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ハンガリー「奴隷法」デモとフランス「黄色ベスト運動」はネオリベラリズムへのアンチテーゼだ

ハンガリー「奴隷法」デモとフランス「黄色ベスト運動」はネオリベラリズムへのアンチテーゼだ

ハンガリーの労働法改正に対する抗議デモ(12月21日)(写真:ロイター/アフロ)

時間外労働の上限を年250時間から400時間に

[ロンドン発]燃料税引き上げに端を発したフランスの「黄色ベスト運動」がこの週末に6週目に突入しました。その一方で、中欧ハンガリーの首都ブダペストでも時間外労働を大幅に緩和する労働法改正に反対する抗議デモが拡大しています。

欧州連合(EU)加盟国でほぼ同時発生した2つの抗議デモはグローバリゼーションの原動力となったネオリベラリズム(新自由主義)へのアンチテーゼと言えるでしょう。そして、ネオリベラリズムの壮大な実験であるEUの構造的な問題を浮き彫りにしています。

ハンガリーの抗議デモは、オルバン・ビクトル首相率いる与党フィデス・ハンガリー市民連盟が労働法改正案を提示したのがきっかけです。

改正案は時間外労働の上限を年間250時間から400時間に引き上げるとともに、残業手当の支払いも最大3年延長できるという内容です。

今月12日に議会で可決され、20日にはアーデル・ヤーノシュ大統領が署名して労働法改正は成立しました。しかし労働者の権利を無視した「奴隷法」との批判が高まり、ハンガリー労働組合連合が抗議デモを呼びかけ、廃案を要求しています。

19日には、警察官2300人が年5万時間分にのぼる未払い残業代2億フォリント(約8000万円)の支払いを求める公開書簡を発表しました。

極右政党ヨッビクを含め全野党が足並みをそろえてオルバン政権に抗議するのは、2010年にオルバン首相が返り咲いて以来初めてだそうです。抗議デモの原因となった労働法改正の背景をまず見ておきましょう。

深刻な人手不足に陥る中東欧

ハンガリーではドイツ系企業約3000社が活動しており、同国の雇用者全体の1割に当たる約30万人を採用しています。ハンガリーの乗用車登録台数は世界金融危機の直撃を受けた2009年8月には月間2425台まで落ち込みましたが、今年11月には1万1373台まで回復しました。

ドイツの自動車メーカー、BMWはハンガリーに新しい工場を建設するため10億ユーロを投資すると発表しています。人手不足は深刻化する一方です。

ハンガリー経済の原動力であるドイツの自動車メーカーがオルバン政権に時間外労働の大幅緩和と残業手当の支払い猶予を働きかけたというウワサもまことしやかにささやかれています。

EU統計局(ユーロスタット)によると、ハンガリーでは今年第4四半期に人手不足が生産高の制約になると回答したメーカーは93%に達しました。人手不足に陥っているポーランド(51%)、スロバキア(37%)、チェコ(46%)に比べても突出していることが分かります。

同時期に抗議デモが起きているハンガリーとフランスをいろいろな観点から比べてみましょう。

【法人税】

ハンガリー9%

フランス34.43%

出所)タックス・ファンデーション

フランスで会社を経営するより、法人税率の低いハンガリーに会社を移した方が随分、負担が軽くなります。

【1時間当たりの推定労働コスト】

ハンガリー9.11ユーロ

フランス35.97ユーロ

出所)ユーロスタット

時間当たりの推定労働コストが4倍近くも違うと、メーカーがフランスにあった工場をハンガリーに移転したとしても無理からぬことだと言えます。

パリのシャンゼリゼ通りで廃材に火を放つ黄色ベスト運動(Jeremie Hallez氏提供)
パリのシャンゼリゼ通りで廃材に火を放つ黄色ベスト運動(Jeremie Hallez氏提供)

【年間平均労働時間】

ハンガリー1740時間

フランス1514時間

出所)経済協力開発機構(OECD)

週35時間労働制のフランスに比べて、ハンガリーは原則、週40時間労働制ですが、弾力的で職種により上限は週60時間になります。日産に対してフランスで商用車を製造させようとするカルロス・ゴーン前日産会長やエマニュエル・マクロン仏大統領からはフランスの雇用を最優先にする保護主義がにじみ出してきます。

【人口の増減】

ハンガリー33万8371人減

フランス492万9702人増

出所)ユーロスタット(ハンガリーがEUに加盟した2004年から18年にかけての増減)

【出生率】

ハンガリー1.5

フランス1.9

出所)OECD

EU拡大で人口が流出するハンガリーは出生率も低く、人手不足は構造的な問題と言えるでしょう。チェコやポーランドをはじめ中東欧、バルト三国、バルカン半島の国々は人手不足を解消するため、ウクライナから移民を受け入れています。

「反難民」キャンペーンで移民が敬遠

オルバン首相は、ハンガリーが世界金融危機の直撃を受けたことからネオリベラリズムではなく国家資本主義に舵を切り、「非自由主義」を宣言しました。司法の独立や報道の自由を制限する一方で、露骨な縁故主義経済を広げてきました。

オルバン首相は「ハンガリー・ファースト」を声高に唱える国家主義者です。攻撃の矛先はハンガリー出身の米投資家でブダペストに中央ヨーロッパ大学を創設したジョージ・ソロス氏にも及び、移民を支援する弁護士や活動家に刑事罰を科す「ソロス阻止法」も成立させています。

15年の欧州難民危機で「我々は今(イスラム教徒に)侵略されている」と反難民のレトリックを使って支持を集め、今年4月の議会選では49%の得票率で議会定数199の3分の2に当たる133議席を占めました。そのため国外から悪いイメージを持たれ、移民労働者が思うように集まらないことが今回の労働法改正につながったとも言えるでしょう。

EUの設計図では中東欧の人手不足は、失業率が高止まりしているギリシャ(18.9%)やスペイン(14.8%)、イタリア(10.6%)、フランス(8.9%)の失業者が補うことになるのですが、実際にはそうはいきません。失業率の高い国の賃金は高くなっているからです。

このためEUにはウクライナのようにさらに賃金の低い国から労働者が大量に流入し始めています。これがEUの悲劇、ネオリベラリズムの冷徹な現実だと言えるでしょう。先進国の単純労働者は低賃金、長時間労働のアリ地獄にはまって抜け出せなくなるのです。

(おわり)


by daisukepro | 2018-12-25 21:29 | 労働運動


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