのうち、2つの巨大なタンクが、部落を見下ろすかのように出現した。話が違う。いまだに給水の話がいっさいないではないか。どうなったのかを知るにも、先刻の米兵の姿が見当たらない。
 どうやら、その巨大タンクは水を引くためではなさそうだ。その用途は何なのか。それが判明したのは、工事開始から半年も過ぎてからだった。実は、その2つのタンクは水源地から水を引くためのものではなく、那覇港に停泊するタンカーからパイプを使ってガソリンをたくわえるためのタンクであった。
 騙されたことに気づいた部落民は驚愕した。2つの巨大ガソリンタンクが部落を圧するかのように目の上にあっては、安心して暮らすことなどできない。引火でもしたらどうなるのか。
 怒り心頭となった部落民が村役場に押し掛けた。「話が違うではないか」「なんとか米軍に掛け合ってくれ」と、役場の係を責め立てるのだが、「ユー、ハナシ、ヨクワカル、アリガト」と、言い残した2人の米兵は雲隠れしていて、ラチがあかない。
 ガソリンタンクを背負い込まされた具志部落の人々の間では、以後、米兵の話には決して乗ってはならないことが共通の心構えとなった。
その後は、具志集落でも私有地の強奪が行われるのだが、その前に住民を騙したことは、危険なガソリンタンクを置くことで、立ち退きを容易にしようと考えたからなのだろうか。

  その後に小禄村で起きた土地強奪に対して、住民がいかに抵抗したかは、前号沖縄ノート(13)をお読みただきたい。住民の土地取り上げに対する抵抗が、村あげての組織的なものだった背景には、このような騙し討ちに対する住民の怒りがあったからであろう。
(資料は瀬永亀次郎著『民族の悲劇』72年刊)。           

(つづく)

                     


by daisukepro | 2018-04-28 21:39 | 沖縄


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