カテゴリ:コケタレポート( 34 )

こけたレポート49  かしわもち

こけたレポート49  かしわもち

 198日目

端午の節句、早朝、音羽通りある群林堂の店先に並ぶ。ここの柏餅は昔ながらの味がしてすこぶるうまい。今年は俺に変わって娘が代行した。

南南東の風、夕暮れ時に2回目の徘徊、この町にも鯉のぼりを揚げる家がある。

由来は忘れても風習だけが残っている。でも、やがて消える。日は沈み、日は昇る。時間の問題かな。ヨロヨロと歩く。

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by daisukepro | 2018-05-05 22:49 | コケタレポート

こけたレポート48  フランス文学者鈴木信太郎邸をたずねる。

こけたレポート48  フランス文学者鈴木信太郎邸をたずねる。

 183日目


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少年時代、積み上げられた大谷石の石垣の上に聳えている鈴木邸の前を通り抜け中学校に通っていた。

それから60年もの長きにわたり門前を歩いた。表札がいつの間にか鈴木成文に変わった頃、石垣の上からカブトムシが一匹落ちてきた。何度も逃がしてやろうと放り上げたが石垣が高すぎて直ぐに落ちてくる。仕方がないので近くの小公園まで手のひらに乗せて行きカブトムシを放してやった。鈴木先生が中学の先輩であったと知ったのは近頃になってからのことだ。

4月の空襲で焼け残った書庫、奇跡的に灰にならなかった蔵書などが陳列されている。

ポーの有名な詩 「The RAVEN」の豪華本が置かれている。フランス文学者なのになぜなのかと思った。この詩の仏訳をマラルメ、挿絵をマネが描いた希少本が残っている。友人の翻訳で日本語版もこれを模して出版された。書庫を開けてこれらの蔵書が無事だと知った時、鈴木先生は腰が抜けた。




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by daisukepro | 2018-04-23 15:41 | コケタレポート

こけたレポート47 護国寺のツツジ

こけたレポート47  180日目

お日和もよく 福田事務次官セクハラ辞意
護国寺まで歩く。周遊すると8000歩となる。老年の身にはちときつい。お寺のつつじは日の当たる場所から花開く。(iphone6)
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by daisukepro | 2018-04-19 19:35 | コケタレポート

こけたレポート46 路傍のたんぽぽ

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こけたレポート46 路傍のたんぽぽ (iPHONE6)
石段でコケタ日より数えて174日、状態は変わらず。何しろ80歳を超えているからね。
路面電車荒川線に乗ってヨタヨタ、久しぶりに王子駅まで遠出をした。まだ昔の東京風情が見られる。
道野辺に咲くたんぽぽの季節になった。戦後一面の焼け野原を思い出した。よく生き残ったものだ。




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by daisukepro | 2018-04-13 20:53 | コケタレポート

こけたレポート45 さくらの花ざかり

こけたレポート45
こけた記念日から154日が経過した。さくらの花ざかり。坂口安吾
https://ja.wikipedia.org/wiki/桜の森の満開の下
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by daisukepro | 2018-03-25 10:35 | コケタレポート

こけたレポート44 「歴史がエビように後ずさりしている」(ウンベルト エーコ)

こけたレポート44 


311、こけた日から140日が経過した。毎日5000歩を目安に徘徊にしているが進展がない。
昨日、今日と杖を頼らず歩いてみる、平地ならいいが坂道は無理だ。日常を取りもどすことがまだできない。デモにも 国会前に抗議にも、野音、代々木公園にもいけずストレスがたまるな。まったく。いらいらする。安倍が落ちるのは時間の問題と思うがいらつく。戦後レジウムからの脱却なんてアホに導かれたその先、終着駅は民主主義がない世界だなんて笑えないジョークだな。「歴史がエビように後ずさりしている」(ウンベルト エーコ)
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by daisukepro | 2018-03-11 22:22 | コケタレポート

こけたレポート43 豊島ヶ岡西

こけたレポート43

豊島ヶ岡

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 西北側斜面にならだかな七つの坂がある。この坂を徘徊コースと決めて毎日歩く。ヨロヨロと。

五番目の坂の下から講談社ビルの頭が見えるので「おとわ坂」と名付けた。ちょうど中間点でハーフコース2500歩、七番目の坂は最後の坂、「どんじり坂」フルコース5000歩である。一番目は「おとこ坂」かなり急傾斜、こけてから1度も上り下りはしていない。二番目の坂下で小さな花屋をオヤジがやっている。そこでつわぶきの鉢植えを買い求め裏庭に移植した。記念に「つわぶき坂」と呼んでいる。三番目の坂の名はまだ決まらない。四番目は「おとめ坂」、その坂下に地方から上京してきた女子学生専門の下宿があった。かなり大きな建物だったが今はない。なんでも東京都が買ったらしい。更地になると高層ビル群が丸見えになる。サンシャイン60が池袋の象徴だ。五番目は前述した「おとわ坂」 六番目も名無しである。七番はどんじりにひかえし「どんじり坂」、坂下の曲がり角に日の出町五番火消の家がある。

 中学生の頃、池袋東口に人生座という映画館があった。長い灰色の高い塀が映画小屋のある繁華街近くまで続いていた。東京拘置所はアメリカ軍に接収されて巣鴨プリズンという名の刑務所になった。そこに戦犯が収監され、東條英機ら7人のA級戦犯はここで処刑された。BC級戦犯の手記は小林正樹監督が「壁あつき部屋」を製作した。生誕100年になる。

その跡がサンシャイン60である。処刑場跡は小公園になり記念碑が建っている。墓碑銘に「永久平和を願って」と刻まれた。刑務所敷地の中にあった造幣局は去年まで残されていたが解体され再開発工事が進んでいる。この写真はサンシャイン60側から豊島ヶ岡丘陵の西北斜面を望んだ風景である(iphone6)。六番目の坂、名無し坂が見える。その真ん中あたりに講談社ビルが首を出している。眼下を路面電車が走って学習院下に通じている。昔は丘陵の裾をドブ川がながれその岸沿いに集落が立ち、周辺は草原や田畑の田園風景が連なっていたと思われれる。池袋超高層マンション群と吹き下ろす北風が背後から迫ってくる。これがわが町、わが故郷 わが舞台のすべてなのだ。

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by daisukepro | 2018-01-14 20:58 | コケタレポート

こけたレーポト42 スズメのお宿

こけたレポート42

おとこ坂上に洋館が立っている。スズメのお宿があり一斉に囀るのでうるさい。ここからわが1日の徘徊が始まる。空気が冷たいこけた174日目(iphone6)




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by daisukepro | 2018-01-13 18:27 | コケタレポート

ご挨拶

こけたレポートなどプライベートな通信を読んでいただいている方のために遅ればせながら新年おめでとうのご挨拶を送ります。

愛犬の名はだいすけ;老犬で失明しています。でも元気です。今年は干支なので主役です。小一の孫娘がだいすけを作文にのせてくれました。
私もヨロヨロですがヨロしく。小林拝
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by daisukepro | 2018-01-06 17:02 | コケタレポート

こけたレポート41 招福一年安鯛

こけたレポート41

 地震警報が鳴りましたね。徘徊フルコースは寒さが身にしみる。白いベンチの上に赤い小物がある。忘れ物かと手にとってみるとその小物は鯛であった。真っ赤な鯛の上に「招福一年安鯛」とお札が貼ってあった。夜、出てみるとベンチから赤い鯛は姿を消していた。誰がひろったか、 落とし主だろか、年神が犯人か、それとも鯛がスタコラ逃げたのか。人間関係が希薄になっている世の中、空想だけが広がる。


(iphone6)


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by daisukepro | 2018-01-05 23:41 | コケタレポート