姜尚中東大教授はNHK問題についてこう語った。 「Aという政治家には会ったことがあります。この問題でNHKと朝日新聞が泥仕合になっているのは問題のすり替えだと思います。NHKの番組改ざんについては、NHKは問題の番組を放送すべきです。改ざん前と後でどう変わったか。判断は視聴者に任せると。私は言論の自由、検閲といった問題から少し離れて、いったい、この問題で何が問われているのかを考えてみたいと思います。 東北アジアの人々に憎悪をかきたてるような動きが90年代の終わり頃から日本で顕著になってきました。国家という視点から見ると、これは路線闘争だと私は思います。東北アジア共同体の行方を考えるとき、北朝鮮問題への日本の対応は、東北アジアにおいて日本が今後、どう、国として生きていくのか、についてのひとつの回答を提示していると思います。歴史修正主義者として現れてきたもの、これは突出して日本版ネオコンのカリカチュア(戯画)です。A氏は次期リーダーになるかもしれない人間であり、憂慮すべき事態だと言えますし、近隣の東北アジアへの敵対関係の裏側には日米同盟があるわけです。 明治100年、日本を取り巻く構造変化に、どう答を出すのかということは、歴史の問題ともリンクしています。歴史をどう解釈し、どう対応していくのか。これについては、日本の中でも、財界などのエスタブリッシュメントの中でも亀裂があります。1930年代から1940年代の日中戦争をめぐり、日中の和解をどう進めるかをめぐり、対立がある。日本とアジアの関係をどう調整すべきか、複雑な軋轢が生じていることは間違いないでしょう。 NHKで言うと、現場に自由が保障されず、それが番組に反映されないとしたらメディアではない。NHKが自民党の大本営機関になれば、受信料を払っている人々は退いていくでしょう。しかし、民営化に走ったり、NHKの構造改革の名のもとに、もっとまずい処方箋に向う可能性もあります……NHKは公的機関だということで、右でも左でもない中立を目指せば、政治的なテーマをやらないという方向に向い、現場は萎縮していく。こうなれば民放にも影響を及ぼすでしょう……」 また、吉見東大教授は論点整理として「(製作現場の自由は)三重の抑圧を受けている。 一つは自民党政府などの政治システム 二つはNHKの管理システム、三つはNHKと制作会社の番組制作システムからの抑圧である」と問題提起をして(NHK危機を打開するためには)NHK内部と外とをつなげる回路がどうすればできるかである」と述べた。 では、NHK内部では何がおこっているのか、NHK職員の声を聞いてみよう [ここ数年、NHKの制作現場では、経営の介入やそれを見越した自己規制により、自らの思いを押し殺して、番組制作にあたるケースが増え続けている。 さらに、この番組では、「NHKに言いたい」として、視聴者からの様々な意見を募ったにもかかわらず、その一件一件に対し、丁寧に向き合って答えようとする姿勢が、演出上も、会長の態度からもほとんど感じられなかった。そのことは、経営者の視線が受信料を払う視聴者には向いていないということも明らかにした。そして、公共放送と規定されながら、実は「公共」的な存在になりきれていないNHKの実態をも浮かび上がらせた。 不祥事を起こさないための厳しい規律も、会長の進退も、信頼回復への一歩には欠かせない論点であることは間違いない。しかし、私には、不祥事によってあぶり出された、今のNHKが持つ根源的な問題、つまり、ジャーナリスト個々人に立脚した健全な制作現場の確保、言い換えれば「内的自由の確保」と、「公共放送の要件と意義」の2点について、どう市民と問題を共有し、深い議論をしていくかのほうが、より重要な課題のように思えてならない。 ▽内的自由を失わせているもの 民主主義社会におけるメディアの重要な役割のひとつは、様々な論点について、そこに住まう多様な人々の異なった意見をできる限り紹介し、他人の意見も尊重しながら、議論を深め、問題解決の方向性を見いだす「議論の広場」を提供することにあると、私は考えている。 とりわけ公共放送は、その多様な市民の拠出する受信料で運営されており、その役割が最も強く期待されるメディアであるはずである。ところが、その公共放送の中で、自由に議論を戦わせ合う民主主義が失われているとしたら、その役割を果たせないのは自明の理であろう。 こうした物言えぬ風土は、なぜ起きているのだろうか。ここ数年強まっているということでいえば、もちろん、現会長の独裁的な組織運営も大きな理由であることは間違いない。では、独裁者ではなく、調整型のタイプのリーダーが会長に抜擢されれば、問題は解決するのだろうか。ことはそう単純には思えない。 ひとつは、本来なら分離されてしかるべき権力の集中がこうした事態を招いているということは疑いをいれない。NHKでは、会長に、経営権のほかに、細かな人事権、そして編集権までが集中している実態がある。裏を返せば、人事部や編成部が本来の機能を果たしていないのだ。とりわけ、ジャーナリズムの企業体では、経営権と編集権の分離は根幹をなす原則であり、それが、内的自由を制度面で支える重要なファクターであろう。 「NHKに言いたい」の中で、会長は、9月9日のNHK経営陣への参考人招致の生中継をしなかったのは自分の決断だと、さも当然のように説明したが、そのこと自体、自分が編集権に介入していることを全国民の前で証明してしまったことに他ならない。 さらに、NHKだけではなく、日本の他のメディアにも広く共通する「内的自由を奪う状況」も、私には大きな問題に思えてならない。それは、自身の良心に基づいてのみ取材・制作をするというジャーナリストの基本的な資質が、長年一企業内で育成されたジャーナリストには、育っていないという構造的欠陥があるのではないかということである。 欧米に比べて、日本のジャーナリストは、一部のフリーの人を除けば、新聞にせよ、放送にせよ、ほとんどが企業の社員(NHKの場合は職員)かその関連会社、あるいは実質的な下請けの企業に所属し、しかもそこへは大学でのジャーナリズム教育もほとんど受けないまま、新卒で採用され、その後の雇用流動性もきわめて低い中で同一の会社で仕事をしているという特殊性がある。 そこでは、行動基準や価値基準が、企業内でどう認められるかが第一であり、波風を立ててまで自分の主張を貫くことはマイナスでしかないという風土が作り上げられてきたのではないか。しかも以前に比べ、メディアへの市民の視線が厳しくなり、それが内向きの管理強化につながって、ますます内輪の論理に閉ざされるようになってきている実感がある。 もちろん、NHKにおいては、会長をはじめとした経営陣のキャラクターもあるが、「まず会社ありき」という風土の中では、個々のジャーナリストは、プロフェッショナルとしての職業人的な意識よりも、名刺に刷られた会社や役職への忠誠が優先してしまうのだろう。ジャーナリストの職業意識の醸成は、組織ジャーナリズム内だけでは限界があると思われてならない。 こうした日本的な風土は一朝一夕では変えられないが、大学などとも連携して、高等教育でのジャーナリズム教育のあり方や、すでに企業内ジャーナリストとなったミッドキャリアの再教育といったことに目を向けていかない限り、企業内ジャーナリストに、良心のために時として経営と戦う意識は生み出されにくいのではないだろうか」
by daisukepro
| 2005-02-09 08:54
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